概念:佐藤篤代/西暦2019年後半(65)
西暦2019年10月12日:土曜日
後半(65)
【『A・Course・in・Miracles』
人権・自由獲得の長い歴史】
①【A・Course・in・Miracles】原文引用+前置き
②『法の歴史が記録すべきすべての重要な成果、すなわち奴隷制・農奴制の廃止、土地所有の自由・営業の自由・信仰の自由の承認等々の成果はいずれも、しばしば何世紀にも及ぶきわめて烈しい闘争によって闘い取られたものである。そこで法が歩んだ道は、血染めの道であったことも稀ではないし、少なくともつねに、踏みにじられた[古い]権利=法によって敷きつめられた道であった。』『権利侵害によって自分自身ないし他人がどんなに大きな苦痛を受けるか経験したことのない者は、「ローマ法大全」の全巻を暗記しているとしても権利の何たるかを知っているとは言えない。』(古典書籍引用)。人々すべてが世界の法則を知っているわけじゃない。むしろ、より古代であればあるほど、世界の法則を知らない人間の方が多かった。知れるチャンスも現代ほどない。故に、虐げられてきた人々は、戦い、血を流すことにより自分達の基本的自由、権利を獲得して来ざるを得なかった。人類は歴史的な過程を経る段階で、引用で解るように、長い長い時間をかけてより原始的な戦争や革命などというあらゆる傷つけ合い戦う方法で自分達の権利を勝ち取って来て、次第により現代的な『最も冷静になされるもの』と引用にもある訴訟などという手段で、奪われ踏みにじられた基本的権利を勝ち取るようになった。この領域の世界基盤・土台に基づかれた世界構造と概念の現実性の中では、人類の権利獲得には長い長い歴史の各過程を踏んで段階を経てきた流れがこうしてある。『そこで法が歩んだ道は、血染めの道であったことも稀ではない』と引用にあるように、それは艱難辛苦の道だった。その果てに、すべての人々が基本的人権と自由その他基本的権利が保障される『世界人権宣言』が作られたのだ。そんな人類の権利獲得の苦難の歴史的過程の現実性なんか知りもしないで、安倍晋三首相や政権や日本会議は場違いにも程がある位に、他国侵略に走り国民の基本的人権と自由を奪ってきた第二次世界大戦下の国家体制『大日本帝国』を取り戻し、『日本国憲法』を否定し『大日本帝国憲法』を復活させようとしているのだと自覚してんのか?どれほど人類の歴史的進歩から猛然と逆行し退行しようとしているか全く自覚できないのか?本当に、だから基盤概念欠落段階【偽物世界】は嫌なんだよ。冷戦位は知ってんのか、安倍晋三首相メイン化け物【偽物世界】段階エゴ?これらの歴史的過程で解らないだろうか、安倍晋三首相メイン【偽物世界】段階エゴ?安倍晋三首相と政権と日本会議が目指すのは、【冷戦】以前の【熱い戦争】ということなんだよ、『大日本帝国』を取り戻すということは。どれほどの時代錯誤か、本当に解らないのかな?【冷戦】時代だってもう崩壊してる現代に、どんだけの時代退行だっつー話なんだよ。目指すは人類退行状態。信じらんない狂気なんだよ。実際知らないんだろうが、現実性ではあり得ないんだけど、歴史的過程知らないのかな、って話なんだよ。記憶喪失だよ、本当に。総理大臣や政治家が歴史を知らないわけがないって言ってんの。知らないのは、この領域の世界基盤・土台に基づかれた世界構造と概念の現実性の中の人間じゃない証だし、知っていてやってるなら凄まじい狂気集団なんだよ。そんな現実性はあり得ない。まだ解らないのかな?基盤概念欠落が凄まじ過ぎる。だから『WHO』知らない記憶喪失安倍晋三首相と政権に成り果てるんだよ。『提訴』の前に『勝訴』ニュースが来てる時点で、司法の基盤現実性すら欠落しきっているアピール過ぎて、滅茶苦茶ニュースに成り果てて、すべての関連ニュースがでっち上げフェイクニュースに成り果てているとまだ解らないのかな?本当に『WHO』概念欠落は『WHO?:誰?』状態の記憶喪失丸出し事態にしかなれない象徴だよなー。「私は誰?ここはどこ?」状態安倍晋三フィクション大魔王。本当に、冷戦すら世界で終わって、国際協調に向けて統一がなされていたのに。ドイツ東西統一とかな。時代逆行にも程がある。【A・Course・in・Miracles】で『聖霊』と歪められた【終わらせる為に作用する何か】の作用は、エゴに最後に作らざるを得ないよう誘導した『この領域』に照らし合わせて、対比思考システムを用いて、エゴのやりたい放題が、世界が現実ならばという観点から、どんなインチキ自白証拠状態をもたらすかを突き付ける
【①【A・Course・in・Miracles】原文等引用+前置き】
西暦2015年終わり頃から、西暦2017年に至るまで「特別性」に関する概念記事を書いてきた。
去年西暦2018年に引き続き今年西暦2019年も、これまでに引き続くが、この本物:佐藤篤代が目の当たりにした、この領域(世界)に表された【異世界】段階の非現実・非人間性を徹底的にツッコミし、知覚ある世界全ては例外なくエゴが作ったインチキだと証明する。
本物:佐藤篤代は【A・Course・in・Miracles】で『聖霊』と言われる、歪みとしか言いようがない作用を【終わらせる為に作用する何か】と呼んでいる。
[引用箇所]
【A・Course・in・Miracles】原書
second edition
ワークブックLESSON132
6-(2~5)
▽以下引用
LESSON132
6. …There is no world!
