概念:佐藤篤代/西暦2016年後半(40)
西暦2016年10月27日:木曜日
後半(40)
【『A・Course・in・Miracles』
人間定義から逸脱する特別性】
①【A・Course・in・Miracles】原文引用+『人間定義から逸脱する特別性―
「そのためにはエゴではなく聖霊の思考がゆきわたるように心を訓練しなくてはならない。それには自分のではなくて聖霊の思考システムが反映される決断力が必要になる。だから断固として『奇跡のコース』とそれ以外のすべてのスピリチュアルな思考システムを区別するという大きな決断をしなければならない。有史以前のものから古代エジプト、老子、ヒンズー教のさまざまな派、ゾロアスター教、旧約聖書、新約聖書、それに新二元主義のシステムまで、文字通りすべての思考システムという意味だ。」(引用ゲイリー・R・レナード)この徹底的な区別が基盤にこのBlogがある。とても巧妙にエゴは誤魔化すので、エゴのえげつない実態を経験的に突き付けられなければ、この区別は不可能』
②人類の歴史、人類が作った物語に表現されているように、学生時代の情報で最古の人類はアウストラロピテクスという猿人だった。人間でもなかったのだ。そして物語には人間ではない生き物、架空の生き物も沢山表されている。そして地球には人間ではない動物が沢山いて、宇宙全体で人間以外の生き物がある理由。それは、エゴが作ったより初期の各世界の、『人間』という概念からかけ離れすぎた実際が表現されているからだ。エゴが作った初期の『人間』は物語で表現されている『架空の生き物』に近いというわけだ。ならば、この領域においてやるべきことが自ずと見えてくる。
それら初期の世界を含めた全ての世界の概念をこの領域レベルまで持っていかせるようにすることだ。それがエゴが作った全てを確実に終わりへ導く。エゴとは正反対の作用【A・Course・in・Miracles】で『聖霊』と歪められた【終わらせる為に作用する何か】により
【①【A・Course・in・Miracles】原文引用+『人間定義から逸脱する特別性―
「そのためにはエゴではなく聖霊の思考がゆきわたるように心を訓練しなくてはならない。それには自分のではなくて聖霊の思考システムが反映される決断力が必要になる。だから断固として『奇跡のコース』とそれ以外のすべてのスピリチュアルな思考システムを区別するという大きな決断をしなければならない。有史以前のものから古代エジプト、老子、ヒンズー教のさまざまな派、ゾロアスター教、旧約聖書、新約聖書、それに新二元主義のシステムまで、文字通りすべての思考システムという意味だ。」(引用ゲイリー・R・レナード)この徹底的な区別が基盤にこのBlogがある。とても巧妙にエゴは誤魔化すので、エゴのえげつない実態を経験的に突き付けられなければ、この区別は不可能』】
しばらくは去年西暦2015年の続きで「特別性」に関する概念記事を書いていく。この概念は徹底的に書き尽くし、どれほどエゴが「特別性」を死守し欺きの手段としているかをはっきりさせる。
今回西暦2016年後半概念(40)では、
【A・Course・in・Miracles】原書
second edition
ワークブックLESSON136
18
ワークブックLESSON132
6-(2~5)
を提示していく。
LESSON132の6は入れていた方がいいという判断から添え付けで入れている。
LESSONは136は西暦2016年後半(23)から小分けに全提示する。
今回西暦2016年後半概念(40)では
『人間定義から逸脱する特別性―
「そのためにはエゴではなく聖霊の思考がゆきわたるように心を訓練しなくてはならない。それには自分のではなくて聖霊の思考システムが反映される決断力が必要になる。だから断固として『奇跡のコース』とそれ以外のすべてのスピリチュアルな思考システムを区別するという大きな決断をしなければならない。有史以前のものから古代エジプト、老子、ヒンズー教のさまざまな派、ゾロアスター教、旧約聖書、新約聖書、それに新二元主義のシステムまで、文字通りすべての思考システムという意味だ。」(引用ゲイリー・R・レナード)この徹底的な区別が基盤にこのBlogがある。とても巧妙にエゴは誤魔化すので、エゴのえげつない実態を経験的に突き付けられなければ、この区別は不可能』
という方向性の内容だ。
【A・Course・in・Miracles】原書引用箇所は直に特別性とは結び付いてはない。
この辺りでは原文引用よりも、②からの内容を書き尽くすことに重点を置いている。
【A・Course・in・Miracles】で言う『知覚ある世界の全てはエゴが作った幻想』という主要概念。仏教で言う意味に近い幻想。
