もし車椅子の人が、車椅子を取り上げられたら
彼の行動の自由は失われます
大工から、ノミやカンナを取り上げたら、大工仕事はできません
私達が私達であるためには、道具は人間と不可分の関係にあります
道具を私有することにより、私達は自己存在を確かなものにできます
もし道具が借り物であったなら
私達の自己存在は常に他者から支配され、不安定なものとなるのです
それは、あたかも肉体の一部を他者に支配されるようなものなのです

私達が私達であろうとする時、自分が自分であろうとする時
自分の使う道具は私有しなければなりません

ここで私の言う”道具”の意味は広いのです
衣服は、たんに外気から身を守るためだけでなく
肉体のプライバシーを守り、自己をアピールするための”道具”です
全ての人工物が、なんらかの意味で”道具”です
私は都市も、田畑も、住宅も人間の作り出した”道具”だと考えます
私の”道具”の概念は広く、全ての有益な人工物を指します

そして私は、こうした有益な人工物、すなわち道具こそは
人間にとっての財産であり
自己を守り、個人の自由に不可欠なものこそ私有財産であると考えるのです
自由に生きることと私有財産は不可分の関係にあります
つまり私有財産は肉体の延長にあるのです
私有財産を犯されることは、肉体を傷付けられるのと同様の意味があります
車椅子使用者の車椅子を破壊することの意味です

憲法は国家と国民の約束ですから
憲法の保障する財産権とは私有財産権を意味します
しかし現実の日本は課税当局による憲法無視がまかり通り
私有財産権は犯されっぱなしです
財産権に関しては、手枷足枷の奴隷状態というのが
日本人の現実です