This is the central thought the course attempts to teach.
Not everyone is ready to accept it, and each one must go as far as he can let himself be led along the road to truth.
He will return and go still farther, or perhaps step back a while and then return again.
△以上引用
【A・Course・in・Miracles】
second edition:
WORKBOOK FOR STUDENTS
LESSON132
6-(2~5)
(P244)
西暦2019年段階では本物:佐藤篤代は【A・Course・in・Miracles】自体を歪みだと見ている。神概念も癒しも歪みだ。聖なるキラキラもエゴのアメだと疑ってかかる必要がある。
故に『神の使者』も同様だし、日本語訳で更に歪んでいる。
それを踏まえた上で引用するのは、知る過程では欠かせないからだ。
この本物:佐藤篤代の概念記事は
『the Foundation for Inner Peace』の
【A・Course・in・Miracles】
原書second editionの概念をベースにしている。
【A・Course・in・Miracles】の核心
「知覚ある世界はエゴが作った幻想」
を大前提に矛盾なく徹底的に追究し、以下の核心概念を元に書いている。
【A・Course・in・Miracles】の核心
・他は無い・他は幻想
・エゴが世界に留める為の最大の欺きの手段は特別性だ。
故にエゴの欺きから脱するには特別性を棄てなくてはならない。
・知覚もエゴが作った。
エゴの作った世界の終わりとは知覚の終わりだ。
本物:佐藤篤代は以上のこの【A・Course・in・Miracles】の核心を基本に、【A・Course・in・Miracles】の歪みを削ぎ落としながら、『世界は幻想』という実体験に基づきながら真実へ向かっている。
この点を徹底的に矛盾なくしながら追究している。
矛盾がない概念を採用し、その方向性を目指す。こうして矛盾と歪みをそぎおとしていけば、いずれエゴの欺き(幻想)の完全な終わりへ向かえると本物:佐藤篤代は考えるからだ。
『世界は幻想』とは【人間レベル】で言うと仏教的意味合いに近い。
【A・Course・in・Miracles】において「forgiveness(赦し)=知覚ある世界の全てをエゴが作った幻想と見ること」。
【②『法の歴史が記録すべきすべての重要な成果、すなわち奴隷制・農奴制の廃止、土地所有の自由・営業の自由・信仰の自由の承認等々の成果はいずれも、しばしば何世紀にも及ぶきわめて烈しい闘争によって闘い取られたものである。そこで法が歩んだ道は、血染めの道であったことも稀ではないし、少なくともつねに、踏みにじられた[古い]権利=法によって敷きつめられた道であった。』『権利侵害によって自分自身ないし他人がどんなに大きな苦痛を受けるか経験したことのない者は、「ローマ法大全」の全巻を暗記しているとしても権利の何たるかを知っているとは言えない。』(古典書籍引用)。人々すべてが世界の法則を知っているわけじゃない。むしろ、より古代であればあるほど、世界の法則を知らない人間の方が多かった。知れるチャンスも現代ほどない。故に、虐げられてきた人々は、戦い、血を流すことにより自分達の基本的自由、権利を獲得して来ざるを得なかった。人類は歴史的な過程を経る段階で、引用で解るように、長い長い時間をかけてより原始的な戦争や革命などというあらゆる傷つけ合い戦う方法で自分達の権利を勝ち取って来て、次第により現代的な『最も冷静になされるもの』と引用にもある訴訟などという手段で、奪われ踏みにじられた基本的権利を勝ち取るようになった。この領域の世界基盤・土台に基づかれた世界構造と概念の現実性の中では、人類の権利獲得には長い長い歴史の各過程を踏んで段階を経てきた流れがこうしてある。『そこで法が歩んだ道は、血染めの道であったことも稀ではない』と引用にあるように、それは艱難辛苦の道だった。その果てに、すべての人々が基本的人権と自由その他基本的権利が保障される『世界人権宣言』が作られたのだ。そんな人類の権利獲得の苦難の歴史的過程の現実性なんか知りもしないで、安倍晋三首相や政権や日本会議は場違いにも程がある位に、他国侵略に走り国民の基本的人権と自由を奪ってきた第二次世界大戦下の国家体制『大日本帝国』を取り戻し、『日本国憲法』を否定し『大日本帝国憲法』を復活させようとしているのだと自覚してんのか?どれほど人類の歴史的進歩から猛然と逆行し退行しようとしているか全く自覚できないのか?本当に、だから基盤概念欠落段階【偽物世界】は嫌なんだよ。冷戦位は知ってんのか、安倍晋三首相メイン化け物【偽物世界】段階エゴ?これらの歴史的過程で解らないだろうか、安倍晋三首相メイン【偽物世界】段階エゴ?安倍晋三首相と政権と日本会議が目指すのは、【冷戦】以前の【熱い戦争】ということなんだよ、『大日本帝国』を取り戻すということは。