西暦2016年段階では本物:佐藤篤代は【A・Course・in・Miracles】自体を歪みだと見ている。神概念も癒しも歪みだ。聖なるキラキラもエゴのアメだと疑ってかかる必要がある。
「student」、「teacher」は矛盾であり、歪みでしかない。
故に『神の使者』も同様だし、日本語訳で更に歪んでいる。
それを踏まえた上で引用するのは、知る過程では欠かせないからだ。
また、原書にある「brother」は「あらゆる他者、個々の存在」、「the Father」は「神」を指すが、これは特別性を温存するための理由で書かれている場合がほとんどだ。
歪みだが【A・Course・in・Miracles】の「the Kingdom」や「Heaven」は「the Kingdom=Heaven=神=神の創造物=神と1つの状態」だ。
「I」等の一人称はJesus(イエス・キリスト)。
「Friend」は「聖霊」。
少なくとも「learn」は「知る」、「teach」は「知らせる」と意味を取らなくては歪みにハマり込む期間がそれだけ長くなる。
故に「teacher」は「知らせる者」、
「learner」は「知るべき者」。
しかも「知らせる(段階の)者」、
「知るべき(段階の)者」。
「idol」とは「偶像」であり、「偶像」とは「あらゆる個々の存在」を指す。
【A・Course・in・Miracles】の『illusion』と『dream』は仏教で言う意味に近い意味。『世界は幻想』という意味。
『knowledge』は『知っている状態』位にとるべき。「知識」だと全体の意味がとれなくなる。
「heal」とは「癒し」ではなく「エゴの思考システムに囚われた状態から正常な(『聖霊』要するに【終わらせる為に作用する何か】の)思考システムへの移行」というようような意味で捉えるべきだ。
▽以下引用
LESSON136
Sickness is a defense against the truth.
18. Perhaps you do not realize that this removes the limits you had placed upon the body by the purposes you gave to it.
As these are laid aside, the strength the body has will always be enough to serve all truly useful purposes.
The body's health is fully guaranteed, because it is not limited by time, by weather or fatigue, by food and drink, or any laws you made it serve before.
You need do nothing now to make it well, for sickness has become impossible.
※だから医者系全てが場違いだって言ってんだよ。医者にできる内容ではない。【A・Course・in・Miracles】は完全に医者の在り方と矛盾する概念だからさ。
身体はエゴが作った幻想。
故に病気も同様。
病気は『意図』でしか生じない。
勿論、エゴの欺く意図。
病気はエゴの欺きの【作為】でしかない。
【A・Course・in・Miracles】
second edition:
WORKBOOK FOR STUDENTS
LESSON136
18
(P260)
LESSON132
6. …There is no world!
This is the central thought the course attempts to teach.
Not everyone is ready to accept it, and each one must go as far as he can let himself be led along the road to truth.
He will return and go still farther, or perhaps step back a while and then return again.
△以上引用
【A・Course・in・Miracles】
second edition:
WORKBOOK FOR STUDENTS
LESSON132
6-(2~5)
(P244)
