「もう、生まれるから」
1993年4月14日午前、義母からの電話で
急遽、私は産院に向かいました
産院に着くと、ほぼ同時に
女性の悲鳴と、赤ちゃんの鳴き声が
院内に響き渡りました
妻の絶叫と長男の産声でした
長男の鳴き声はカン高く、他の赤ちゃん達の鳴き声を
完全に凌駕していました
声だけから判断して
なんて元気の良い赤ん坊だろうと、私は思いました
横になったまま、私達のもとに運ばれてきた妻の第一声は
「ああ、痛かった」でした
その言葉とは反対に
うっすらと汗ばんだその顔は
瞳は潤み、頬は紅潮し
今成し遂げたことの喜びと幸福に、微笑んでいました
しかし妻は、その手に赤ちゃんを抱くことができませんでした
生まれたばかりの赤ん坊は、救急車に乗せられ
藤沢市民病院未熟児病棟に運ばれることになりました
義母が救急車に同乗し
私は自分の車で、その後を追うことになりました
妻を産院に残したまま・・・
1993年4月14日午前、義母からの電話で
急遽、私は産院に向かいました
産院に着くと、ほぼ同時に
女性の悲鳴と、赤ちゃんの鳴き声が
院内に響き渡りました
妻の絶叫と長男の産声でした
長男の鳴き声はカン高く、他の赤ちゃん達の鳴き声を
完全に凌駕していました
声だけから判断して
なんて元気の良い赤ん坊だろうと、私は思いました
横になったまま、私達のもとに運ばれてきた妻の第一声は
「ああ、痛かった」でした
その言葉とは反対に
うっすらと汗ばんだその顔は
瞳は潤み、頬は紅潮し
今成し遂げたことの喜びと幸福に、微笑んでいました
しかし妻は、その手に赤ちゃんを抱くことができませんでした
生まれたばかりの赤ん坊は、救急車に乗せられ
藤沢市民病院未熟児病棟に運ばれることになりました
義母が救急車に同乗し
私は自分の車で、その後を追うことになりました
妻を産院に残したまま・・・