臓器移植法の審議がされている頃から
私が心配だったのは
やがて臓器売買が行われるようなるのではないか
ということでした
私の心配は杞憂とはならず、本当になってしまいました

人が生きるということは、どういうことでしょうか?
ただ生命を維持すれば、それで良いのでしょうか
私は家族に普段から話しています
私の生命がもはや機械で維持するしかなくなり
意識の回復も期待できないのであれば
それ以上の延命行為はするなと
これは家族の者も同意しているので
私の臨終は、すっきり行くことを期待しています
医学的な生命の維持だけが人の”生”ではないと考えるからです

とはいえ、不安が無いわけでもありません
口が利けなくなった状態で、自分が何を考え、感じるのか
自分では分かりません
もっと生きたいと思うかもしれません
そして、あの世
本当にあるのか、無いのか、閻魔様がいるのか、神様がいるのか
こればかりは死んでみなければ分かりません
死んでから、こんなはずではなかったと悔やんでも遅いので
せめて生きているうちに
やりたいことは、やっておいた方がいいと思っています

私のブログは時に過激になるものですから
心配してくれる人もいます
これでも、本当に過激な内容は書かないようにしています
殺されたくありませんし、まだ生きなければならない事情もありますので