【②人類の歴史、人類が作った物語に表現されているように、学生時代の情報で最古の人類はアウストラロピテクスという猿人だった。人間でもなかったのだ。そして物語には人間ではない生き物、架空の生き物も沢山表されている。そして地球には人間ではない動物が沢山いて、宇宙全体で人間以外の生き物がある理由。それは、エゴが作ったより初期の各世界の、『人間』という概念からかけ離れすぎた実際が表現されているからだ。エゴが作った初期の『人間』は物語で表現されている『架空の生き物』に近いというわけだ。ならば、この領域においてやるべきことが自ずと見えてくる。それら初期の世界を含めた全ての世界の概念をこの領域レベルまで持っていかせるようにすることだ。それがエゴが作った全てを確実に終わりへ導く。エゴとは正反対の作用【A・Course・in・Miracles】で『聖霊』と歪められた【終わらせる為に作用する何か】により】
10/23
西暦2016年段階概念:佐藤篤代
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12115170669.html
後半(39)【A Course in Miracles】作り直しで発言一転の特別性
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12212123138.html
この概念記事を投稿した、西暦2016年10月22日:土曜日、北隣【近藤康】(仮:50才前後役所系公務員男:西暦2016年)はまた夕飯後2階上りトイレのタイミングを狙い、すぐ斜め下付近にある玄関を出てメルセデス・ベンツ黒ワゴン車で外出。歯みがきしようとするタイミング狙いで近接リビング南面雨戸を閉めていたから、これは【狂乱の近藤】の領域の関連付けだと、ストーカー化する可能性が高く、トイレを狙われる可能性は90%以上だと予測していた。だから警戒して動きがなさそうなのを確かめてから2階に上がったら、なんと薄く玄関から明かりが漏れていて、「これは玄関内に潜んでいるパターンだ。完全にトイレ狙ってるよ」と言いつつ(独り言ではない)仕方なくトイレに入った。するとやはりトイレ中に、玄関外ライトが付き、北隣【近藤】(仮:50才前後役所系公務員男:西暦2016年)が玄関を出てきた。あからさま過ぎるトイレ狙い打ちだ。しかも意図的だ。だから「【犯罪ストーカー近藤】、トイレ狙ってんじゃねーよ!」と声をやや大きめに言った。すると気づいたようにこちらを向いて車で出ていった。このパターンは何度も何度もある。
元々気づいているのだ。完全に警戒されていることを。犯罪レベルのタイミング狙いになっていることを。だから、完全に意図的だ。
しかも、土日のこの時間帯、北隣【近藤】の動きがない時間帯だという観察からこそ、こちらは避けて動いていたわけだ。それなのに最近、時間帯をわざわざ追いかけてきてタイミングが合うように動いてくる。完全にタイミングを狙った時間ずらしだ。
この、西暦2016年10月の土曜日と日曜日だけで言えば(北隣【近藤】の後に付けてる(仮)を以下省略)
《10/01(土)》:明るい時間帯の風呂(いつも大概同じ時間)を完全狙い打ちで、北隣【近藤】メルセデス・ベンツ黒ワゴンが出ていった。風呂すぐ北西が北隣駐車場。
《10/02(日)》:1日何かとトイレのタイミングを狙われ過ぎた1日。風呂に関する行為を狙うためのメルセデス・ベンツ黒ワゴン車帰宅、そして風呂関連行為時間帯に車を弄くる、その間に何故か傘が玄関外に干されていた(不自然)。その傘があからさまにこちからが風呂中に取り込まれた。風呂完全狙い打ち。
夕飯後2階上りトイレ時、車が有あるときは付かない玄関ライトが付いていた。不自然過ぎた。玄関内に潜んでいた可能性大。
《10/08(土)》:朝昼兼食事後歯みがき洗面所狙いで駐車場車弄くり音。すぐ北西が北隣駐車場。
風呂関連行為時間帯に北隣【近藤】ハスラー外出。
まだ明るい時間帯、【実父】風呂中に向い合せ風呂に誰か入り込む音。
風呂直後、リビングに降りた瞬間、北隣【近藤】(仮:70~80代老女:西暦2016年)自転車で東の細道を出ていくのを見せられる。
《10/09(日)》:風呂関連時間帯に北隣【近藤】(仮:70~80代老女:西暦2016年)が平屋雨戸閉め。明らかに早すぎる時間帯。
夕飯後2階上りトイレ後部屋で着替え時、北隣【近藤】不正ハスラー車、駐車場入り。完全着替え時狙い打ち。
《10/15(土)》:夕飯後2階に上がりトイレ狙い、北隣【近藤】階段ライトが付いていた。完全に狙い打ちで動いている証拠。動き時以外ライトはいつも付いていない。
《10/16(日)》:午前中トイレ直後部屋入りタイミングで北隣【近藤】ハスラー駐車場入り。そこまで庭いじりとかでトイレ100%狙い打ちされていた。潜んでいていないふり。いないのを見計らって入ったら外に出てきたり、茂みに隠れていたり。