どれほどの時代錯誤か、本当に解らないのかな?【冷戦】時代だってもう崩壊してる現代に、どんだけの時代退行だっつー話なんだよ。目指すは人類退行状態。信じらんない狂気なんだよ。実際知らないんだろうが、現実性ではあり得ないんだけど、歴史的過程知らないのかな、って話なんだよ。記憶喪失だよ、本当に。総理大臣や政治家が歴史を知らないわけがないって言ってんの。知らないのは、この領域の世界基盤・土台に基づかれた世界構造と概念の現実性の中の人間じゃない証だし、知っていてやってるなら凄まじい狂気集団なんだよ。そんな現実性はあり得ない。まだ解らないのかな?基盤概念欠落が凄まじ過ぎる。だから『WHO』知らない記憶喪失安倍晋三首相と政権に成り果てるんだよ。『提訴』の前に『勝訴』ニュースが来てる時点で、司法の基盤現実性すら欠落しきっているアピール過ぎて、滅茶苦茶ニュースに成り果てて、すべての関連ニュースがでっち上げフェイクニュースに成り果てているとまだ解らないのかな?本当に『WHO』概念欠落は『WHO?:誰?』状態の記憶喪失丸出し事態にしかなれない象徴だよなー。「私は誰?ここはどこ?」状態安倍晋三フィクション大魔王。本当に、冷戦すら世界で終わって、国際協調に向けて統一がなされていたのに。ドイツ東西統一とかな。時代逆行にも程がある。【A・Course・in・Miracles】で『聖霊』と歪められた【終わらせる為に作用する何か】の作用は、エゴに最後に作らざるを得ないよう誘導した『この領域』に照らし合わせて、対比思考システムを用いて、エゴのやりたい放題が、世界が現実ならばという観点から、どんなインチキ自白証拠状態をもたらすかを突き付ける】
ニュースリンク(西暦2014年4月~)
【A・Course・in・Miracles】で『聖霊』と歪められた【終わらせる為に作用する何か】の作用が、『【異世界】間漏れ作用』によりエゴに世界の作り直しを余儀なくさせて、作る世界の方向性を誘導して最後の世界に最後の結果として作らざるを得なくさせたのが、この領域(あるいは最後により近い世界)。だから、表れるすべては『知る手段』として、パズルのようになっている。エゴが各【異世界】段階で何をやろうとし作ったかが窺い知れるように象徴として表現されている。だからこそ、【異世界】の表れは、この領域の現実性に照らし合わされて『浮く』。この領域の世界構造や概念の現実性とはかけ離れすぎていて、ギャップが『浮き』過ぎるから、【異世界】の表れだと一目瞭然となる。
だからこそ、『この領域』の事実ー最終結果はエゴに消すことなんかできやしない。いかに【異世界】段階で隠せたようにみえたとしても、エゴには『この領域』を消滅させることはできない。
だからこそ、いずれ、エゴが隠してきたすべては露となる。それは避けられない。
すべてが絶対に隠せなくなる。
『この領域』は【終わらせる為に作用する何か】が『【異世界】間漏れ作用』により、エゴの作る世界の方向を誘導した果てに、世界のやり直しの末にエゴが不承不承否応なしに作らされた『エゴの欺きのすべてを露呈させる真相暴露ルート』。だからこそ、すべてが象徴的に表されている。すべては【知る手段】に過ぎないから。
法・政治系書籍『権利のための闘争/イェーリング』(西暦1800年代の古典)より引用
『権利侵害によって自分自身ないし他人がどんなに大きな苦痛を受けるか経験したことのない者は、「ローマ法大全」の全巻を暗記しているとしても権利の何たるかを知っているとは言えない。理解力ではなく感覚だけが、権利の何たるかを知るために役立つのである。したがって、すべての権利の心理的源泉が一般に権利"感覚"と呼ばれているのは、もっともである。これに対して、権利"意識"とか権利"確信"とかいう用語は学者が作った抽象的概念であり、一般国民には知られていない。権利の力は、愛の力と全く同様に、感覚にもとづいている。理解力も洞察力も、感覚の代役をつとめることはできない。しかし、愛が往々にして自覚されないままであり、それがはっきり意識されるには一瞬をもって足りるのと同様に、権利感覚も、傷つけられていない状態においては自己の存在と内容を自覚することがない。権利侵害という責苦によって問い質されてはじめて、権利感覚の存在と内容が自覚され、真実が顕れるとともに力が示されるのである。その真実が何であるかは、すでに述べたとおりである(四九―五0頁)。―権利は人格の倫理的生存条件であり、権利の主張は人格自身の倫理的自己保存にほかならない。
権利感覚が自己に加えられた侵害行為に対して実際にどれだけ強く反応するかは、権利感覚の健全さの試金石である。権利感覚がこうむる苦痛の程度は、危険に曝されている価値をどれだけ大きいものと考えていたかを、権利感覚自身に教えてくれる。感じている苦痛を危険から身を守れという警告として受けとめず、苦痛を耐え忍びながら立ち上がらずにいるならば、それは権利感覚をもたないということだ。そうした態度も事情によっては宥恕できる場合があるかもしれない。しかし、それが長続きすれば、権利感覚そのものにとってマイナスにならざるをえない。けだし、権利感覚の本質は行為に存するのだから。行為に訴えられないところでは権利感覚は萎縮し、しだいに鈍感になり、ついには苦痛をほとんど苦痛と感じないようになってしまう。敏感さ、すなわち権利侵害の苦痛を感じとる能力と、実行力、すなわち攻撃を斥ける勇気と決意が、健全な権利感覚の存在を示す二つの標識だと思われる。』
