概念:佐藤篤代/西暦2019年後半(40)
西暦2019年8月30日:金曜日

後半(40)
【『A・Course・in・Miracles』
割り算は公平さから生じた】

①【A・Course・in・Miracles】原文引用+前置き
②外界の責任にしてマイナスの感情や思考を外側に放出し続ければ問題はどんどん拡大されていくのみ。解決は一切なされないどころかより深刻に問題が膨れ上がっていく。あらゆる問題の根本的解決は外側ではなされない。それに気づいて、自分自身の内側へ向かうのが、精神分野概念レベルなわけだ。だからこそ、何度も言ってきたが、国家のトップは物質主義者止まりにしかなれない。政治は外界重視主義(外界へ責任転嫁)にしかなれず、精神分野概念レベルには一切なれない。だからこそ、安倍晋三首相も政権も、トランプ大統領も、常に外側に『敵』を作り出す為に死に物狂いになる。もはや非現実インチキ証明になりながらでっち上げバレバレ状態に成り果てている位に『外界の敵』をでっち上げることに尽力している。架空の『敵』をでっち上げることにより、国民の悪感情を増幅させ、その『外界の敵』へその悪感情を向かわせることに日々勤しんでいる。すべては『特別性を死守する』目的のために。一部(特権階級・都合がよい者達・お友達:○○ファースト主義)だけが利益を独り占めし、他方の利益を奪っても、制しても、犠牲になっても、損害を被っても構わないという排他的利己主義。一部だけの『特別性』だけが大事。故に、平等、分かち合い、助け合い、許し、他者理解、他者尊重、外界に原因を見ず自分自身の内側へ向かうという精神分野概念からは程遠いわけだ。だからこそ、国家のトップは、歴史的にキリスト教迫害などをしてきたわけだ。そういう『排他的利己主義』を否定する精神分野概念が不都合だからだ。1つのリンゴがある。そして4人の人間がいる。それを分かち合えば当面の餓えがしのげる時、排他的利己主義は、際立った特別性強調段階ならば、その1つのリンゴを一番特別な者だけがまるまる1つ食べてしまう。『都合がよい者達・お友達:○○ファースト主義』の特権階級が重視される段階の排他的利己主義なら、1つのリンゴの大半を一番特別な者が食べ、後はより特別な者ほど大きな分配で食べ尽くし、その他の者には与えない。特権階級が2人ならその特権階級だけで分配し、より特別な者がより大きな分配となり、後の2人には与えない。それで与えられなかった者が飢え死にしようがどうなろうがお構い無しだ。排他的利己主義は悪感情と犠牲者を作り出す。禍根が残り、マイナスしか生み出せない。いずれ、他者を犠牲にした特権階級は怨恨により復讐されたりし、何らかのマイナスの結果を受けとることになる。それが世界を支配する因果応報、潜在意識の法則。しかし、精神分野概念レベルでは、1つのリンゴを4人で平等に均等に分かち合い、みんなで食べる。そこからは何のマイナスも生じない。それどころか弱っている者に自分の分を差し出すだろう。他者の役に立てたことにより与えた者はプラスの感情で満たされるし、与えられた者もその『愛情と理解』に心がプラスの感情で満たされる。今回助けられた分、後でその者が困った時には絶対に助けようという気持ちになる。助け合い、他者理解により、生じるかもしれなかったマイナスの結果は、押し留められている。プラスの感情が拡大され、すべてがプラスの結果に向かう。大局的に見て、どちらが全体により『良い結果』をもたらすかは火を見るより明らかだ。世界をより良くしていくのはどちらか、解らないなら、何の世界法則も理解できていない。それが、排他的利己主義には理解できない。だから、より排他的利己主義ほど、1つのリンゴを分かち合うという概念が無い。1つのリンゴを奪い合い殺し合う概念レベルだ。安倍晋三首相、政権、トランプ大統領はそういう、すべてをマイナスに持っていくことしかやっていない。そして、排他的利己主義はあまりに盲目過ぎて、その事実に気づけない。人種差別主義者、あらゆる差別なんか話にもならない太古の幼児性の主張でしかないんだよ、トランプ大統領メイン【極限超え狂気異世界】段階エゴ。安倍晋三首相が所属する日本会議、ネトウヨなんかは、本当に『外側の敵のでっち上げ』による排他的利己主義のエゴの本質そのものだ。これらの排他的利己主義が、平等、分かち合い、助け合い、許し、他者理解、他者尊重を全否定し、攻撃し、排除する。だからこそ、均等に分けるという概念が生じ得ない世界段階には、割り算という概念すら理解できず、算数の基本すら欠落しきっている。だから、『財源』という概念も理解できないんだろ、安倍晋三首相と政権。算数の基本概念すら欠落しきっているから理解できないんだよ。湯水のようにわき出る魔法の財源の【異世界】なのが丸出し。『1+1=10』じゃ、『計算』自体が成立できない。じゃあ『2+2』はどうなるんだ?そこには基盤の法則がないから後の論理が成り立たないんだよ。計算式が後に続かない。成立できない。要するに、秩序も法則も全く無い『混沌』が基盤でしかそんなことは言えないわけだ。『1+1=2』じゃなければ、世界は何も現実的に成り立たない。『1+1=2』は他の計算式の基盤、大元になる。その基盤から、計算式は発展する。その世界基盤・土台を否定してしまったら、もはや全く異なる『理』の中にある【異世界】と言わざるを得ない。【A・Course・in・Miracles】で『聖霊』と歪められた【終わらせる為に作用する何か】の作用は、エゴに最後に作らざるを得ないよう誘導した『この領域』に照らし合わせて、対比思考システムを用いて、エゴのやりたい放題が、世界が現実ならばという観点から、どんなインチキ自白証拠状態をもたらすかを突き付ける