以上
タイミング狙いは北隣【近藤】(西暦2016年:70~80代老女)、(50才前後公務員役所系男(仮:康)と女教師(仮:メイコ)夫妻)の3人が狙っている。県外の遠い秋田県医大4年の筈の息子は秋田県にいるのでいない。70~80代老男は要介護の筈だから外を彷徨けない(しかもいる家は離れにある。近くない)。その他北隣【近藤】に家族、住んでる者は一切いない。
因みに、狙われない日は、平日(あるいは別の日)のルーティン狙いの時間帯に必ず北隣【近藤】は何かしかタイミング狙いで狂ったように動いている。
1ヶ月も経たないこの間の、しかも土日だけでこれだけタイミング狙い打ち。平日も多いし、全体ではあり得ないレベルでタイミングが狙われており、それがトイレ、風呂関連、洗面所、台所狙いに集中されているのが判るだろう。だから洗面所なんかほぼ100%狙われるから本当に歯みがきは完全に北隣【近藤】(仮)が狙いにくい時にしか洗面所ではできなくなった(他の場所でやっている)。
北隣【近藤】(仮)に面した場所、水場が激しくタイミングを狙われるスポットだ。
そのタイミング狙いがあららさまに獣レベルになったのが、西暦2010年の大混乱期。もはや人間の所業とは言えないレベルのタイミング狙いだった。何故そんなにタイミングを狙うのか、理由が解らず、最初は悩んだし、犯罪に巻き込まれそうなレベルだったし、理由を考えて考えて考え抜いた。
それで、その末に、知覚する全てにエゴが前々に作った【異世界】が表されているのだとやっと気づいたのだ。
最初は本当に意味がわからなかった。
だが、【異世界】が周囲に表されていることから、エゴが前々にどんな世界を作っていたかが窺えることが判ったわけだ。
それにより、世界構造がかけ離れすぎていて、この領域では『人間』という概念にすら当てはまらない、倫理や道徳すら知らない世界があったことに気づいた。米の販売方法すら知らない世界があったことに気づいた。
西の細道を歩く、あるいはチャリ(自転車)で行く人で話をする者達は《必ず》、北隣【近藤】(仮)前から話始める。そこにスイッチがあるかの如く。完全に、北隣【近藤】(仮)の領域の為の設定だとすぐに判る位にあからさまだ。完全に『設定』で全てが動いている1つの顕著な証拠だ。交通量も完全スイッチ状態な位に全てが嘘臭い。
あまりにも酷いタイミング狙いは、【異世界】にこの領域のこの個体の視界が漏れている為に、取り繕いの為に、エゴがその視界と実態を歪めつつ、世界を作り直した為のもので、漏れた視界を同じ世界だと見せ掛ける為だと判った。エゴが全く違う世界がある事実を隠蔽しなくてはならなかった為だ。故に取り繕いの世界はこの領域よりも前々に作られた。それをこの個体は見せられている。
それら全て、エゴが何を目的に、何を行い、何を作ったのかを知らせる手段として、エゴとは正反対の作用【A・Course・in・Miracles】で『聖霊』と歪められた【終わらせる為に作用する何か】が作用しているのだということも判った。
だからこそ、北隣【近藤】(仮)はタイミングを狙いすぎるとこの領域では犯罪になることすら知らない、世界構造がかけ離れすぎた、違う世界の表れだと判明する。
これらの【犯罪ストーカー近藤コメント】はその証拠だ。
【犯罪ストーカー近藤コメント】
西暦2016年8月11日:木曜日
http://s.ameblo.jp/universalacim/comment-12189310843/
やすし さん【=近藤】
08月11日 23:49
だったら
コメ欄閉めればいいのに、、、
あつよちゃーん、あつよちゃーん、すきすきー(笑)
IP:118.20.103.86
西暦2016年8月11日:木曜日の佐藤篤代についたコメント
【異世界の異常者犯罪レベルコメント】
西暦2016年
http://s.ameblo.jp/universalacim/comment-12114073474/
近藤 さん
04月09日 14:42
^^
ブログ更新してないじゃん
いいねが2264になってるよ
おばあちゃんは元気かな?送迎頑張ってる?
見えてるよお風呂
IP:210.149.125.35
[但し書き]に「いいね」を付けたブログが見えない者一…についたコメント
前々に作られた各世界は、この領域からすれば、言わば未発達で原始的概念で世界が構成されている。だからそれらの原始的な世界の影響を受けることで、何をすればそれらの世界が終わるのかが判明する。これまで見せられた概念、この領域の事実を提示すればよいのだ。そうすることで、世界がある致命的な違いや未成熟さの浮き彫りにより、エゴはその世界を終わらせ、提示した概念を採り込んだ世界を新たに作り直していかなくてはならなくなる。どんどん古い世界を終わらせ、新しい、エゴの思惑に反した概念を採り込んだ世界を作り、最終的にこの領域を作らざるを得なくさせる。そうなるよう、提示し続ければいずれ全ての世界が終わる。前々に作られた世界を影響により見せられることで、全てを終わらせる為にすべきことが判っていくわけだ。
