概念:佐藤篤代/西暦2018年前半(76)
西暦2018年6月27日:水曜日
前半(76)
【『A・Course・in・Miracles』
例外なく全てがエゴの虚構】
①【A・Course・in・Miracles】原文引用+前置き
②『すると宇宙全体に操られているロボットの身体があるが、当人は自分が身体だと思っているからそのことに気づいていない、ってことなんだな』と【A・Course・in・Miracles】関連本にあるように、エゴが作った全て、人間(身体)も、作り手エゴに支配されて命令のままに動くロボットのようだというわけだ。エゴの作り物に独立した意志はない。それを解りやすくさせるために、【A・Course・in・Miracles】で『聖霊』と歪められた【終わらせる為に作用する何か】の作用は、エゴに最後に作らざるを得ないよう誘導した『この領域』に照らし合わせて、対比思考システムを用いて、エゴのやりたい放題が、世界が現実ならばという観点から、どんなインチキ自白証拠状態をもたらすかを突き付ける。それは最後の世界の主人公の関係性は『全てはエゴが作ったインチキにすぎない』という証明の『知る手段』として再利用されているということだ。故に、家族など特別な関係性、その他の関係性全てが、エゴが何を目的に世界を作ったか、何を意図しているか、そして如何に被造物は作り手の性質を如実に受け継ぐかを証明される。どんなにエゴが関係性に善人の仮面を被せても、エゴの本質である、排他的利己主義を露呈させられる。エゴは世界のやり直し故に段階的に世界を作っており、その【異世界】段階が『この領域』に表現されるからだ。エゴは最初、不都合全てをあからさまに排除してきて、不可能だと判るとありとあらゆる排除手段で不都合排除を試みてきた過程が判るように表現されており、エゴの理不尽さ、残酷さが関係性の中でもはっきり見てとれるようにされている。それで、特別な関係性の意図がはっきりと解る。『この領域』とは、エゴがやってきたこと全ての真相暴露ルートなのだと一目瞭然だ。
【①【A・Course・in・Miracles】原文等引用+前置き】
今回前半76概念が、西暦2018年前半期最終概念記事。
西暦2015年終わり頃から、去年西暦2017年に至るまで「特別性」に関する概念記事を書いてきた。
今年西暦2018年は、これまでに引き続くが、この本物:佐藤篤代が目の当たりにした、この領域(世界)に表された【異世界】段階の非現実・非人間性を徹底的にツッコミし、知覚ある世界全ては例外なくエゴが作ったインチキだと証明する。
本物:佐藤篤代は【A・Course・in・Miracles】で『聖霊』と言われる、歪みとしか言いようがない作用を【終わらせる為に作用する何か】と呼んでいる。
[引用箇所]
【A・Course・in・Miracles】原書
second edition
ワークブックLESSON132
6-(2~5)
▽以下引用
LESSON132
6. …There is no world!
This is the central thought the course attempts to teach.
Not everyone is ready to accept it, and each one must go as far as he can let himself be led along the road to truth.
He will return and go still farther, or perhaps step back a while and then return again.
△以上引用
【A・Course・in・Miracles】
second edition:
WORKBOOK FOR STUDENTS
LESSON132
6-(2~5)
(P244)
西暦2018年段階では本物:佐藤篤代は【A・Course・in・Miracles】自体を歪みだと見ている。神概念も癒しも歪みだ。聖なるキラキラもエゴのアメだと疑ってかかる必要がある。
故に『神の使者』も同様だし、日本語訳で更に歪んでいる。
それを踏まえた上で引用するのは、知る過程では欠かせないからだ。
この本物:佐藤篤代の概念記事は
『the Foundation for Inner Peace』の
【A・Course・in・Miracles】
原書second editionの概念をベースにしている。
【A・Course・in・Miracles】の核心
「知覚ある世界はエゴが作った幻想」
を大前提に矛盾なく徹底的に追究し、以下の核心概念を元に書いている。
【A・Course・in・Miracles】の核心
・他は無い・他は幻想
・エゴが世界に留める為の最大の欺きの手段は特別性だ。
故にエゴの欺きから脱するには特別性を棄てなくてはならない。
・知覚もエゴが作った。
エゴの作った世界の終わりとは知覚の終わりだ。
本物:佐藤篤代は以上のこの【A・Course・in・Miracles】の核心を基本に、【A・Course・in・Miracles】の歪みを削ぎ落としながら、『世界は幻想』という実体験に基づきながら真実へ向かっている。
この点を徹底的に矛盾なくしながら追究している。
矛盾がない概念を採用し、その方向性を目指す。こうして矛盾と歪みをそぎおとしていけば、いずれエゴの欺き(幻想)の完全な終わりへ向かえると本物:佐藤篤代は考えるからだ。
『世界は幻想』とは【人間レベル】で言うと仏教的意味合いに近い。