【①【A・Course・in・Miracles】原文等引用+前置き】

西暦2015年終わり頃から、西暦2017年に至るまで「特別性」に関する概念記事を書いてきた。
去年西暦2018年に引き続き今年西暦2019年も、これまでに引き続くが、この本物:佐藤篤代が目の当たりにした、この領域(世界)に表された【異世界】段階の非現実・非人間性を徹底的にツッコミし、知覚ある世界全ては例外なくエゴが作ったインチキだと証明する。

本物:佐藤篤代は【A・Course・in・Miracles】で『聖霊』と言われる、歪みとしか言いようがない作用を【終わらせる為に作用する何か】と呼んでいる。

[引用箇所]
【A・Course・in・Miracles】原書
second edition
ワークブックLESSON132
6-(2~5)

▽以下引用

LESSON132

6. …There is no world!
This is the central thought the course attempts to teach.
Not everyone is ready to accept it, and each one must go as far as he can let himself be led along the road to truth.
He will return and go still farther, or perhaps step back a while and then return again.

△以上引用

【A・Course・in・Miracles】
second edition:
WORKBOOK FOR STUDENTS
LESSON132
6-(2~5)
(P244)

西暦2019年段階では本物:佐藤篤代は【A・Course・in・Miracles】自体を歪みだと見ている。神概念も癒しも歪みだ。聖なるキラキラもエゴのアメだと疑ってかかる必要がある。
故に『神の使者』も同様だし、日本語訳で更に歪んでいる。
それを踏まえた上で引用するのは、知る過程では欠かせないからだ。

この本物:佐藤篤代の概念記事は
『the Foundation for Inner Peace』の
【A・Course・in・Miracles】
原書second editionの概念をベースにしている。
【A・Course・in・Miracles】の核心
「知覚ある世界はエゴが作った幻想」
を大前提に矛盾なく徹底的に追究し、以下の核心概念を元に書いている。

【A・Course・in・Miracles】の核心
・他は無い・他は幻想
・エゴが世界に留める為の最大の欺きの手段は特別性だ。
故にエゴの欺きから脱するには特別性を棄てなくてはならない。
・知覚もエゴが作った。
エゴの作った世界の終わりとは知覚の終わりだ。

本物:佐藤篤代は以上のこの【A・Course・in・Miracles】の核心を基本に、【A・Course・in・Miracles】の歪みを削ぎ落としながら、『世界は幻想』という実体験に基づきながら真実へ向かっている。
この点を徹底的に矛盾なくしながら追究している。

矛盾がない概念を採用し、その方向性を目指す。こうして矛盾と歪みをそぎおとしていけば、いずれエゴの欺き(幻想)の完全な終わりへ向かえると本物:佐藤篤代は考えるからだ。

『世界は幻想』とは【人間レベル】で言うと仏教的意味合いに近い。

【A・Course・in・Miracles】において「forgiveness(赦し)=知覚ある世界の全てをエゴが作った幻想と見ること」。



【②上記】

ニュースリンク(西暦2014年4月~)