10/24
西暦2016年10月23日:日曜日は北隣【近藤】(仮)が確実にタイミングを意図的に狙っている証拠となった。
【実父】が事情でいつもより早く風呂に入る(無論明るい時間帯。天候じゃなくまだ日没前という意味)ために風呂を早くいれ、
【実父】が入ろうとした直前に、
北隣【近藤】(仮)メルセデス・ベンツ黒ワゴン車が帰宅(うちの風呂場のすぐ北西が北隣【近藤】(仮)駐車場)。
完全風呂狙い打ちタイミングだった。
あまりにもゾッとするタイミングだったから、いつもより早く風呂に入れるなら入りたいが、やめておいた。
完全にタイミングを狙われるどころの話ではない位に、狙う気満々の【嗜虐的快楽志向近藤系】影響時だという感じがひしひしと伝わってきて、完全に何かしか狂ったようにタイミングを狙ってきそうだと予測していた。それで時間をずらしたからか、風呂は無事だった。
しかし、夕飯後は相当警戒していた。なんせ完全に【狂乱近藤】影響時だから、普通2階に上がるような時間には行かないようにして様子を窺うつもりだったが、完全に普通ならこちらが2階に上がるタイミングで北隣【近藤】(仮)近接リビング南面雨戸音が不自然に鳴り、戦慄が走った。完全にタイミング狙う気満々だった。
前日と同じパターンだ。まず、雨戸閉め時間が異常過ぎる。最近は日没が早まりいつもは1時間以上は前に閉めている所だ。故に前日も雨戸閉め時間から異常過ぎたのだ。雨戸閉め時間からして完全にタイミング狙いだったのだ。
完全に【狂乱近藤】影響だった。
だから、いつも通りを避け、前日に警戒しつつ動きがないからと仕方なく2階に上がって完全にトイレタイミングを狙われてるから、慎重に様子を窺っていたら、こちらがいつも2階に上がりそうな(多い)時間に北隣【近藤】(仮)の玄関ライトが付いた。それまでは真っ暗だった。あまりにも酷すぎる狙いだから、しばらくして風呂場の窓を開けて、北隣【近藤】(仮)駐車場を確認すると、車が2台(1人しか車運転できないくせに2台ある)ともあった。また、前日同様、外出でトイレタイミングを狙う可能性が高すぎたから、車が出ていくまで待とうとした。それなのに一向に車が出ていかない。
これはもはや意図的以外のなにものでもなく、嫌がらせと化した。前日のトイレ狙い打ち外出がある。「【犯罪ストーカー近藤】、しつこくトイレ狙うな!」とトイレから言われてるのに気づいていたのだから、完全に意図的だ。前日とほぼ同じ時間帯なのだから。
北隣【近藤】(仮)は、車がない時か、外出直前でなくては玄関ライトをつけない。それなのに、前日のように、こちらの動きをつけ狙い潜みながらタイミングを狙おうとするかのように、玄関ライトだけが異様に付き続き、完全に嫌がらせ化し、いつまでもいつまでも車は出ていかない。
こちらは避けそう避けそうと常に動いているのに、北隣【近藤】(仮)はそれを追いかけてくる。いつものパターンだ。
完全に膠着状態で嫌がらせ化したから、仕方ないので頃合いを見て2階に上がったが、遂に玄関ライトがついたまま車が出ていく気配はなかった。
【嗜虐的快楽志向】の表れとしか言いようがなく、完全に嫌がらせでタイミング合せをやっている【異世界】があることが窺えた。それが北隣【近藤】(仮)に表される時、しつこくてしつこくて犯罪ストーカーとしかならないタイミング狙いと化すわけだ。完全に狂った獣にしか見えない。2日連続で必死狙い。北隣【近藤】(仮)が正常な人間じゃないのは確実だ。
だからこそ、【人間とは何か】、倫理や道徳すら、この領域では当たり前の常識を提示しなくてはならないわけだ。
エゴが初期に作った【異世界】はまずこの領域の『人間とは何か』を突きつけられて、その違いから『人間に見せ掛けた人間じゃない何か』状態をどんどん終わりにさせて、この領域の『人間』という概念に近づけていかなくてはならないわけだ。そうでなければ『人間』という概念のかけ離れ状態から同じ世界とは言えなくなるからだ。インチキだとバレる。
それ故に、エゴは初期に作った世界からどんどん『この領域の人間という概念』に近づけて世界を作らなくてはならない。そして最終的に【A・Course・in・Miracles】概念レベルを超えて、エゴが作ったインチキ全て、知覚ある世界の全てがインチキだと判る思考システムへ次第に移行していかなくてはならないわけだ。