【A・Course・in・Miracles】において「forgiveness(赦し)=知覚ある世界の全てをエゴが作った幻想と見ること」。
【②『すると宇宙全体に操られているロボットの身体があるが、当人は自分が身体だと思っているからそのことに気づいていない、ってことなんだな』と【A・Course・in・Miracles】関連本にあるように、エゴが作った全て、人間(身体)も、作り手エゴに支配されて命令のままに動くロボットのようだというわけだ。エゴの作り物に独立した意志はない。それを解りやすくさせるために、【A・Course・in・Miracles】で『聖霊』と歪められた【終わらせる為に作用する何か】の作用は、エゴに最後に作らざるを得ないよう誘導した『この領域』に照らし合わせて、対比思考システムを用いて、エゴのやりたい放題が、世界が現実ならばという観点から、どんなインチキ自白証拠状態をもたらすかを突き付ける。それは最後の世界の主人公の関係性は『全てはエゴが作ったインチキにすぎない』という証明の『知る手段』として再利用されているということだ。故に、家族など特別な関係性、その他の関係性全てが、エゴが何を目的に世界を作ったか、何を意図しているか、そして如何に被造物は作り手の性質を如実に受け継ぐかを証明される。どんなにエゴが関係性に善人の仮面を被せても、エゴの本質である、排他的利己主義を露呈させられる。エゴは世界のやり直し故に段階的に世界を作っており、その【異世界】段階が『この領域』に表現されるからだ。エゴは最初、不都合全てをあからさまに排除してきて、不可能だと判るとありとあらゆる排除手段で不都合排除を試みてきた過程が判るように表現されており、エゴの理不尽さ、残酷さが関係性の中でもはっきり見てとれるようにされている。それで、特別な関係性の意図がはっきりと解る。『この領域』とは、エゴがやってきたこと全ての真相暴露ルートなのだと一目瞭然だ】
【狂乱異常例提示】リンク集
(2018.6.25)
以下書籍「神の使者」より引用
(※以下『J』とはJesus Christ(イエス・キリスト)のことを指し、パーサはゲイリーの最後の生で自称アセンディッドマスターで前世がイエスの弟子トマスだと言っている)
『Jはわたしと二人きりのとき、世界はただの無意味な夢だってよく言っていた。でもたいていの人たちはそんな考え方を受け入れられなかった。そうではないという体験があまりに強烈だったからね。それで彼は、世界は幻想であると知るだけでは充分ではない、と強調したのよ。グノーシスや初期キリスト教徒の一部も世界は夢に過ぎないと言っていたし、ヒンズー教ではマーヤー(幻)、仏教ではアニッカ(無常)と言うわね。どれもだいたい同じことを言っている。でもその夢の目的と見ているイメージの再解釈の仕方がわからずに、世界は幻想だと漠然と教えるだけではあんまり価値はないわ。』
書籍「神の使者」より引用中
『この世界では、一つになることのなかにもまだ分離がある。そのために、エゴは特別の関係をつくり出したのよ。二元性とともにあなたがたは特別の愛と特別の憎悪を抱くようになった。いまや愛はすべてを包むのではなく選択的になり、ほんとうの愛ではなくなったのに、まだ愛として通用している。輪廻のなかに入ったとたん、あなたはすぐに家族の一部になる―つまりほかの家族や経済階級や文化や人種集団や国の一部ではなくなるってことね。あなたはすでに多くの面でほかの人たちとは違う。それどころか家族同士、家族の一部同士、家族のなかの個人同士でさえ競い合う。
家族のなかの特別な関係は、生物学的家族でも養子縁組の家族でも里親の家族でも、良かったり悪かったり、愛しあったり憎悪したり―結果として特別な愛かある種の犠牲者を生むことになる。夢のなかでこの世界にやってくる者は誰でも、自分を最初から身体だと考える。それも特別な身体だ、ってね。犠牲者とか犠牲にするという考えはこの観点から見るしかないし、その結果、罪と罪悪感を―これは忘却という壁に隠されているんだけど―無意識に誰かあるいは何かへ投影する。
こうして、自分自身についての密かな罪と隠れた憎悪は、よその場所に見えることになる。あなたは自分自身の忘れられた心から投影された非現実の夢を見ているという事実、それは完璧に意識から締め出されています。ほかの人たちと外で起こる出来事、あるいはミスリードされたあなたの身体と脳が起こす罪ありげな行動、それが際限ない恐怖とあなたが人生と呼ぶ、さまざまな状況の原因と認識されるわけ。』
書籍「神の使者」より引用中
『そのうえエゴはずるいトリックを使って、特別の憎悪の関係と同じように特別な愛の関係も投影させ、罪の再循環という仕組みをいつまでも継続させようとたくらんでることを忘れないでね。よく見れば(たいていの人は見ようともしないけど)、この世界の愛はいつも条件つきなのよ。その条件が満たされないときは、気をつけないといけないの。』
『考えたんだけど、エゴの思考システムと台本で、いろいろなことが説明できるよね。どうして先天的な病気や奇形をもった子どもが生まれてくるのかってことも。神はそんなことをしないとわかっただけでも、とても楽になるよ。どうして子どもが顔をあわせた瞬間から玩具を奪いあって争うのか、どうして学校でからかいやいじめをしたり、徒党を組んだりして、無意識の罪悪感わ、他者に投影するのか―あれは相手が悪いんだ、ってことにしたいんだな。
人はいつも敵味方に分かれ、生涯を通じて被害者になったり加害者になったりする。人にはいろいろな違いがあって、ある人々のほうが優れているようにみえるし、優れた人々と劣った人々がいるように感じさせる。健康と病気、美しさと醜さのようにどこにでも対立があって、それがあたりまえになっている。でも、何かが美しいか醜いかを判断しているのはぼくたちの身体だけ―だからすべては主観的で、一からでっち上げている。でもそれしか知らないから受け入れているんだな。