(2019.8.27)
【A・Course・in・Miracles】で『聖霊』と歪められた【終わらせる為に作用する何か】の作用が、『【異世界】間漏れ作用』によりエゴに世界の作り直しを余儀なくさせて、作る世界の方向性を誘導して最後の世界に最後の結果として作らざるを得なくさせたのが、この領域(あるいは最後により近い世界)。だから、表れるすべては『知る手段』として、パズルのようになっている。エゴが各【異世界】段階で何をやろうとし作ったかが窺い知れるように象徴として表現されている。だからこそ、【異世界】の表れは、この領域の現実性に照らし合わされて『浮く』。この領域の世界構造や概念の現実性とはかけ離れすぎていて、ギャップが『浮き』過ぎるから、【異世界】の表れだと一目瞭然となる。 
だからこそ、『この領域』の事実ー最終結果はエゴに消すことなんかできやしない。いかに【異世界】段階で隠せたようにみえたとしても、エゴには『この領域』を消滅させることはできない。

だからこそ、いずれ、エゴが隠してきたすべては露となる。それは避けられない。
すべてが絶対に隠せなくなる。 

『この領域』は【終わらせる為に作用する何か】が『【異世界】間漏れ作用』により、エゴの作る世界の方向を誘導した果てに、世界のやり直しの末にエゴが不承不承否応なしに作らされた『エゴの欺きのすべてを露呈させる真相暴露ルート』。だからこそ、すべてが象徴的に表されている。すべては【知る手段】に過ぎないから。 

【A・Course・in・Miracles】も関連本『神の使者』にもエゴの歪みがあるという前提で引用。神概念は歪み。
【A・Course・in・Miracles】は『世界の内側概念レベル』の『許し・赦し』とは意味が違い、『赦し(forgiveness)』とは『知覚ある世界すべてはエゴが作った非現実インチキだと認識すること』という意味。

書籍『神の使者』より初引用
『ゲイリー:聞いていると、宇宙(※万有)って何かの間違いみたいだけど、でも聖書には神が世界を創ったと書いてあるし、いろんな宗教をもち出すまでもなく、神が世界を創ったと信じている人はたくさんいるよ。ぼくたちは神が自分を経験的に知ろうとして世界を創ったんじゃないかって考えている。これはニューエイジにはわりと共通は考え方だと思うんだけど。両極性とか二重性とか、主体と客体があるこの世界の二元論のすべては神が創ったんじゃないのかな?
パーサ:一言で言えば「ノー」よ。神は二重性を作らなかったし、世界も創らなかった。もし神が創ったとして、シェークスピアが言ったように人の生涯は「白痴のおしゃべり」に過ぎないなら、神は愚か者だということになるでしょう。でも神は愚か者じゃない。神は(聖書がたまたま真実の片鱗に触れたときに記しているように)完璧な愛か、あるいは愚か者のどちらかで、両方ってことはあり得ない。それにJ(※イエス・キリスト)も愚か者じゃないわ。だって偽りの宇宙(※万有)には騙されませんでしたからね。』
書籍『神の使者』より初引用
『だから報復や嘘や利益追求というくたびれたプロセスより、もっと明るく有望な方法があるのだよ。
ゲイリー:とにかく、考える上での参考にはなるな。個人が自分の世界についてできることは赦すことだし、一度、赦すことを覚えたら、誰にもそれを取り上げることはできないよね。
アーテン:そう。一度赦すことを覚えたら二度と犠牲者にはならないし、目の前に見ているものは外部に現れている自分自身の狂気の象徴でしかないのだからねーーただし、他者を解放することで自分も解放される道が開けているってわけだ。ほかの人たちにも他人に見る自分自身の暗黒面を直視して、それを赦そうという意志を抱いて初めて安らかに生きられるようになる。かたちのレベルから離れたら、中東の人々はアメリカやイスラエルやその他の勢力の犠牲者ではなくなるよ。レバノン人、パレスチナ人さえ、彼らが見ている世界の犠牲者ではなくなる。先祖が石を投げた相手に石を投げていたのでは、世代が代わってもこれまでと同じで何も変わりはしないよ。イスラエルの人々も、じつはほかの人たちと同じ台本を演じ続けている。あらゆる側の人々がそれぞれ自分たちが敵のなかに見て取る「悪」(と彼らが呼ぶもの)を赦す意志をもつべきだ。世界の住人が人間関係を癒して、無意識な罪悪感を解消しなくては、暴力が決定的に終わりを告げる日は来ないよ』
書籍『神の使者』より初引用
ゲイリー・R・レナード
吉田利子訳
西暦2007年1月30日:日本語版初版発行 
(原書名:The Disappearance of the Universe)
(※)はこちらで挿入。『universe』は『宇宙』じゃなく『万有』じゃないと意味を錯覚する。