(以前引用)
書籍『権利のための闘争』より引用
(※強盗や窃盗で攻撃された場合)『こうした場合を別とすれば、自己の人格を害するしかたで権利を無視された者はありとあらゆる手段で戦うのが、あらゆる者の自分自身に対する義務なのである。そうした無視を黙認する者は、自分の生活が部分的な無権利状態に置かれることを認める結果[権利能力の部分的放棄]となるが、そんなことにみずから手を貸す自殺的行為は誰にも許されていないのだ。』
『既存の法が利益によって支えられているこれらすべての場合に、新たな法が登場するためには闘争に勝利を収めなければならない。この闘争は、何世紀にも及ぶことが少なくない。それはまた、諸利益が既存権というかたちをとっているときにはきわめて激烈なものとなる。この場合、いずれも自己の神聖なる権利=法を旗印に掲げる二つの陣営が対峙することになる。すなわち、一方は歴史的な権利=法、過去の権利=法を楯に取り、他方はいつまでも生成しつづけ、若返りつづける権利=法、絶えず新たな生成を求める人類生得の権利を楯に取る。これは権利=法の理念が二つに割れて衝突するケースであり、両当事者がそれぞれみずからの確信のためにおのれの全精力、全存在を投入し、歴史の神聖な審判によってはじめて決着を見るという、悲劇的なケースである。法の歴史が記録すべきすべての重要な成果、すなわち奴隷制・農奴制の廃止、土地所有の自由・営業の自由・信仰の自由の承認等々の成果はいずれも、しばしば何世紀にも及ぶきわめて烈しい闘争によって闘い取られたものである。そこで法が歩んだ道は、血染めの道であったことも稀ではないし、少なくともつねに、踏みにじられた[古い]権利=法によって敷きつめられた道であった。けだし、「法とは自分の子を喰らい尽くす魔神(サトウルヌス)である」(※参照本省略)から。法は、自分の過去を清算することによってのみ若返ることができる。ある法が一旦成立したからという理由で無限に、すなわち永久に行なわれることを要求するならば、それは母親に殴りかかる息子のようなものである。それは、法の理念を引き合いに出すことによって、かえって法の理念を嘲ることになる。法の理念は永遠の生成に存し、生成したものは新たな生成に席を譲らなければならない。
成りしものはすべて
滅ぶに値す。[メフィストフェレス]
こうして、歴史的発展の相においてとらえれた法は、追求・争奪・闘争の姿、苦しい努力の姿をとる。人間精神が無意識のうちに言語を組み立ててゆくにさいしては強力な抵抗を受けずにすみ、芸術もみずからの過去、つまり今まで支配的だった様式を克服しさえすればよい。しかし、人間のもろもろの目的・努力・利益の直中に置かれた目的概念としての法は、正しい道を見出すために絶えず模索し、追求しつづけねばならず、正しい道を発見してからは邪魔になる抵抗物を打破してゆかねばならない。この発展が芸術や言語の発展と同じく法則的なもの、どこでも見られるものであることは確かであるが、それにしても、法の発展の態様・形態は、やはり言語や芸術の場合とは異なっている。』
書籍『権利のための闘争』より引用
『目を転じて主観的ないし具体的なレヒト[権利]のための闘争を取り上げよう。この闘争は、権利が侵害されたり、奪われたままであるときに開始される。自己の権利を主張する権利者の利益に対して、これを無視しようとする者の利益がつねに対立する以上、個人の権利であれ国民の権利であれ侵害の危険を免れているものはない。したがって、権利のための闘争は、どんな法分野においても、すなわち下は私法から上は憲法・国際法に至るすべての分野において、繰り返されることになる。戦争というかたちをとった国際法上の被侵害権利の主張、国家権力の恣意的行為や憲法違反に対する蜂起・反乱・革命というかたちをとった国民の反抗、いわゆるリンチや、中世における[権利実現のための]実力行使権ならびに現代におけるその遺物たる決闘というかたちをとった私的権利の荒々しい実現、正当防衛というかたちをとった自衛、それに民事訴訟という規制されたかたちをとった権利主張ーーこれらはすべて、紛争目的物や投入される力、闘争の形態や次元が多様であるにもかかわらず、権利のための闘争という単一のものが示すさまざまの形態・場面にほかならない。以下においては、これらの形態のうち最も冷静になされるもの、すなわち訴訟というかたちをとった、私的権利のための、法律に従った闘争について論ずるが、それは、これが法律家としての私にとって馴染み深いものだからではなく、民事訴訟の実相が法律家にとっても素人にとってもきわめてわかりにくいものだからである。その他の場合には実相は明々白々であって、大きな力を投入するに値するほど価値の高い目的物が争われていることは馬鹿でもわかる。なぜ闘うのか、なぜ譲歩しないのか、などと問う者はいないであろう。』
書籍『権利のための闘争』より引用