それから特別の憎悪という永続的な争いと同じように、特別の愛というのもある。愛する人は何をしても間違っていないし、たとえ間違っていても簡単に赦せる。憎んでいる人は何をしても正しくないし、赦せない。だから生涯を通じていろんな競争相手がいるし、ビジネスや企業の競争があるが、すべては同じエゴのパターンに則っている。多くの人たちは他人の身体に対して権力を奪おうとキャリアを追求するが、そんなものは権力の哀れな模造品に過ぎないんだよね。そういうキャリアは無意識の罪悪感の投影で満ち満ちている。最もわかりやすい例を挙げれば、裁判で勝つのは相手側が悪いとうまく説得し、陪審員の無意識の罪悪感を相手側に投影させる利口な弁護士だ。
選挙で当選する政治家は反対陣営を非難するのがうまい人たち、問題は反対陣営の責任だと有権者に思わせる人たちだ。宇宙的な場で見れば、神からの分離もそれに伴う苦痛や不幸もみんな反対陣営の責任だって非難するのと同じだな。罪があるのは向こうだ、こっちじゃない、ってわけ。どっちもたいていは本気で自分たちが正しいと信じているが、じつはどっちも正しくはない。だって彼らが見ているのは真実じゃないんだから―そういう主張に反応してどっちかの味方になったとたん、ぼくたちは解決策ではなく問題の一部になってしまう。そのあいだずっと赦そうとしない人は、自分たちが自作自演の仕掛けに反応し、エゴの計略に取り込まれているだけだと気づかない。』
書籍「神の使者」より引用
『 小鳥が脳で決断していないのと同じで、決断は人間の脳で行われてはいないんです。あなたがたはロボットみたいなものだって言ったのは冗談じゃないのよ。プログラマーがほかにいるわけではない。誰もいはしないんです。わたしたちが言っているのは事前の自己決定のこと。このレベルでのあなたがたの運命は、神ではなくてエゴとの契約で定められている―神は契約はしませんからね。あなたがたのエゴの心全体がプログラマーで、脳に信号を送っている。脳はハードウェアの一部で、信号を身体に、あるいはコンピュータ・ユニットに送って、何を行い、何を見、何を感じるかを指示しているというわけ。』
『すると宇宙全体に操られているロボットの身体があるが、当人は自分が身体だと思っているからそのことに気づいていない、ってことなんだな』
書籍「神の使者」より引用
ゲイリー・R・レナード
吉田利子訳
西暦2007年1月30日:日本語版初版発行
(原書名:The Disappearance of the Universe)
【A・Course・in・Miracles】にも『神の使者』にもエゴの歪みが入っているという認識前提の下で引用している。
だが、世界はエゴが作った幻想(インチキ)であり、エゴは欺きの目的でしか作っておらず、エゴの最大の手段は特別性だという点が解ればいい。ゆえに、『人間』も他の生物もすべての事象も、エゴのコントロール下にあり、要するに『人間』とはエゴの命令で動くロボット(操り人形)に過ぎないということだ。
故に当然あらゆる特別な関係には、エゴの欺きの目的しかない。
そして人間を作ったのはエゴなので、被造物は作り手の性質を如実に表すわけであり、エゴの性質は狂気であり、残忍さ、残酷さ、理不尽さ、不条理、混沌、そして排他的利己主義であり、被造物の根底には必ずどんな仮面で装っても、それらのエゴの本質で基づかれている。そして、それらのエゴの本質に属する目的から、すべてが、人間が作られているわけだ。
一度それらの関係性の事実に気づくと、もう特別な関係は築けなくなる。最初はどんなに『善人の仮面』で装っていても、必ずエゴの本質が如実に表されるから排他的利己主義が丸出しとなる。それは誰であろうが同じだ。
【A・Course・in・Miracles】で『聖霊』と歪められた【終わらせる為に作用する何か】の作用が、『【異世界】間漏れ作用』によりエゴに世界の作り直しを余儀なくさせて、作る世界の方向性を誘導して最後の世界に最後の結果として作らざるを得なくさせたのが、この領域(あるいは最後により近い世界)。だから、表れるすべては『知る手段』として、パズルのようになっている。エゴが各【異世界】段階で何をやろうとし作ったかが窺い知れるように象徴として表現されている。だからこそ、【異世界】の表れは、この領域の現実性に照らし合わされて『浮く』。この領域の世界構造や概念の現実性とはかけ離れすぎていて、ギャップが『浮き』過ぎるから、【異世界】の表れだと一目瞭然となる。
だからこそ、『この領域』の事実ー最終結果はエゴに消すことなんかできやしない。いかに【異世界】段階で隠せたようにみえたとしても、エゴには『この領域』を消滅させることはできない。
だからこそ、いずれ、エゴが隠してきたすべては露となる。それは避けられない。
すべてが絶対に隠せなくなる。
だから、【終わらせる為に作用する何か】の目的から、エゴが最後に作った主人公に関わるすべては、エゴの本質が露呈されるようになっている。何故なら、理解者がいたら、エゴの特別性の目的に必ず流されてしまうからだ。『人間』自体がエゴが作ったインチキだと証明される為には、理解者は邪魔でしかない。エゴが作ったインチキの中にまともで正常な例外があり得ると盲信に必ず陥るからだ。だから、主人公当人も例外なくエゴが作ったインチキだと証明される。主人公当人自体もエゴが作ったから、信用に値しないという絶対的な経験が繰り広げられる。