世界の内側概念の中で、スピリチュアル段階では『神は完全な愛』だという考え方にある。宗教を除外して、それ以外は見たことがない。世界三大宗教キリスト教は別だが。仏陀的な方向で言えば、仏教は『神とは法則的な何か』という捉え方により近いだろう。仏像レベルとか神社・寺・仏閣・教会などの建造物の重視や偶像崇拝は話にならない別物と言うしかない。物質・物体重視傾向は完全に物質主義者の範囲だ。
『神は完全な愛』だという概念レベルでは、『神の完全な愛の下で人は皆平等』という前提にある。平等、分かち合い、助け合い、許し、他者理解、他者尊重が基本であり、あらゆる攻撃が否定される。神という概念はないが、その傾向は例外なく精神分野概念(心理学、成功法則)では絶対条件となる。
とにかく、精神分野概念レベルでは、あらゆる攻撃を全否定し、強欲・憎悪・嫉妬・怒り・悲しみ等のマイナスの感情や思考は訓練して乗り越えるべき対象となり(初めからマイナスの感情や思考が無いというのは現実の人間じゃないから必ず心の訓練が必要)、自分の感情や思考に囚われ振り回されないようにする心の訓練をし、そしてあらゆる他者を許すことを目指す。『他者の中に原因を見ない(他者のせいにしない)』という傾向が追究され、『許し』は主にスピリチュアル概念段階だ。原因レベルの追究を内側へ内側へと向かう。『内なる探究』とも言う位だ、物質主義者レベル段階では外界を重視し外界に罪を擦り付けてきたが、精神分野では、外側に原因を見ず自分自身の内側へ向かう。人間はとかく外界のせいにして責任逃れをしたがる。自分の感情を乱した責任を外側に擦り付けたがる。だからその傾向に流されないようにするために心の訓練が必要なのだ。あらゆる問題の完全解決は自分自身の内側にある、という姿勢が欠かせない。
それにより、外側に原因と責任を見出したい傾向から生じるあらゆる攻撃は否定されていき、自分を煩わせるように見える他者を許し、外界じゃなく自分自身の内側こそを変えようとする方向になる。
だから、争いは拡大はしない。悪感情や思考を外界の責任には一切せずに、『自分自身の内側で処理をする』ということだ。それでマイナスの感情や思考は外界に拡大されなくなる。
外界の責任にしてマイナスの感情や思考を外側に放出し続ければ問題はどんどん拡大されていくのみ。解決は一切なされないどころかより深刻に問題が膨れ上がっていく。あらゆる問題の根本的解決は外側ではなされない。それに気づいて、自分自身の内側へ向かうのが、精神分野概念レベルなわけだ。

だからこそ、何度も言ってきたが、国家のトップは物質主義者止まりにしかなれない。政治は外界重視主義(外界へ責任転嫁)にしかなれず、精神分野概念レベルには一切なれない。

だからこそ、安倍晋三首相も政権も、トランプ大統領も、常に外側に『敵』を作り出す為に死に物狂いになる。もはや非現実インチキ証明になりながらでっち上げバレバレ状態に成り果てている位に『外界の敵』をでっち上げることに尽力している。
架空の『敵』をでっち上げることにより、国民の悪感情を増幅させ、その『外界の敵』へその悪感情を向かわせることに日々勤しんでいる。
すべては『特別性を死守する』目的のために。
一部(特権階級・都合がよい者達・お友達:○○ファースト主義)だけが利益を独り占めし、他方の利益を奪っても、制しても、犠牲になっても、損害を被っても構わないという排他的利己主義。
一部だけの『特別性』だけが大事。
故に、平等、分かち合い、助け合い、許し、他者理解、他者尊重、外界に原因を見ず自分自身の内側へ向かうという精神分野概念からは程遠いわけだ。
だからこそ、国家のトップは、歴史的にキリスト教迫害などをしてきたわけだ。そういう『排他的利己主義』を否定する精神分野概念が不都合だからだ。

