蛭が小島というのは修善寺の辺りだそうです
頼朝はそこに幽閉され、読経の日々を過ごしていました
どのような場所で、どのような住居であったのか、私は知りませんが
わりと自由もあったらしいのです
頼朝の本へは、所縁のある関東の武士達の使いが
しばしば訪れていました
彼らの物心両面の援助が、頼朝を支えていました
おそらく彼らは平家の政権への不満を頼朝に語ったことでしょう
賢明な頼朝は、彼らの訴えの中にある本質
土地支配権の乱れが平家の政権への不満となっていることを
はっきりと洞察していたはずです
この問題を解決できるなら、関東武士団は自分を支持する
この問題を解決することこそ、彼らが自分に期待していることだ
頼朝は、そうした自覚を持つようになったはずです