『人びとが不公正だと考える条文や人びとの憎悪の対象となっている制度はすべて、国民的権利感覚、したがって国の力を損なう。それは権利=法の理念に対する罪であって、直ちに国家自身にはね返ってくるものであり、国家はしばしば、いわば重利つきで、その罪を高く贖わざるをえないことになる。一つの州を割譲しなければならないことさえあるのだ!』
法・政治系書籍『権利のための闘争/イェーリング』(西暦1800年代の古典)より引用(※はこちらで挿入)
世界が現実だったとしても、非現実だったとしても、いずれにせよ、この個体の場合は、戦わない。
戦わない方法で事態を解決する道しか取らない。
戦いたくない。闘いたくない。
歴史的に基本的権利を獲得する為に、権利を踏みにじる者達と戦い、傷つけ合うことが必然だった過程を知りながら言っている。
古代の奴隷制度の時代に、奴隷は『人間』として扱われず家畜同然の扱いを受けていた。奴隷解放を求めて権利を主張する際、実際には『同じ人間』である者達をありのままに『人間』扱いするということすらできない、精神が異常過ぎる、心なき化け物みたいな者達には、どんな言葉も通じなかっただろう。基本的自由と権利を求める言葉など、『家畜の戯れ言』としか扱わず、更に虐げたことだろう。『同じ人間』がどんなに苦痛に苛まれていても、それを嘲笑いながら更に踏みにじり、虐げるーーそんな猛獣か鬼畜としか言いようがない、人の心が欠落しきっているとしか言いようがない、人として必ず備わった罪悪感を覆い隠し過ぎて心が麻痺しきってしまった者達には、どんな言葉も通じないだろう。心を動かすなんてできやしないだろう。
だからこそ、戦わなくてはならない。傷つけ合い、血を流さなくてはならない。奴隷みたいに人間扱いすらされないレベルでは、奴隷達が基本的自由を手にするには、奴隷制度を強要する者達を打ち倒さなくてはきっと解放なんかあり得ない。命懸けじゃなければ、きっと基本的自由なんか手に入れられない。そんな、化け物みたいな心なき侵害を受けていたら、平和的な解決なんか無理だろう。
それは解る。
それでも、この個体は、戦いたくない。自分がどんなに傷つけられたとしても、その傷つけた相手を傷つけたくはない。
「たとえ裏切られたとしても、裏切られて死ね」(要するに、だからと言って復讐心に囚われて裏切った相手を傷つけるなという意味)とある漫画で昔読んだが、それに同意する。
これと同じように、たとえ虐げられたとしても、その相手を傷つけたくはない。
それは、他者を傷つけることは自分自身を傷つけることだと知っているからだ。
そして、例え、誰かに傷つけられたとしても、復讐で他者を傷つけたら、いずれ必ず自分自身にその因果が降りかかってきて、誰かに傷つけられることになる。これは法則として避けられない。
傷つければ必ず傷つけられる。ならば、その因果を断ちたい。
だからこそ、この個体ならば、誰も傷つけたくないから、戦わない。
そして、世界の法則から、『無防備は力』だと信じている。成功法則概念からは『戦ってはいけない』と念を押される。『戦えば、その戦う対象に力を与えることになるから』だ。そして、【A・Course・in・Miracles】でも、『戦ってはいけない』と念を押しながら、『戦えば、エゴが作った幻想(非現実インチキ)に現実性を与えてしまうから』だとされる。概念レベルが進む過程で、どんどん『戦ってはいけない』と強調されていくわけだ。
それを知っているこの個体は、だからこそ、戦わない。だから、どんな状態下に置かれようが、誰も傷付けず戦わない方法を最後まで模索し続け、それでも駄目ならその運命を甘んじて受け入れて自ら命を絶つ。虐げ続けられることに甘んじるつもりもない。
誰かを傷つけてまで、自分の権利を獲得しようとは思わない。
しかしながら、人類の歴史上はそうもいかないわけだ。
人々すべてが世界の法則を知っているわけじゃない。むしろ、より古代であればあるほど、世界の法則を知らない人間の方が多かった。知れるチャンスも現代ほどない。
故に、虐げられてきた人々は、戦い、血を流すことにより自分達の基本的自由、権利を獲得して来ざるを得なかった。
人類は歴史的な過程を経る段階で、引用で解るように、長い長い時間をかけてより原始的な戦争や革命などというあらゆる傷つけ合い戦う方法で自分達の権利を勝ち取って来て、次第により現代的な『最も冷静になされるもの』と引用にもある訴訟などという手段で、奪われ踏みにじられた基本的権利を勝ち取るようになった。
この領域の世界基盤・土台に基づかれた世界構造と概念の現実性の中では、人類の権利獲得には長い長い歴史の各過程を踏んで段階を経てきた流れがこうしてある。
『そこで法が歩んだ道は、血染めの道であったことも稀ではない』と引用にあるように、それは艱難辛苦の道だった。
その果てに、すべての人々が基本的人権と自由その他基本的権利が保障される『世界人権宣言』が作られたのだ。
そんな人類の権利獲得の苦難の歴史的過程の現実性なんか知りもしないで、安倍晋三首相や政権や日本会議は場違いにも程がある位に、他国侵略に走り国民の基本的人権と自由を奪ってきた第二次世界大戦下の国家体制『大日本帝国』を取り戻し、『日本国憲法』を否定し『大日本帝国憲法』を復活させようとしているのだと自覚してんのか?どれほど人類の歴史的進歩から猛然と逆行し退行しようとしているか全く自覚できないのか?