1つのリンゴがある。そして4人の人間がいる。
それを分かち合えば当面の餓えがしのげる時、排他的利己主義は、際立った特別性強調段階ならば、その1つのリンゴを一番特別な者だけがまるまる1つ食べてしまう。
『都合がよい者達・お友達:○○ファースト主義』の特権階級が重視される段階の排他的利己主義なら、1つのリンゴの大半を一番特別な者が食べ、後はより特別な者ほど大きな分配で食べ尽くし、その他の者には与えない。特権階級が2人ならその特権階級だけで分配し、より特別な者がより大きな分配となり、後の2人には与えない。それで与えられなかった者が飢え死にしようがどうなろうがお構い無しだ。
排他的利己主義は悪感情と犠牲者を作り出す。禍根が残り、マイナスしか生み出せない。いずれ、他者を犠牲にした特権階級は怨恨により復讐されたりし、何らかのマイナスの結果を受けとることになる。それが世界を支配する因果応報、潜在意識の法則。
しかし、精神分野概念レベルでは、1つのリンゴを4人で平等に均等に分かち合い、みんなで食べる。そこからは何のマイナスも生じない。それどころか弱っている者に自分の分を差し出すだろう。他者の役に立てたことにより与えた者はプラスの感情で満たされるし、与えられた者もその『愛情と理解』に心がプラスの感情で満たされる。今回助けられた分、後でその者が困った時には絶対に助けようという気持ちになる。助け合い、他者理解により、生じるかもしれなかったマイナスの結果は、押し留められている。プラスの感情が拡大され、すべてがプラスの結果に向かう。
大局的に見て、どちらが全体により『良い結果』をもたらすかは火を見るより明らかだ。世界をより良くしていくのはどちらか、解らないなら、何の世界法則も理解できていない。

それが、排他的利己主義には理解できない。
だから、より排他的利己主義ほど、1つのリンゴを分かち合うという概念が無い。1つのリンゴを奪い合い殺し合う概念レベルだ。
安倍晋三首相、政権、トランプ大統領はそういう、すべてをマイナスに持っていくことしかやっていない。そして、排他的利己主義はあまりに盲目過ぎて、その事実に気づけない。

人種差別主義者、あらゆる差別なんか話にもならない太古の幼児性の主張でしかないんだよ、トランプ大統領メイン【極限超え狂気異世界】段階エゴ。
安倍晋三首相が所属する日本会議、ネトウヨなんかは、本当に『外側の敵のでっち上げ』による排他的利己主義のエゴの本質そのものだ。
これらの排他的利己主義が、平等、分かち合い、助け合い、許し、他者理解、他者尊重を全否定し、攻撃し、排除する。
だからこそ、均等に分けるという概念が生じ得ない世界段階には、割り算という概念すら理解できず、算数の基本すら欠落しきっている。
だから、『財源』という概念も理解できないんだろ、安倍晋三首相と政権。算数の基本概念すら欠落しきっているから理解できないんだよ。湯水のようにわき出る魔法の財源の【異世界】なのが丸出し。

『1+1=10』じゃ、『計算』自体が成立できない。じゃあ『2+2』はどうなるんだ?そこには基盤の法則がないから後の論理が成り立たないんだよ。計算式が後に続かない。成立できない。要するに、秩序も法則も全く無い『混沌』が基盤でしかそんなことは言えないわけだ。
『1+1=2』じゃなければ、世界は何も現実的に成り立たない。『1+1=2』は他の計算式の基盤、大元になる。その基盤から、計算式は発展する。
その世界基盤・土台を否定してしまったら、もはや全く異なる『理』の中にある【異世界】と言わざるを得ない。

計算式でまだわからないの、エゴ?
エゴは安倍晋三首相、政権、トランプ大統領その他【独自の異世界ルール】で、この領域の世界基盤・土台から全否定してしまい、世界全体の現実性を全否定してしまっているという事実に。
この領域の世界基盤・土台を否定してしまったら、世界そのものが現実性をもって成立不可能なのだとまだわからないの、エゴ?

で、いつまで部分的に猿真似して後は歪め尽くした【異世界】段階の不都合を安倍晋三首相で言論統制し続けんの、エゴ?2つどちらも支障は無いから対処してないが、当日リンクは復活したが【狂乱近藤系異世界】リンク集7がまだ復活しないのは何故?意味無さすぎだと【異世界】過ぎて気づけない?しかし、数年の掲載妨害で近藤(加藤も)が元凶の一部だとバレバレだったが、本当に元凶アピールしたいだけの知能欠落変態に見える。本当に意味無いよねー、この妨害。全く実際が認識できてない自白にも成り果てて、本当に『真相自白ルート』だよね、この領域。