そういうエゴが作る方向性を誘導され【終わらせる為に作用する何か】の目的に全てが支配されている『この領域』では、特別な関係は全て、『エゴが作ったインチキ』である証明として作られている。関係性は必ずエゴが作った各段階の【異世界】段階で似せて作られてきたものが表現される。それ故に、より初期段階のエゴが作った【異世界】の表れほど、排他的利己主義性質があからさまに表れている。初期であればあるほど、『この領域』の主人公は不都合過ぎて、ありとあらゆる手段で排除しようとしている。故に、最初はあらゆる手段の殺害目的として関係性は使われた。長年かかってやっと気づいたが、突進レベル、封鎖妨害レベルのあからさま過ぎる『壊れすぎたタイミング合わせロボット』丸出しのタイミング合わせの表れは、最初のエゴの殺害目的だったのだと判明した。だからこそ、あれほどあからさまなタイミング狙いで非人間・非現実丸出しになろうがお構い無しに延々と続けられている。西暦2010年の大混乱期からはほぼ毎日多々だが、それほど毎日元々の目的は殺害目的だったのかと思うと、エゴって知能欠落なんじゃ、とうんざりしてくるレベルだ。早く気づけよ、と言いたい。
しかし、そのあからさま殺害目的毎日レベルが最初に執拗に執拗に続いた為に、後々の段階の【異世界】段階では、取り繕いがもはや大変過ぎて、取り繕いすらも非人間・非現実レベルに達しすぎ、『化け物による人間の擬態』としか言いようがないレベルに達しすぎた。だからもうこの領域では、インチキ丸出しになり、簡単に全てはエゴが作ったインチキだと証明され、判明されているわけだが。もはや言い訳不可能。だから、この領域の主人公にはバレバレで、主人公自体がインチキのツッコミせざるを得ない。
あまりに太古としか言いようがない初期の殺害目的から各段階【言い訳】の関連づけなので、関係する者と話ている内にその関係者は別人に対しての話が挿入される位だ。取り繕いが激しいと、会話が終わって去るとき、後ろからこれまでの会話とは全く違う、別人への言葉が投げ掛けられ、「は!?何言ってんの!?完全に別人に対してそれ言ってるよね!」と成り果てる。ほぼ毎日これだ。そのくらいにあからさまにインチキ臭く表現される。
この個体が同じ場にいない状態で家族の話が聞こえて来るときは、完全に別人の話になっている。昔は「何を事実に反することを!」、「何で嘘を言うわけ!?」という理不尽さに苛まれた。今は何が起きているか解るから「また【異世界】設定で別人の話してる」と思うだけだが、昔は、嫌がらせや不条理過ぎる理不尽行為にしかなっていなかった。やっていないことをやったと言われ、悪者にされる理不尽さだ。それは【異世界】設定の表れだからだった。
しかし、これで窺えるだろうが、要するにエゴの特別な関係の目的のほとんどが、この個体に対してはあらゆる手段での排除だということが判る。
故に、昔から「別人の、やっていないことをやった」とされる事実に反しすぎる理不尽さで、常に人生にいじめや嫌がらせが付きまとっていた。ある日突然、意味の解らない敵意を向けられる。それが最大級に顕著過ぎたのは、バイト先の新人との初対面であからさまに蔑まれる目で見られたことだ。びっくりしたどころの話じゃない。そこまでのあからさまな敵意は初めてだった。挙げ句の果てに、大変な日だから協力してやらなければ仕事が回らないから「協力」を頼んだら、拒否され、「何のために仕事に来てるんだ!!仕事が破綻してもいいのか!!いくら嫌いだろうが、仕事なんだから、協力してやらないと仕事自体が破綻するだろ!」と流石にこれが社会人の大人のすることか、とマジギレして、辞めた。そんな社会人としてあり得ない頭がおかしい異常者がいる職場では仕事自体が破綻するから、続けられなかった。何のために仕事に来てるのか全く意味が解らない。
というように、あからさまに意味不明な敵意を突然ぶつけられるわけだ。初対面だから身に覚えが無さすぎた。いくら嫌いな奴でも仕事は仕事と考えて、仕事と割りきって関係を作ってきたこの個体には到底理解できない異常さだ。何か、その敵意丸出し個体とは別の意図すら根底に見えてくる勢いだった。この時には【A・Course・in・Miracles】を自分で日本語訳していた時期で、エゴはこの個体に仕事をさせたくないのだな、と解ったし、このレベルの異常さではもう仕事は現実的には不可能だから、もう無理だなと判断した出来事だった。これではいくらこの個体が誠実に努力して仕事をしようとしても、エゴはあらゆる手で妨げてくる。仕事が現実的に成り立たないレベルでは仕事はできない。
というように、関わった『人間』は、どんどんエゴの本質・排他的利己主義をあからさまに表現するようになってきた。
そして、あらゆる嫌がらせ妨害の最大の表現だった【実妹:麻美】は、なんと西暦2010年の大混乱期にあり得ないレベルであっさり結婚をして家を出て、嫁に出た。それと入れ替わりに北隣【近藤】(仮)が狂気度が壮絶レベルとなり、殺害可能レベルの狂気の嫌がらせストーカー状態が始まったわけだが、それはまた別の話で。
今回は【実妹:麻美】の子供に関してだ。西暦2018年6月で男児が五歳になったわけだが、初めから五歳というキーワードを出して、物心がつき出して虐めや嫌がらせが陰湿化する年齢だから、この個体の家で両親が預かるのは『五歳まで』という了承を得ていた。勿論泊まれていたのはこの男児のみだったが、泊まりも終わりという話だった。「幼稚園上がったらそんなに預からないよ」とも言っていた。
しかし、それを存続させようとする勢いが出てきた(しかし終わりを約束させたが)。