本当に、だから基盤概念欠落段階【偽物世界】は嫌なんだよ。
冷戦位は知ってんのか、安倍晋三首相メイン化け物【偽物世界】段階エゴ?
【冷戦】
冷戦もしくは冷たい戦争は、第二次世界大戦後の世界を二分した西側諸国のアメリカを盟主とする資本主義・自由主義陣営と、東側諸国のソ連を盟主とする共産主義・社会主義陣営との対立構造。米ソ冷戦や東西冷戦とも呼ばれる。
(情報サイトから引用)
西暦1989年の東西ドイツを隔てていたベルリンの壁の崩壊(それまでドイツは東西に分断していた。東ドイツが社会主義国で、西ドイツが資本主義国だった)、その辺りで次々に社会主義国が崩壊していき、そして西暦1991年のソ連崩壊で、実質、冷戦は終了した。歴史の常識。義務教育で必ず勉強する。
冷戦までは、【熱い戦争】と呼ばれる武力行使による戦争が世界ではなされてきたわけだ。そして、引用通り、【熱い戦争】である第二次世界大戦後は大々的に世界で武力行使による戦争が行われ難くなり、資本主義国と共産主義・社会主義国、という東西冷戦の構図が出来上がった。もはや核兵器が世界に登場した為に大規模な戦争はしづらくなったわけだ。下手すると世界が滅びかねないからだ。だから、核兵器に纏わる牽制、緊張状態が世界に繰り広げられた。それはアメリカVSソ連とも言える構図であり、世界各地で行われる紛争や戦争の裏にはこの二国があり、それぞれがアメリカとソ連の代理戦争のような形になった。
その大々的には武力行使による戦争ができない緊張状態を世界に引き起こしていた東西冷戦時代が、ソ連崩壊で実質終わった。
歴史的に言って、南北を象徴するのは【熱い戦争】であり、武力行使をする【物理的な戦争】だったと言える。直接的なぶつかり合いの戦争だ。植民地、奴隷とか人権を奪われ支配された関連だ。身体的自由に関わる戦争が象徴されている。何らかの形で基本的人権や自由が完全に奪われた象徴を含む。だから、南北はより原始的な象徴を表すと言えるだろう。
そして、東西は冷たい戦争ーー【冷戦】を象徴すると言える。対立関係にある対象同士、互いに距離を起き、直接的なぶつかり合いを避け、別の間接的な手段で対立を表現する。大国が裏で戦争を操って戦わせたり、遠い所から対立する。思想や体制傾向のぶつかり合い。貿易・経済の争いのように、物理的な戦いじゃない手段で対立する構図だ。西の『自由社会傾向』と東の『管理社会』の対立。東に象徴されるのが、管理国家だけに言論統制や表現の不自由の問題。
これらの歴史的過程で解らないだろうか、安倍晋三首相メイン【偽物世界】段階エゴ?
安倍晋三首相と政権と日本会議が目指すのは、【冷戦】以前の【熱い戦争】ということなんだよ、『大日本帝国』を取り戻すということは。どれほどの時代錯誤か、本当に解らないのかな?【冷戦】時代だってもう崩壊してる現代に、どんだけの時代退行だっつー話なんだよ。目指すは人類退行状態。信じらんない狂気なんだよ。実際知らないんだろうが、現実性ではあり得ないんだけど、歴史的過程知らないのかな、って話なんだよ。記憶喪失だよ、本当に。総理大臣や政治家が歴史を知らないわけがないって言ってんの。知らないのは、この領域の世界基盤・土台に基づかれた世界構造と概念の現実性の中の人間じゃない証だし、知っていてやってるなら凄まじい狂気集団なんだよ。そんな現実性はあり得ない。まだ解らないのかな?
基盤概念欠落が凄まじ過ぎる。
だから『WHO』知らない記憶喪失安倍晋三首相と政権に成り果てるんだよ。
またやりやがって……。
というか、『WHO提訴、日韓どうなる?』という新聞記事見出しが読売新聞に、西暦2019年10月11日:金曜日に出ていたが、もはや滅茶苦茶の極みだな。
おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおーい!おい!!
先月だかもっと前だかにさ、『WHO、日本勝訴(韓国関連)』ってニュース出してた、あれは何っっっ!!?
おいおいおいおい、なんで『提訴』の前に『勝訴』が来てるんだ!!?『勝訴』したんじゃなかったの!?安倍晋三フィクション大魔王の【妄想お花畑の中で】!『勝訴』した後でなんで『提訴』が来てんの!?もう決着ついたんじゃないの!?その【妄想お花畑の中で】。
百歩譲って、順番逆!!なぜ『WHO』が日韓関係に関する訴訟につきまとうのか謎過ぎる意味不明さは置いといて、順番逆!!!