エゴとは正反対の作用【A・Course・in・Miracles】で『聖霊』と歪められた【終わらせる為に作用する何か】の作用により。
人類の歴史、人類が作った物語に表現されているように、学生時代の情報で(現在は違うらしいが)最古の人類はアウストラロピテクスという猿人だった。人間でもなかったのだ。そして物語には人間ではない生き物、架空の生き物も沢山表されている。そして地球には人間ではない動物が沢山いて、宇宙全体で人間以外の生き物がある理由。
それは、エゴが作ったより初期の各世界の、『人間』という概念からかけ離れすぎた実際が表現されているからだ。
エゴが作った初期の『人間』は物語で表現されている『架空の生き物』に近いというわけだ。ならば、この領域においてやるべきことが自ずと見えてくる。
それら初期の世界を含めた全ての世界の概念をこの領域レベルまで持っていかせるようにすることだ。
それがエゴが作った全てを確実に終わりへ導く。
10/25
西暦2016年10月22日:土曜日
http://www.yomiuri.co.jp/national/20161022-OYT1T50000.html
「精神指定医」不正取得で数十人処分へ…厚労省
精神障害者の強制入院などを判断する「精神保健指定医」の資格を不正に取得したとして、厚生労働省は全国の数十人の医師について、資格の取り消しなどの処分を行う方針を固めた。
昨年、聖マリアンナ医大病院(川崎市)で発覚した不正取得問題を機に、同省が調査していた。26日に開かれる医道審議会の専門部会に諮り、答申を踏まえて最終決定する。
同省によると、聖マリアンナ医大病院では、実際には診察していない患者の症例を使い回し、組織的に虚偽リポートを提出していたことが発覚。同病院の医師11人と、指導役の指定医(指導医)12人の計23人の資格が取り消された。
事態を重くみた同省は、2009~15年に資格を取得した計約3500人について調査。保管していた症例リポートと患者のカルテなどを照合し、計約100人の指定医から事情を聞くなどした結果、数十人が十分な診察をしていない患者の症例リポートを提出していたと判断した。事情聴取の対象になったことを知り、自主的に資格を返上した医師もいるという。
以上ニュースから引用
この精神科医不正問題は前々からニュースになっていて、遂に資格取消などの処分が出されることになった。
要するにこの問題は、精神科医が虚偽により精神病を捏ち上げることが可能であり、捏ち上げる可能性が著しく高いという事実と実態を表している。
本物:佐藤篤代も西暦2010年10月に精神科医に虚偽で精神病とされ強引に入院させられるところだった。心理学を学んでいなかったら、この精神科医が虚偽で閉じ込めようとしているとは気付けなかった。ユングの心理学本を読んでいたからこそ、この精神科医の異常さに気付けた。
精神科医の独自の利己的な目的により、病気ではない人間が簡単に病気にさせられてしまうわけだ。
西暦2016年段階概念:佐藤篤代
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12115170669.html
後半(32)【A Course in Miracles】特別性死守:世界の作り直し
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12207323610.html
この個体、本物:佐藤篤代は上記リンクの概念記事、西暦2016年後半(32)②に提示しているように、【A・Course・in・Miracles】の基盤概念『知覚ある世界の全てはエゴが作った幻想』だという概念を元に言動しているが、一般人、しかもカチカチ頭の医者にこんな概念が理解できるはずはないということは重々承知している。
だからこの概念については一切触れず、自分がこれまでに知ってきた心理学の知識と客観的な事実提示により相対した。【人間レベル】概念にある者と対する時には、同レベルの【人間レベル】概念を持ち出して対応する。理解できるはずがないからだ。主観で話せば話すほど、カチカチ頭の人間や医者に有利になると知っている。そしてこの精神科医はこちらが言う全てを全否定し全く聞く耳を持たない。
だから一般的な常識を持ち出して、極めて客観的に提示したにも関わらず、この精神科医は「理不尽に他者に嫌がらせされても、全ての人間は怒りや不快な感情を感じない」と言い切った(北隣【近藤】(仮)の異常行為が壮絶レベルに達していた時期。北隣【近藤】の嫌がらせストーカー的異常行為が問題だった)。それではこの世界に人間がいないということになる。あまりにも無茶苦茶だ。
それでは何故、世界には裁判や戦争やあらゆる争いや喧嘩というものがあるのか?