【実妹:麻美】の子供は二人。西暦2018年6月で男児が五歳、女児は二歳だ。赤ん坊の頃から二人とも、かなりの『元気が良い(要するに煩く騒ぐ)』子供だった。その煩さは、まあ具合が悪すぎる時は辛いが、子供だから仕方ないと腹も立てずに五年我慢してきた。文句も言わなかった。
しかし、忘れてはならないのは、子供だろうが、大人だろうが、関係する全ては所詮は『壊れすぎタイミング狙いエゴロボット』に過ぎないという事実だ。
勿論、非人間・非現実丸出し過ぎに、【実妹:麻美】の子供達も、タイミングを狙う為だけにエゴの各【異世界】目的で投入されているのが丸わかりだった。最初は風呂や食事を妨害され、時間を遅らせるか、信じがたいあからさまなタイミング狙いで突進してきたりされ、上手く立ち回らなくてはならなかった。起床やトイレのタイミングすら狙い丸出しだった。完全なる『タイミング狙いエゴロボット』。お陰で、各【異世界】段階のエゴの出方を予測して上手く立ち回る術がかなり発達した。時間の使い方が壮絶に機能的になった。遅くさせたいのは北隣【近藤】(仮)の為だと意図が丸出しだった。だから、初めは妨害や封鎖をされて怒りを感じていたが、上手くやれば突進をすり抜けられ邪魔にはならなくなるから、それほどは問題にはならなかった。避けられない執拗なごり押し妨害突進レベルなら、こちらが上手く時間をやりくりすればいいのだ。だから、あまり怒りは感じなかった。
しかし、【実妹:麻美】の男児が西暦2018年6月で五歳になり、やはりブログにも前々から書いていたが、『五歳』の性質が表れてきた。やはり、虐めや嫌がらせが陰湿化する表れ。うひょひょひょ笑いながら「あれ誰?」と、別の日に二回言われた。何かにつけて馬鹿にしたくなっているのが言動の節々に丸見えになってきた。そして、西暦2018年6月の少し前からか、定期的外出日を言い訳を作られて徹底的に狙われ、妨害圧迫が酷さを増した。女児(二歳)を昼間に預けるというのだ。【実妹:麻美】と男児(五歳)は用事で外出。それで、PM14時台に駐車場が凄まじい『狂気の化け物』状態になった。超常現象も毎回生じているレベル。今回も、家の内外が「どうやって移動した!!」レベルの超常現象壮絶レベルに陥る位の『化け物による人間の擬態』丸出し状態と化した。家の内外の設定自体が食い違っている化け物レベル【異世界】の表れだろう。物理的に移動不可能事態に。
そういう化け物レベルごり押し状態で、いけしゃあしゃあと「まだ時間があるから」とか言い訳し【実妹:麻美】が居座り、これまでもキツキツ時間のやりくりでやっていた日常生活を妨害圧迫されたので、流石にマジギレし、「早く行けって麻美に言って!!」と【実母】に言っているを耳にし、反発し男児(五歳)が敵意をあからさまに向けるようになったのだ。こちらはそうじゃなくともキツキツスケジュールのやりくりをしてる中で、突進されづらいように動いている中で、更なる圧迫だ、本当に堪忍袋の緒が切れる。そういう無理がありすぎるあからさまなわざとらしい妨害圧迫封鎖タイミング狙いをされない限り、こちらは怒りもしない。理不尽の限りをごり押しされているのは、そして長年されてきたのは、こちらだ。煩いのを、あからさまなタイミング狙い突進をこちらは長年怒らず我慢してきているのだ。
それから、【実妹:麻美】の男児はあからさまな敵意を向けてくるようになった。初めから、昔から嫌がらせの限りを尽くしてきたこいつの子供なんだから、必ず敵意を向けるようになると絶対的な確信があった。ならないわけがない。
それで、西暦2018年6月25日:月曜日、前日から幼稚園に通ってるくせに無理過ぎ言い訳をごり押しして『お泊まり』をしたのを最後に、【実妹:麻美】の男児は『出入り禁止』が成立した。約束を取り付けた。やっと。
大体、表れる度に「お前本当に○才かよ」と苦笑してツッコミする位にでかくなったり縮んだりしてるインチキ丸出し非人間・非現実丸出し状態だったのに、よくもここまでごり押しして設定としてやり尽くしてきたもんだよ。
そして、やはりエゴが作った全ての『人間』は、排他的利己主義性質を隠しきれない。必ず、表れるようにさせられてしまう。エゴは不都合過ぎるこの個体をありとあらゆる手段で【異世界】段階で排除する世界を作ってきた。だから、全ての関係性はいくら後々の【異世界】段階が仮面を被らせてもこの個体を排除する傾向を隠しきれない。あからさまに排除目的段階の【異世界】の表現は避けられない。
それは、エゴが作った全ては、エゴの排他的利己主義性質を如実に受け継ぐという事実と、インチキであるという証明のためにこの領域で各【異世界】段階が表現されているからだ。
人種差別主義者丸出し言動をとりながら、何故か『善人』に見せ掛けようとするアメリカ大統領のトランプにもそれが如実に表れ、故に『狂人の道化師』と呼ばれる位に、ちぐはぐな支離滅裂言動に成り果てている理由だ。安倍晋三首相も同じ。国民に対して「こんな人達に負けるわけにはいかない!」と自分に反対する人々を罵っていながら、「国民の皆さんのために」とか言っても、嘘つき総理の証明で、本性が丸見え過ぎて、薄気味悪いだけだ。
関係する全ては、必ずエゴの各【異世界】段階に作られた排他的利己主義性質丸出しの排除方法をとって表されるのみ。エゴはこの個体を不都合過ぎて、何としても何とかして排除することしか考えなかった。この個体を主人公に世界を作り出すまで、排除手段の限りを尽くしてきたのだ。だから、表現されるのは、取り繕いの仮面か排除方法なのだ。それだけだ。
それが解っていて、何故、特別な関係を新たに築き上げようとするわけがある?