え。…え…まさか…順番逆、位は解って…る…よね……?世界のやり直ししたら逆になっちゃいました状態だよね、これ。やだよ?怖いからね、それ。まさか……、なんか見た目カッコ良さそーだし、言葉だけ使ってれば何とかなるさ的に、能天気脳内お花畑丸出しに、意味もわからず使っ…ちゃっ……た?
いや…ありそーで怖い。日本会議系統は、意味も解らないまま言葉だけ使っちゃう傾向が酷いからね。
少し前には貿易関係で『WHO』持ち出すし。何かもー、安倍晋三フィクション大魔王妄想お花畑の中では、『WHO』がもんのすごく重要視されてる世界で絶大な権限を持つ最大級の機関なんだねー。あーもうやだ。化け物過ぎて。滅茶苦茶にも程がある。こんなめっちゃくちゃ状態でよくもニュースを作り出すよね。『WHO』概念が欠落しきっているから、ニュース自体がでっち上げ丸出しフェイクニュースに成り果ててるんだっつーの。何度言えば解るんだ?
基盤概念が欠落しきっているんだから、ニュースの現実性なんか正当化できるわけがないだろ。本当にいい加減にしろよ。ふざけてるにも程がある。厚かましさが死に物狂いだ。全身全霊をかけて厚かましい。
災害の現実性、災害対処マニュアルの現実性、停電の現実性、鉄塔の現実性、電力供給の現実性…こんな基盤概念欠落が致命的過ぎるから、千葉県大規模停電で安倍晋三首相と政権をはじめ、行政が災害放ったらかしという前代未聞の事態に陥った。
それで、災害発生から1ヶ月後で、なんで鉄塔倒壊について千葉県で住民説明会が開かれるのか、もはや意味不明で理解不能だ。鉄塔…何なのか知らないよな?知らないからこそだよな、この意味不明さ。1ヶ月経って鉄塔倒壊について説明会とかさ、それまだ大規模停電解消されてないよね?あれ?解消されたんじゃなかったの?西暦2019年9月24日:火曜日の産経ニュースでは、大規模停電解消(電力会社発表)って書いてあるけど?やっぱりフェイクニュース!?この領域の世界基盤・土台に基づかれた世界構造と概念の現実性の中では、1ヶ月経った今鉄塔倒壊の説明会と言ったら、大規模停電は解消できてないで、広範囲で停電が続いているということになるが?
大体さ、その災害発生当日から数日延々と流されていた衝撃的過ぎる鉄塔倒壊映像は、復旧までにどんだけかかるんだろ…という考えしか浮かばなかったレベルだぞ?この個体のこの領域の現実性の観点からして、数ヶ月はかかると思った。だから、広範囲の大規模停電は数ヶ月は続くと考えてた。実際そういうことだってことだろ、その説明会。それなのに『解消』とか…やっぱ、言葉だけ『解消』って言えば魔法の呪文みたいに『解消』できると捉えてる基盤概念欠落段階だよな、エゴ?
もうだいぶ前から言ってるが、本当にもうニュースがめちゃめちゃ過ぎる。韓国制裁にしろ、千葉県大規模停電にしろ、ヒグマ・エピソードにしろ、一目瞭然非現実インチキ丸出しでもお構い無しなんだもんな。呆れ果てる。
千葉県大規模停電をやり直したがってるの丸出しの台風19号は、確実に新たな非現実インチキ確証事態を招きそうだ…ああ…またツッコミさせられる…めんどい。
ここまで世界基盤概念欠落しきっていると、何を作っても更なる基盤概念欠落アピールしかできないといつ解るんだろ……。
歴史的土台なしに世界の現実性は作れないと位は今回解ると良いのだが。
本当に『WHO』概念欠落は『WHO?:誰?』状態の記憶喪失丸出し事態にしかなれない象徴だよなー。
「私は誰?ここはどこ?」状態安倍晋三フィクション大魔王。
本当に、冷戦すら世界で終わって、国際協調に向けて統一がなされていたのに。ドイツ東西統一とかな。時代逆行にも程がある。
佐藤篤代
概念:佐藤篤代/西暦2019年後半(65)
【A Course in Miracles】
人権・自由獲得の長い歴史
西暦2019年10月12日:土曜日
西暦2019年
(年号:
【佐藤篤代について】
[blogで言ってる主旨]
この本物:佐藤篤代のブログは
『the Foundation for Inner Peace』の
【A・Course・in・Miracles】
原書second editionの概念をベースにしている。
【A・Course・in・Miracles】の核心
「知覚ある世界はエゴが作った幻想」
を矛盾なく徹底的に追究し、
【他が幻想であり、他がない】
と証明する、
『世界の起源を扱う』、
『人間レベルではない』、
【自分発信、自分受信】
の自分が知るために自分が自分に知らせる為のブログだ。
敵はいない。
味方もいない。
全部同じだからだ。
全てが同じエゴが作った幻想でしかないからだ。
本物:佐藤篤代は『エゴが作った幻想』という見方でしか何も見ないから、敵も味方もいない。
この『全てはエゴが作った幻想』という視点でしか『全部同じ』としては見ることはできない。
[佐藤篤代]
【A・Course・in・Miracles】管理者で世界で最も【A・Course・in・Miracles】の意味を理解している筈のKenneth・Wapkickすらも、手紙のやり取り等から、歪みと特別性の保護しか教えていなかったと西暦2012年に判明している。
また【A・Course・in・Miracles】自体も本という型だけに完全な真実を表現できる筈がないとその頃までには気づいた。
その他の経験も含め、真実は他者とは絶対に分かち合えないと理解した。
だからこそ、特別性の保護というエゴの目的しかそこにはなく、無駄どころかエゴの目的通りになると知っているので、あらゆる個々の存在と真実を分かち合うという目的からコミュニケーションを取ることは一切しない。