安倍晋三首相は「イスラム国」に怒りを露に「テロを許さない」と宣言していたが、では安倍晋三首相も人間ではなくなる。世界各国の主要な人物が怒りを露に「テロには屈しない」と言うが、彼らも人間ではなくなる。この世界の常識では、喜怒哀楽がない者は人間とは言えないか、あるいは障害を持つ者となると把握してきた。
その精神科医は「怒りを感じたことがない」とも言い切った。しかし、人間の喜怒哀楽の内怒りが人間の感情でないならばをするならば、何故『喜怒哀楽』という四字熟語があるのか。人間的な代表的な感情が喜怒哀楽だからだろう。怒りを感じたことがないならば、感情の欠落であり、その精神科医こそが精神病、精神障害を持つ者だ。怒りは訓練で昇華させプラスな方向に変えることができるだけだ。
完全に頭がおかしい精神科医で、完全に単に何でもかんでも否定し、強制的に入院させようとしているだけの異常状態だった。
本物:佐藤篤代を精神科へ無理矢理連れていった【実母】ですら、あまりにも異常な精神科医を目の当たりにし、少しこちらの肩を持って庇う位だった。そりゃ、あの場にいた話の成り行きを全部見聞きしていた【この領域】の『人間』の概念に該当する者ならば、どちらが正常な人間か一目瞭然だった。
本物:佐藤篤代が知ってきた心理学では、このような患者全否定の精神科医は、もはやこの時代では犯罪レベルであり、中世ヨーロッパでなされていた、健全すぎるから不都合な人間を閉じ込めるあまりにも古すぎる精神科医だ。要するに権威を脅かす真実を掲げる健全すぎる人間を閉じ込めるための強引な不正の言い訳づくり。
カルチャーショックどころの話ではない位に太古の昔になされていた精神科医の不正を目の当たりにし、閉じ込めることが目的故にまともな話が通じるはずがないと解ったから、「例え百歩譲って精神病だったとしても、こちらの言うことを全否定する貴方の事は絶対に信頼できるはずもなく、医者と患者の間に信頼関係がなければ治療は成立しないとユングで読んだ通りだと思うので、治療は成立できる筈がなくこれ以上貴方と話しても不毛なのでこれで失礼します」と言い帰った。
この精神科医不正ニュースにより、この精神科医も、病気に仕立て上げやすい、病気ではない人間を病気に仕立てあげ、捏ち上げていた精神科医達の一部だということがはっきり判らないならば、この同じ領域の人間ではない。
そして、『世界は幻想』という概念を、精神科医が精神病の幻想に躍起になって歪めてきたが、この領域では、テレビでやるくらいに【人間レベル】ですら『世界は脳の錯覚』とか色々な幻想概念があるのだ。
精神科医はこの概念を歪めるために、精神病を捏ち上げてきただけだ。そして、その為に精神科医は作られた。
世界の起源レベルにおいて、全てはエゴのご都合主義で作られているわけだから、エゴの都合上、否定したくて仕方ない要素をエゴは権威で否定し、抹殺、閉じ込め、都合がよいように処理する。
精神科医はエゴのその為の手段であっただけだ。
【モーガン・フリーマン 時空を超えて「この世界は“現実”なのか?」】
http://www.nhk.or.jp/docudocu/program/3452/1988010/index.html
この世界は“現実”なのか?
モーガン・フリーマン 時空を超えて「この世界は“現実”なのか?」
2016年10月7日(金) 午後10時00分(45分)
番組内容
モーガン・フリーマン 時空を超えて「この世界は“現実”なのか?」
私たちは自分の感覚器官が集める情報のうち、脳が処理できる分だけを選択して「現実」と捉えているのではないか?さらに私たちが処理できないものの他に、電波や素粒子など、知覚できない存在もある。また、三次元よりも高度の余剰次元が存在するという考え方や、二次元以下しか存在しないのではないかという説もある。夢の中に生きている、あるいはコンピューターによるシミュレーションに過ぎないという説まで多角的に謎に迫る。
以上テレビ番組ホームページから引用
『モーガンフリーマン《時空を超えて。この世界は現実なのか。脳が創り出す世界か?二次元の余剰次元か?驚きの学説》』
テレビ番組欄から引用
こんなにまではっきりとこの領域には『世界は幻想』概念があるのに、まだ精神科医を使って、精神病を捏ち上げ続けられるとでも?
【この領域】があるのだから、初めから勝ち目のないエゴの闘いだった。
何故、ユング心理学があったのか?
何故、モーガン・フリーマンが【人間レベル】であれ、テレビで『この世界は現実か?』という概念をやっているのか?
何故、『知覚ある世界はエゴが作った幻想』と断言する【A・Course・in・Miracles】や関連本『神の使者』があったのか?