【狂乱近藤系異世界】リンク集7

link・西暦2019年8月25日:日曜日の佐藤篤代

安倍晋三政権により言論統制された記事リンク一覧


(2019.8.29)
西暦2019年8月27日:火曜日
「京アニ」 死亡した25人の名前公表 京都府警
2019年8月27日 15時39分
「京都アニメーション」のスタジオが放火された事件で、京都府警察本部は、きょう、亡くなった35人のうち、新たに25人の名前を明らかにし、これで亡くなった全員の名前が公表されました。
先月18日、京都市伏見区にある「京都アニメーション」の第1スタジオが放火され、建物にいた社員70人のうち35人が死亡、34人が重軽傷を負いました。
この事件で京都府警察本部は27日午後、亡くなった35人のうち、これまで見合わせていた25人の方の名前を公表しました。ほかの10人の方の名前はすでに公表されていて、事件で亡くなった35人全員の名前が公表されました。
(略)
専門家「名前は基本的要素 公表必要」
表現の自由の問題などに詳しい早稲田大学の田島泰彦非常勤講師は「事件の被害者は匿名の記号で表すような対象ではなく、個人の尊厳の観点からも名前は基本的な要素だ。被害者がどういう人だったのかということも重要であるし、被害者の名前というものは事件において公的な性格も持つということを理解する必要がある。警察が遺族の意向を大切にすること自体は悪いことではないが、事件の重大性を考えると1か月以上たってから発表したことは時間がかかりすぎたと感じる」と話しています。
そのうえで、「被害者の名前が公表されたからといって、どんな取材や報道をしてもよいということにはならず、遺族などに配慮して伝えていかなくてはならないのは当然で、メディアみずからが世の中の人の共感を得られるように取材の方法を考えていなければならない。ただ、被害者の名前を公表するということと遺族などへの取材をどうするかはまったく別の問題であり、ぞれぞれについてきちんと考えていくことが重要だ」と話しています。
以上ニュースより引用

ニュースリンク(西暦2014年4月~)
Ameba版

この事件は本当に【異世界】事件と断言できるレベルの特異過ぎる事件だった。
前に言及したが、犯人もエゴがあやふやにしなくてはならない位にあり得ない。
どう考えても、暴力団との癒着が発覚している安倍晋三首相がやらせたようにしか見えない表ればかりとなった。
あまりにも大量殺人過ぎて、ちょっと見たことがないレベル。
そして、一番あり得ないのが、ニュースでも言及されているように、何故か犠牲者25人の氏名がここまで公表されなかったこと。そんな自体は聞いたことがなかった。被害者の氏名は必ず公表される世界だ。このイレギュラーは【異世界】の表れとしか言いようがない。

それ故に、何故、エゴは25人の氏名を公表したくなかったのかーーという問題となる。
『被害者遺族の心情を考慮して』という言い訳は、エゴが作ったせいか、ちぐはぐだ。この領域の世界基盤・土台に基づかれた世界構造と概念の現実性の中では理由にはなり得ない。その理由ならば、逆のように思える。遺族は逆にちゃんと公表して、こんな凄惨過ぎる事件が二度と起きないよう訴え願うのが普通だ。だから何も隠さず公にして社会に訴えかける。だから、ちょっと不自然過ぎる言い訳だ。やはり、人間の心の現実性が欠落した段階エゴの世界制作故に、そういう事件に遭った関係者の現実的な心情が理解できないのかもしれない。だから、不自然となる。何も現実性がわからないから、『被害者』という武器を利用して、『心情を考慮して』と言えば何でも言い訳できると考えているかのようだ。

というわけで、これまで公表されなかったのは、エゴが公表したくないからだけだ。
その理由については、うすうすは判っていた。
【25人すべての名前が皆同じだった可能性】。
エゴは、公表寸前まで、25人がエゴの本命とは別人だったと認識出来なかった。その可能性についてずっと考えていた。
そして、公表された25人の名前を見て、「やはり」と思わざるを得なかった。
この個体の名前と年齢が確実に使われているのが一目瞭然だった。部分的に入りすぎだ。使用率が高すぎだ。それと、象徴的な名前だらけだった。25人、各【異世界】段階でこの個体の名前を作っていたとしか思えなかった。
しかも、アニメはこの個体に近い関連性がありすぎた。物語作家になりたい以前は、アニメーターになりたいと考えたこともある位だ。気のせいというには、率が高すぎだ。
やはり、この個体の名前を部分的に使っていなくても、多発する象徴名は、【異世界】ではこの個体の名前を使っているのだと今回でよく判ったくらいだ。この個体の名前を部分的に使用している程、部分的にはかなり似たことをやっていたということを表しているのだろう。直に使われていなければかなり遠い。

この個体ーーエゴの本命は京都府には無関係だ。それだけで凄まじい世界ギャップ段階【異世界】だと判る。凄まじい歪みがなされている段階だ。少なくとも、【西暦2010年の大混乱期】からあからさまに成り果てた殺害モード全開【異世界】段階の影響が酷すぎて、本命は現実的な普通の生活なんか到底送れてなんかいない。見せられるすべてが非現実インチキ証明なのに、現実的な生活なんか送れるわけがない。

