1945年、ドイツが連合国に占領された当初
ベルリンの壁はありませんでした

連合国とはいっても
自由主義の米英仏と社会主義のソ連は、戦略的に共同行動をとっただけで
政治的には対立していました
分割占領後すぐに両者の対立は表面化しました

第二次世界大戦終了と同時に、米ソの対立
米国を中心とする自由主義圏とソ連を中心とする共産圏との対立
いわゆる東西冷戦が始まりました
東西両陣営に分割占領されているベルリンは
東西冷戦の影響を、もろに受けることになりました

1948年6月18日
ベルリンへの生活物資の搬入は遮断されました
これを「ベルリン封鎖」といいます
西側諸国は輸送機を総動員して生活物資を空輸し
西ベルリン市民を支えました
翌1949年5月12日、封鎖は解除されました

尚、この時点で、まだ”壁”はありませんでした