取り繕いの仮面はいずれ必ず剥がれ落ちると解っていながら。
しかも、周囲に表現されるのは、突進レベルの『壊れすぎタイミング狙いエゴロボット』状態だ。もはや『化け物による人間の擬態』以上には見られない。まず、現実性が致命的に欠落しきった『人間のフリをした何が』と特別な関係は結べない。それじゃ悪趣味の極みの変態になる。
特別な関係を作りたがってる段階のエゴは、せめて『人間の現実性』が作れない限りは不可能だという『そもそも論』を自覚すべきだ。
それが解りきっていたから、勿論【実妹:麻美】の子供達(五歳、二歳:西暦2018年)と可能な限り関わって来なかった。ほぼ全く話かけないし、関わらない。解りきってきたが、そうして正解過ぎた。
外出した道中に、日時、時間帯無視、場所も無視で毎回毎回ほぼ必ず、学生(大学生、高校生、中学生、小学生のいずれかを必ず)を現したら、『化け物による人間の擬態』以外のナニモノでもない。学校という概念自体が欠落しきった化け物だ。大体、大学生の『講義』を『授業』と執拗にほざく概念欠落レベルで。学校の場所も知らず、何故そこに発生するのが意味不明過ぎる場所に。学校とは真逆から。しかも市町村が違うのにすら気づかず。意味不明『化け物学生スポット』が生じるレベルに世界ギャップが凄まじいくせに。無職男やスーツも同様。しかも、酷いときは、意味不明日時と場所に大量発生、あるいは一度出現してから信号で妨害されて更にまた追いかけられて視界を延々と行かれるレベル。本当に凄まじい悲鳴が上がるレベルに化け物過ぎる化け物学生。
何時だろうが、何日だろうが、平日だろうが、どんな場所だろうが、学生やスーツや無職男がこの個体の外出を追いかけストーカー状態になりすぎているこの奇妙過ぎる、気味が悪すぎる、戦慄が走る、慄然とし過ぎるこの不自然の極みの非現実現象。毎回外出の度にやられてみろよ。すべてがインチキの証明にしかなれない。
通行人のあまりの不自然さ。凄まじいタイミング合わせ丸出し自白状態。あからさまに突っ込んできそうになる車の危険行為や意図丸出しのノロノロ集団。一車線だけ何故かノロノロ車が連なる異様さの極み。進行を妨げる意図が常に丸出しだ。
そんな『化け物による人間の擬態』丸出しの関係性の中に、どうやって、特別性が生じるのか謎だ。そもそも、現実性が凄まじいレベルで言動しきっているのに。
よくも1日に何度も玄関チャイムや電話鳴らしたり、時間帯無視して「誰か危篤か死亡かテメー!」と言いたくなる無法非常識電話多発させてタイミング狙い丸出し非人間・非現実丸出しにしながら、現実性を主張するよな!バカなのか!?
この家で夜には話し声はかなりのイレギュラー、緊急時しか生じないと何度も言ってるのに、何度注意しても続く嫌がらせテレビ大音量か、非現実幽霊声にしか成り果てない話し声【異世界】ごり押ししつこいんだよ、エゴ。
(2018.6.26)
以下推理小説『三幕の殺人:ポアロシリーズ/アガサ・クリスティ』より引用
『「ムッシュー、あなたはまさにこの部屋で、事件の結論には納得できないと、はっきりおっしゃいました。そしてわたしはこう思ったのですよーそう思うのはあなたが役者だからだ。ムッシューは偉大な俳優だ、いつの場合でも、あらゆる出来事に芝居の要素を求めずにはいられない。それに、温厚な老牧師が自然死以外の原因で死んだとは、わかりませんし、どんな動機かも推測できません。あれを殺人だと見なすのは、じつにばかげた突拍子もないことに思えます。それでもーあのあと、もうひとつの死亡事件が起きました。似たような状況の死亡事件、それを偶然の一致に帰することはできません。そう、この二件には繋がりがあるに違いありません」』
以上推理小説『三幕の殺人:ポアロシリーズ/アガサ・クリスティ』より引用
因みに、アガサ・クリスティは昔(西暦2007年前までの【人間レベル】の時期)ほとんど読んだと思っていたのだが、推理小説『三幕の殺人:ポアロシリーズ/アガサ・クリスティ』は読んだことがなかった。当時、本屋に置いてあったものはほぼ読んだが。
で、この領域の世界構造と概念の現実性の中では、温厚な老牧師が殺害される理由はあり得なくはない。牧師というと『告解』という『懺悔』を聞く役割を思い出すし、他者の、人には知られたくない罪の秘密を握っているということで、推理もので殺害事件が起きたような内容を見たことがあるし、逆に悪徳牧師はその秘密をネタに脅したりし恨みを買うというパターンも多々ある。だから、この領域の現実性の中の推理ものではよく調べたら何か動機が出てくるかも、とは思う。他の登場人物が言ったように、当人は知らない内に、恨みを買うようなことをしている善人もいる。知られてはならない犯罪者のアリバイ作りを見られたとか。
だから、引用のポアロの『温厚な老牧師が自然死以外の原因で死んだとは、わかりませんし、どんな動機かも推測できません』という発言は賛同できない。よく調べてもいない内には断定できない。
という前提から利用するが。
最初の老牧師死亡事件で、ポアロが『殺人事件』だという事実を見過ごしたのは、どうやっても状況的に、狙って殺害することが不可能だったからだ。推理ものでは多々ある設定だが、パーティーでカクテルが配られ、そのカクテルを飲んだ招待客の1人が死亡。その人物を狙ってカクテルに毒を入れることは不可能だったのだ。カプセルとか時間差で毒が体内に回るという状態でもなかった。犯人は死亡させたくない者にだけ毒が入っていないカクテルを渡し、後の招待客は誰が死亡してもいいという無差別殺人だったのだ。
その死亡事故は『殺人』とは扱われずに日々が過ぎて、そして、同じような死亡事故が起きたわけだ。それを耳にしたポアロは2つの死亡事故が同じ犯人による『殺人事件』だと確信した。
要するに、言いたいのは、自然死に見える死亡事件が一度目に起きたら、大概は『偶然』だと思ってしまうわけだ。しかし、似たような死亡事件が二度目に起きると、もはや『偶然』とは言えなくなる。そして、この似た状況は『偶然の一致』とは絶対に言えない事態にあるというわけだ。
何が言いたいのか、というと、一度目は『偶然』と『言い訳』ができるレベルにあるが、二度目からは『偶然』を疑われる、というこの領域の世界構造と概念の現実性を言っているわけだ。
その二度目があからさまであればあるほど、『偶然』とは言えず、『意図』を疑われるレベルになる。
そして、三度目、四度目…と回数が増える毎に、『偶然』と言い訳ができなくなっていき、確実に『意図』が確定されていく。
何を言ってるのか解るか?