というわけで、エゴには最後の世界に在る本命の実際が全く認識できておらず、この個体の名前を使った【異世界】段階の不都合を殺害するために何度も世界をやり直しした。
25人がエゴの本命とは別人だったとエゴが気づくまでにここまでかかった。だからこそ、それまで公表されなかった。
要するに、大量殺人と化したのは、エゴの本命1人を狙っていたから。本命を殺害する為に、25回は世界のやり直しを行ったという
直ぐに公表していた被害者は、すぐに別人だとエゴが認識したのだろう。やはり同年齢とかまず最初に出ていたから、エゴの本当の狙いが最初から見え見えだった。

そして、現在8月。8月25日にエゴは相当囚われている。
前々から言及している【8月25日に魔法が解ける】象徴はもはや確実過ぎて否定のしようがない。【シオリ(死折)】段階の強烈過ぎる象徴日だ。エゴがあらゆる『死』という不都合存在排除手段を断念する日だ。多分、それには『公平さ・平等』という概念が関連している。25という数字は『公平さ・平等』の象徴が含まれている。やはり【A・Course・in・Miracles】の中の数字は紛れもなく『象徴』だと今年、西暦2019年8月25日:日曜日に実感した。
そこを過ぎてからの公表は偶然にはちょっと思えない。

【8月25日に魔法が解ける】象徴は、まだまだこの個体には程遠い。思い出してみろ、エゴ。相当象徴的な関連性で言うと舞台は遊園地だった。そして午後12時に『そして誰もいなくなった』。
何故か?
そんなエンターテイメント丸出しの場所なんかに『本物』がいるはずないとバレるからだろう。特別性を死守したい段階の【異世界】段階は、歪めるだけ歪め尽くしている。だから、あり得ない遊園地でレジャーみたいな歪みも必ず作っている。そういう歪みが歪みだったと発覚するのが、『魔法が解ける』という象徴になっているんだろう。
本物がのうのうとエンターテイメントに興じられるような状態にあるはずなんかない、とあれだけ殺害するために死に物狂いになったエゴなら判るんじゃないの?そこまでエゴに不都合視されてるのに、幸せな生活を送れてるわけがないだろ。
この個体が在る世界は、【終わらせる為に作用する何か】による『エゴの欺きのすべてを露呈させる真相暴露ルート』。だから、【終わらせる為に作用する何か】の意図のみで構成され、その終わらせる手段でしかないこの個体は、【やるべきことしかできない】。要するに、【やるべきじゃないすべてができない】。
だから、のうのうと遊ぶなんてできるわけがないだろ。
【8月25日に魔法が解ける】のは、そういう特別性魔法段階の歪みが発覚したドミノ的な影響で、あらゆる『死』やその他による排除手段が不可能だとエゴが気づくという象徴なんだと思うよ。象徴を総合して考えると。
それが今年、西暦2019年なのかはわからないが。

【シオリ(死折)】段階はまだエゴの特別性死守段階。エンターテイメント要素を棄てられない。この個体の世界段階には程遠いんだよ。

すべては【終わらせる為に作用する何か】による計画により、象徴的に表現されているだけである『エゴの欺きのすべてを露呈させる真相暴露ルート』である『この領域』について解れば、エゴ意図のすべての不可能さが理解できるようになる。 

書籍『神の使者』より何度も引用
『ー世界はない!
これが「コース」が教えようとする中心的な考え方だ。』
『神がこの世界を創ったはずがない。これは神の性質とは合わない。彼は残酷ではない。
―これが現実世界であれば、神は残酷だということになる。父親であれば救済と愛の代償として、子どもたちをこんな目に合わせるはずがないからだ。
こうJが指摘しているようにね。幸い、これは現実世界ではないし、神は残酷ではない。』
『アーテン:…いまのところは現実と非現実を見分けるためのじつに単純な基準を「コース」が教えてくれる。
―真実のものは何であれ永遠であり、変えられず、変わらない。したがって霊(※注:spirit)はすでに完璧であるから変化しないが、心は自分が選んで仕えるものを生起させることができる。その選択の唯一の限界は、二人の主人には仕えられないことだ。
だからエネルギーが変化し得るという事実は、その性質からしてそれが真実ではないということを意味している。』
書籍『神の使者』より何度も引用
原書:The Disappearance of the Universe
ゲイリー・R・レナード著
吉田利子訳
(※)はこちらで挿入。

