慶長5年(1600年)関ヶ原の戦いで
徳川家康は石田三成率いる豊臣方を破り、天下統一の基礎をかためます
天下分け目の関ヶ原といいますから
この時、事実上の徳川政権が生まれたと
多くの日本人は考えてきたのでしょう
この年をもって、徳川政権の誕生とすべきでしょうか

私の考える徳川政権の誕生は慶長8年(1603年)です
この年、徳川家康は征夷大将軍に任じられます
天皇の任命によって武家の最高の地位についたわけです
現代風に表現すれば、国軍の最高司令官です
それまでは、徳川家康といえども
関東を拠点とする日本最大の広域暴力団のボスにすぎません

徳川政権の終わりは何時でしょうか
鳥羽伏見の戦いに始まる戊辰戦争の敗北によって
徳川と、それに従う勢力は権力から一掃されました
慶応4年(戊辰)をもって徳川政権の終焉と考えるべきでしょうか
私の考えは違います
私の考えでは、徳川政権の終わりは
慶応3年の、徳川慶喜による、大政奉還と将軍職の辞職です

私の日本史に関する見解は、あくまで天皇中心となります
そう考えると、日本史はきわめて理解しやすいのです
幕末の混乱も、昭和の混乱も
天皇を軸に考えると個々の事象の意味が明確になってくるのです
私がそのことに気付いたの、比較的最近のことです