今週末は、広島ワークショップ の予定です。

思っていたよりも参加してくれる方が多いようで・・・ちょっとビックリ☆


良いものが提供できるよう・・・取り組みたいと思っています。


そして今回は、私の体験を通じた“理解の筋道”について少し時間を

とって話をしたいと思っています。


そしてそれを“腑に落とす”ことまで・・・できるといいのですが(笑)



よく、求めると手に入らないというパラドックスに入る、という話を耳に

します。


ここでの“パラドックス”という言葉は、逆説とか矛盾といった意味で

使われることが多いですね。


この言葉の意味を調べると、思っているだけの言葉ではなく、かなり

広義なものでした。


その話の方がはるかに、、おもしろい!

と思ったりするのですが。。


それはさておき、一般的[?]に矛盾する[と思われている]ことをお題

として捉えると“矛盾”というのは、ある方向から見た一つの結論の事

を言っているのではないかと。


なので、その方向が変わると当然その結論の意味が変わる…はず。


一つの結論は”正しい”もの。


でも前提条件[期待]によって良し・悪しの判断が分かれますよね。


そこで問題になるのは、良し悪しの判断が固定化されて他の選択肢

…別な方向からの視点[前提条件]…が無くなってしまうことでは?


このように考えれば、柔軟に視点を変化させさえすれば、そのような

事態はかなり防げるはず。



…思考の面で考えれば、事はこれだけで終了です。


でも実際にはそうはいかない(笑)


『わかっちゃいるけど、やめられない…』


のよねぇ~



…そう、それだけでは終わりません…


そうさせない“何か”が邪魔をしている訳です。


その“何か”ってなんでしょうね?



パラドックスに限らず、じつは、その“何か”は言葉として存在します。

たとえば、観念、思い込み、枠、パターン、等々…


そしてそれらは、何となく分かってるような氣がする、、



それを超えるには・・・そう、視点を変える必要があるんです。

言葉としてはそれも、、すでに存在します。


これだけがすべてとは思いませんし、効果を保証するものでも

ありませんが、、


…“かみしめて”みてください…



…Don't Think Feel…

  …[考えるな感じるんだ]…