【A・Course・in・Miracles】も関連本『神の使者』もエゴの歪みがあるという前提で引用。神・聖霊概念、spirit概念も歪み。

知覚ある世界はエゴが作った非現実インチキ。例外は一切ない。
『世界は無い(現実性をもって存在しない)』。
こんな概念レベルに取り組んでいるヤツがレジャーとかエンターテイメントに興じてたら笑えるだろ?そんなの何かの冗談だ。あり得ないんだよ。
地獄過ぎて醜悪過ぎて世界に全く未練が無い段階じゃなければ、こんな概念受け入れられるわけがない。
そして、これほどまでに世界が非現実インチキである証拠を見せられ続けたら、受け入れざるを得ない。
局所的に似せて後は歪める猿真似・化け猫段階なんかに、この個体のフリなんかできるわけがない。すぐに別人だと発覚するだけ。概念レベルがあまりにもかけ離れすぎなんだよ。


しかし、秋篠宮の婚約者、借りたカネを踏み倒すなんて、罪悪感の欠片もないし、良心の欠片もなく、やはり現実の人間じゃない。やはり暴力団以上の凄まじい狂気の殺人鬼レベルの極悪人レベルだ。立場を考えると、まだ現実性の中の暴力団の方が『心』がある。現実の人間がやれる範囲じゃない。安倍晋三首相と同様、何をやっても凄まじい【異世界】の非論理性と非人間性が浮かび上がりすぎだ。

佐藤篤代

概念:佐藤篤代/西暦2019年後半(40)
【A Course in Miracles】
割り算は公平さから生じた
西暦2019年8月30日:金曜日


西暦2019年
(年号:
4月30日:火曜日まで平成31年
5月1日:水曜日から令和1年〈元年〉)
亥年現在

【佐藤篤代について】

[blogで言ってる主旨]

 この本物:佐藤篤代のブログは
『the Foundation for Inner Peace』の
【A・Course・in・Miracles】
原書second editionの概念をベースにしている。
【A・Course・in・Miracles】の核心
「知覚ある世界はエゴが作った幻想」
を矛盾なく徹底的に追究し、
【他が幻想であり、他がない】
と証明する、
『世界の起源を扱う』、
『人間レベルではない』、
【自分発信、自分受信】
の自分が知るために自分が自分に知らせる為のブログだ。

敵はいない。
味方もいない。
全部同じだからだ。
全てが同じエゴが作った幻想でしかないからだ。

本物:佐藤篤代は『エゴが作った幻想』という見方でしか何も見ないから、敵も味方もいない。

この『全てはエゴが作った幻想』という視点でしか『全部同じ』としては見ることはできない。

[佐藤篤代]

故に、佐藤篤代はあらゆる全ての思想的布教や教えの組織も含め、A Course in Miraclesに関するあらゆる機関、組織、同人誌を含めた全ての出版、講演、workshop、慈善事業、ボランティア、あらゆる公的活動には一切関わっていないし、永久に関わらない。その他相談的なもの、カウンセリング、ヒーリング等同等の行為にも一切関わっていない。また、イエス キリスト的な偉人系、隠れ偉人や仙人系でもない。

本物は将来性のないニート
(西暦2019年)
佐藤篤代は西暦2019年1月17日(木曜日)で43才
栃木県宇都宮市のド田舎生れ
ずっと在住
日本人(血縁すべて日本人)
生まれてからずっと中肉中背
普通の容姿
西暦2009年から無職。それ以前は全部バイトかパート
生涯未婚で子無し

西暦2019年段階の概念:佐藤篤代
西暦2019年段階【前半】概念:佐藤篤代
西暦2019年段階【後半】概念:佐藤篤代

佐藤篤代の現段階の概念
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12102633510.html

A Course in Miracles;世界は幻想という意味
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-11740124334.html

人間の現実性の中での基本的情報提示:【日本】とは/佐藤篤代

無法地帯【異世界】影響を制し限界へ陥らせる為の情報提示:佐藤篤代/西暦2017年

【狂乱異常例提示】リンク集

【狂乱近藤異世界】長年のストーカータイミング狙いパターン

人間の現実性の中での基本的情報提示:リンク/佐藤篤代

西暦2019年版佐藤篤代のリンク集

西暦2019年版佐藤篤代のプロフィール

佐藤篤代の日記リンク(西暦2012年~)
43才になったらやらない一覧
http://simplog.jp/comment/11771884/23

ニュースリンク(西暦2014年4月~)
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12102638099.html







【但し書き】
メール、コメント、いいね等その他全部のコミュニケーションは迷惑だからやめて下さい例外は一切ありません
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【例外なく皆このブログから立ち去って下さい。誰とも関わりません:佐藤篤代】
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【このブログにあらゆる手段で関わろうとする方々へ】

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