エゴがより初期に作った【異世界】ほど、タイミング合わせがあからさま突進レベル過ぎて、しかも長年レベルで何度も何度も繰り返しなされる、その状態は、そのタイミング一致が到底『偶然』だなんて言い張れるレベルにはなく、『意図』以外のナニモノでもない状態だと言っている。だからこそ、そのタイミング合わせは、ストーカー犯罪にしかなれない。
その『偶然』と『確率』の概念をとくと知れ。
タイミング狙いをいけしゃあしゃあと厚顔無恥に続けながら『偶然』と言い張ろうとするような【異世界】段階は、まず、『推理もの』というもの自体が作れるわけがない。
『推理もの』とは、『偶然』、『意図』、『確率』の概念が根底にきちんと正確に土台としてなければ、成立できないからな。
この領域の世界構造と概念の現実性の中の『推理小説』を読めば、森友学園問題や加計学園問題の根底には安倍晋三首相の『政治の私物化』が確実にあると一目瞭然なわけ。それが解らない奴は完全に【異世界】だから。だから、こんなあからさま過ぎるのに、誰もこれらの問題の元凶が安倍晋三首相の『政治の私物化』じゃないなんて思えるわけがない。
この領域の現実性の中では、バレバレのバレバレなんだよ。
『推理もの』すら作れないレベルのストーカー犯罪丸出し【異世界】段階は、本当に世界基盤・土台の欠落を早く認識しろよ。タイミングだけ合わせても、到底『同じ世界』だなんて言い張れるわけがないと知れ。
1日に何度も何度も家の電話(他の家族の携帯も含め)や玄関チャイムがなるはずがないと知れ。会社じゃないんだから。そんな家は異常過ぎる『化け物による人間の擬態』の表れ丸出しだ。外出日に前後して、死に物狂いで非常識時間帯も含めて電話や玄関チャイムを鳴らしたら、非現実丸出しか、嫌がらせストーカー犯罪だ。しかもすべての電話と玄関チャイムがタイミング合わせか、特定の時間を狙い打ちしているのがあからさま丸出し状態なんて、現実としてあり得ないと知れ。その凄まじい不自然さを知れ!!
タイミング狙いが丸出し壮絶レベル過ぎて、『偶然』だなんて何一つ言えない『意図』丸出し状態にあると知れ!!
そして、そのあからさまタイミング狙い丸出し元凶【異世界】が、北隣【近藤】(仮:50才前後地方公務員夫妻:西暦2018年)宅近接リビング南面雨戸音を、パートでもまだまだ仕事中の時間帯に仕事サボり丸出しで、非現実仕事アピールで鳴らせてしまう【異世界】段階だと自白がなされた。しかも、化け物レベルの関連づけがなされる、魔の狂乱近藤スポット時間帯だ。北隣【近藤】前のみで音や声が発生してしまう化け物スポットがあからさま時間。
佐藤篤代
概念:佐藤篤代/西暦2018年前半(76)
【A Course in Miracles】
例外なく全てがエゴの虚構
西暦2018年6月27日:水曜日
西暦2018年(年号:平成30年)
戌(いぬ)年現在
【佐藤篤代について】
[佐藤篤代]
【A・Course・in・Miracles】管理者で世界で最も【A・Course・in・Miracles】の意味を理解している筈のKenneth・Wapkickすらも、手紙のやり取り等から、歪みと特別性の保護しか教えていなかったと西暦2012年に判明している。
また【A・Course・in・Miracles】自体も本という型だけに完全な真実を表現できる筈がないとその頃までには気づいた。
その他の経験も含め、真実は他者とは絶対に分かち合えないと理解した。
だからこそ、特別性の保護というエゴの目的しかそこにはなく、無駄どころかエゴの目的通りになると知っているので、あらゆる個々の存在と真実を分かち合うという目的からコミュニケーションを取ることは一切しない。
真実はあらゆる個々の存在と分かち合うのではなく、真実(知ってきた全て)を提示することで、エゴとは正反対の作用【終わらせる為に作用する何か】の【異世界】間の『漏れ作用』により、エゴが作った全ての領域に拡大されると考えている。
エゴはそれで世界に矛盾が生じるので、漏れて隠せない要素を採り入れながら世界を作り直さなくてはならない。それが真実が拡大される再利用システムだと考える。
詳しくは西暦2015年段階の概念に書いてある。
故に、佐藤篤代はあらゆる全ての思想的布教や教えの組織も含め、A Course in Miraclesに関するあらゆる機関、組織、同人誌を含めた全ての出版、講演、workshop、慈善事業、ボランティア、あらゆる公的活動には一切関わっていないし、永久に関わらない。その他相談的なもの、カウンセリング、ヒーリング等同等の行為にも一切関わっていない。また、イエス キリスト的な偉人系、隠れ偉人や仙人系でもない。
本物は将来性のないニート
(西暦2018年)
佐藤篤代は西暦2018年1月17日(水曜日)で42才
栃木県宇都宮市のド田舎生れ
ずっと在住
日本人(血縁すべて日本人)
生まれてからずっと中肉中背
普通の容姿
西暦2009年から無職。それ以前は全部バイトかパート
生涯未婚で子無し
佐藤篤代の現段階の概念
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12102633510.html
A Course in Miracles;世界は幻想という意味
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-11740124334.html