真実はあらゆる個々の存在と分かち合うのではなく、真実(知ってきた全て)を提示することで、エゴとは正反対の作用【終わらせる為に作用する何か】の【異世界】間の『漏れ作用』により、エゴが作った全ての領域に拡大されると考えている。
エゴはそれで世界に矛盾が生じるので、漏れて隠せない要素を採り入れながら世界を作り直さなくてはならない。それが真実が拡大される再利用システムだと考える。
詳しくは西暦2015年段階の概念に書いてある。
故に、佐藤篤代はあらゆる全ての思想的布教や教えの組織も含め、A Course in Miraclesに関するあらゆる機関、組織、同人誌を含めた全ての出版、講演、workshop、慈善事業、ボランティア、あらゆる公的活動には一切関わっていないし、永久に関わらない。その他相談的なもの、カウンセリング、ヒーリング等同等の行為にも一切関わっていない。また、イエス キリスト的な偉人系、隠れ偉人や仙人系でもない。
本物は将来性のないニート
(西暦2019年)
佐藤篤代は西暦2019年1月17日(木曜日)で43才
栃木県宇都宮市のド田舎生れ
ずっと在住
日本人(血縁すべて日本人)
生まれてからずっと中肉中背
普通の容姿
西暦2009年から無職。それ以前は全部バイトかパート
生涯未婚で子無し
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12102633510.html
A Course in Miracles;世界は幻想という意味
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-11740124334.html
佐藤篤代の日記リンク(西暦2012年~)
43才になったらやらない一覧
http://simplog.jp/comment/11771884/23
ニュースリンク(西暦2014年4月~)
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12102638099.html

【但し書き】
メール、コメント、いいね等その他全部のコミュニケーションは迷惑だからやめて下さい。例外は一切ありません。
全て別人へのコメントにしかなっていません。
なされる全てが【異世界レベル】の【主人公(偽者)用コメント】でインチキだと判明していますので、「現実の他者」に対する対応は一切しません。
容赦なくツッコミします。そのコメント等の目的、大元を崩す為に容赦ないツッコミをします。
【リブログ】は機能開始時から禁止しており、元から出来ないように設定してあります。これは似たようなあらゆる機能によるシェアを禁じるという意味です。
【但し書き】必ずお読み下さい
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12101838092.html
【例外なく皆このブログから立ち去って下さい。誰とも関わりません:佐藤篤代】
4月30日:火曜日まで平成31年
5月1日:水曜日から令和1年〈元年〉)
亥年現在【佐藤篤代について】
[blogで言ってる主旨]
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その他の経験も含め、真実は他者とは絶対に分かち合えないと理解した。
だからこそ、特別性の保護というエゴの目的しかそこにはなく、無駄どころかエゴの目的通りになると知っているので、あらゆる個々の存在と真実を分かち合うという目的からコミュニケーションを取ることは一切しない。
真実はあらゆる個々の存在と分かち合うのではなく、真実(知ってきた全て)を提示することで、エゴとは正反対の作用【終わらせる為に作用する何か】の【異世界】間の『漏れ作用』により、エゴが作った全ての領域に拡大されると考えている。
エゴはそれで世界に矛盾が生じるので、漏れて隠せない要素を採り入れながら世界を作り直さなくてはならない。それが真実が拡大される再利用システムだと考える。
詳しくは西暦2015年段階の概念に書いてある。
故に、佐藤篤代はあらゆる全ての思想的布教や教えの組織も含め、A Course in Miraclesに関するあらゆる機関、組織、同人誌を含めた全ての出版、講演、workshop、慈善事業、ボランティア、あらゆる公的活動には一切関わっていないし、永久に関わらない。その他相談的なもの、カウンセリング、ヒーリング等同等の行為にも一切関わっていない。また、イエス キリスト的な偉人系、隠れ偉人や仙人系でもない。
本物は将来性のないニート
(西暦2019年)
佐藤篤代は西暦2019年1月17日(木曜日)で43才
栃木県宇都宮市のド田舎生れ
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西暦2019年段階の概念:佐藤篤代
西暦2019年段階【前半】概念:佐藤篤代
佐藤篤代の現段階の概念西暦2019年段階【後半】概念:佐藤篤代
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人間の現実性の中での基本的情報提示:【日本】とは/佐藤篤代
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西暦2019年版佐藤篤代のリンク集
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