佐藤篤代の日記リンク(西暦2012年~)
43才になったらやらない一覧
http://simplog.jp/comment/11771884/23
ニュースリンク(西暦2014年4月~)
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12102638099.html
【但し書き】必ずお読み下さい
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12101838092.html



【但し書き】
メール、コメント、いいね等その他全部のコミュニケーションは迷惑だからやめて下さい。例外は一切ありません。
詳しくは必ず【但し書き】を読んで下さい
【例外なく皆このブログから立ち去って下さい。誰とも関わりません:佐藤篤代】
戌(いぬ)年現在
【佐藤篤代について】
[佐藤篤代]
【A・Course・in・Miracles】管理者で世界で最も【A・Course・in・Miracles】の意味を理解している筈のKenneth・Wapkickすらも、手紙のやり取り等から、歪みと特別性の保護しか教えていなかったと西暦2012年に判明している。
また【A・Course・in・Miracles】自体も本という型だけに完全な真実を表現できる筈がないとその頃までには気づいた。
その他の経験も含め、真実は他者とは絶対に分かち合えないと理解した。
だからこそ、特別性の保護というエゴの目的しかそこにはなく、無駄どころかエゴの目的通りになると知っているので、あらゆる個々の存在と真実を分かち合うという目的からコミュニケーションを取ることは一切しない。
真実はあらゆる個々の存在と分かち合うのではなく、真実(知ってきた全て)を提示することで、エゴとは正反対の作用【終わらせる為に作用する何か】の【異世界】間の『漏れ作用』により、エゴが作った全ての領域に拡大されると考えている。
エゴはそれで世界に矛盾が生じるので、漏れて隠せない要素を採り入れながら世界を作り直さなくてはならない。それが真実が拡大される再利用システムだと考える。
詳しくは西暦2015年段階の概念に書いてある。
故に、佐藤篤代はあらゆる全ての思想的布教や教えの組織も含め、A Course in Miraclesに関するあらゆる機関、組織、同人誌を含めた全ての出版、講演、workshop、慈善事業、ボランティア、あらゆる公的活動には一切関わっていないし、永久に関わらない。その他相談的なもの、カウンセリング、ヒーリング等同等の行為にも一切関わっていない。また、イエス キリスト的な偉人系、隠れ偉人や仙人系でもない。
本物は将来性のないニート
(西暦2018年)
佐藤篤代は西暦2018年1月17日(水曜日)で42才
栃木県宇都宮市のド田舎生れ
ずっと在住
日本人(血縁すべて日本人)
生まれてからずっと中肉中背
普通の容姿
西暦2009年から無職。それ以前は全部バイトかパート
生涯未婚で子無し
西暦2018年段階の概念:佐藤篤代
佐藤篤代の現段階の概念
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12102633510.html
A Course in Miracles;世界は幻想という意味
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-11740124334.html
人間の現実性の中での基本的情報提示:【日本】とは/佐藤篤代
無法地帯【異世界】影響を制し限界へ陥らせる為の情報提示:佐藤篤代/西暦2017年
【狂乱近藤異世界】長年のストーカータイミング狙いパターン
西暦2018年版佐藤篤代のリンク集
西暦2018年版佐藤篤代のプロフィール
佐藤篤代の日記リンク(西暦2012年~)
43才になったらやらない一覧
http://simplog.jp/comment/11771884/23
人間の現実性の中での基本的情報提示:リンク/佐藤篤代
ニュースリンク(西暦2014年4月~)
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12102638099.html
【但し書き】必ずお読み下さい
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12101838092.html



【但し書き】
メール、コメント、いいね等その他全部のコミュニケーションは迷惑だからやめて下さい。例外は一切ありません。
詳しくは必ず【但し書き】を読んで下さい
【例外なく皆このブログから立ち去って下さい。誰とも関わりません:佐藤篤代】
https://ameblo.jp/universalacim/entry-12306413127.html
佐藤篤代
概念:佐藤篤代/西暦2018年前半(76)
【A Course in Miracles】
例外なく全てがエゴの虚構
西暦2018年6月27日:水曜日
佐藤篤代
概念:佐藤篤代/西暦2018年前半(76)
【A Course in Miracles】
例外なく全てがエゴの虚構
西暦2018年6月27日:水曜日
4つ目スマートフォンQuaから投稿