少し考えれば解るだろうに。
エゴとは正反対の作用【A・Course・in・Miracles】で『聖霊』と歪められた【終わらせる為に作用する何か】の作用が、どんどんエゴにそのように世界を作らざるを得ないように作用しているからさ。
不都合な全てを抹殺でき、閉じ込められる世界はもうとうの昔に終わったんだよ。
だから【この領域】がある。
精神科医は、精神病ではなく何も悪いことをしていないこの個体を閉じ込めようとすれば、不正であり犯罪にしかならないとニュース事実が証明する。
精神科医が不正に入院させようとすれば、この領域では犯罪となり、資格が剥奪される。それが【この領域】。中世ヨーロッパはもう終わってるんだよ。時代遅れが。
だからこそ、この個体、本物:佐藤篤代は【この領域】で知ってきた概念を提示し続けなくてはならない。
【この領域】の常識的な全て、心理学等を提示してきたから、精神科医の不正ニュースが表れてきた。それが解るからだ。
エゴが精神科医で閉じ込めようとした段階の世界で、精神科医が不正とならなくてはならなくなったという事実をこれは表している。【この領域】の事実で、それらの世界は『不当な閉じ込め』が犯罪となると突き付けられ、同じ世界とはできなくなる。だから、『不当な閉じ込めは犯罪』だと世界を合わせていかなくてはならなくなる。
提示を始めた頃にはもうエゴはこの個体を閉じ込められないとは判ってはいたが、閉じ込められないようにするために、最初は必死で【この領域】の心理学の事実を提示してきた。その結果、その事実が、閉じ込めようとする領域に漏れて、閉じ込め不可能となったのだと判った。全ての必要性を感じての【この領域】の概念提示は、エゴが前々に作った各世界に影響を与え、エゴの目的を崩しているのだ、とこのように実感を得てきた。
だからこそ、本物:佐藤篤代は【この領域】で見聞きしてきた概念と事実を提示し続ける。そうしなくては、『実際に閉じ込めようとしてきた』領域は終わらなかっただろうと解るからだ。
エゴが作った全ての領域を終わらせる為に、抹殺を不可能とさせるため、閉じ込めを不可能とさせるため、この個体は必要に迫られて、やらざるを得ないから概念を提示し続ける。
提示しなくては、抹殺の世界が終わらないから。
提示し続けなくては、閉じ込める世界が終わらないから。
西暦2010年10月の精神科医による精神病の捏ち上げと不当な閉じ込めを正当化させない為に。
提示しなければ、何も終わらないからやるだけの話。
単にそれだけだ。
豊洲問題、東京オリンピック問題で東京都、都政がガタガタになった理由。政治家、行政等も強制的に閉じ込める不正を行い易い。だから、『強制的に行える権限を持つ全て』が崩されてるんだろう。
だからこそ、不当な全てを終わらせるし、不当に閉じ込める全てを終わらせる為に尽力する。不当を正当化させないように。自分の為だ。
だからこそ、その不当な権限を持つ医者、行政、政治家、公務員その他全てがこちらを圧迫する限り、不当な全てをあらゆる方向から崩すために全力を尽くす。
ここまで来るのは本当に大変だった。
本当に必死に不当に閉じ込められないようにするために提示し続けてきた。
やっとここまで来た…( ω-、)
西暦2015年段階の佐藤篤代
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12111785865.html
前半(30)【A Course in Miracles】の実態
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12022798022.html
『そのためにはエゴではなく聖霊の思考がゆきわたるように心を訓練しなくてはならない。それには自分のではなくて聖霊の思考システムが反映される決断力が必要になる。だから断固として『奇跡のコース』とそれ以外のすべてのスピリチュアルな思考システムを区別するという大きな決断をしなければならない。有史以前のものから古代エジプト、老子、ヒンズー教のさまざまな派、ゾロアスター教、旧約聖書、新約聖書、それに新二元主義のシステムまで、文字通りすべての思考システムという意味だ。』
「神の使者」P172~173から引用
ゲイリー・R・レナード
吉田利子訳
西暦2007年1月30日:日本語版初版発行
(原書名:The Disappearance of the Universe)
これは、この世界の内側の概念か、それともこの世界の外側から挿入された概念か、という区別だ。そしてとても巧妙にエゴは誤魔化すので、なかなかこの世界の内側の概念からは脱することができない。
その為に、エゴの目的は何か、エゴは何をやっているのか、どれほど巧妙に欺くのか、その欺きの全て、エゴとは何かを熟知しなくてはならないわけだ。
「エゴが何か」をよくよく知らなくては、エゴが作った全てである知覚ある世界の全ての実態は解らないし、棄てられない。
だから、この世界にどっぷりハマりこんで疑いもしない者には【A・Course・in・Miracles】の基盤概念すら見えるはずがないわけだ。故に、理解できる筈もない。
エゴアメにハマり込むようでは、何も真実など見えやしない。
佐藤篤代
概念:佐藤篤代/西暦2016年後半(40)
【A Course in Miracles】
人間定義から逸脱する特別性
西暦2016年10月27日:木曜日
(前回)
西暦2016年段階概念:佐藤篤代
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12115170669.html
後半(39)【A Course in Miracles】作り直しで発言一転の特別性
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12212123138.html
西暦2016年後半
(35)【A Course in Miracles】搾取でしかない特別性の救い
(36)【A Course in Miracles】各特別性の領域の概念レベル
(37)【A Course in Miracles】公私混同の特別性の行末
(38)【A Course in Miracles】道徳的狂熱の教師系の特別性
(39)【A Course in Miracles】作り直しで発言一転の特別性
西暦2016年(年号:平成28年)
申(さる)年現在
【佐藤篤代について】
[blogで言ってる主旨]
この本物:佐藤篤代のブログは
『the Foundation for Inner Peace』の
【A・Course・in・Miracles】
原書second editionの概念をベースにしている。
【A・Course・in・Miracles】の核心
「知覚ある世界はエゴが作った幻想」
を矛盾なく徹底的に追究し、
【他が幻想であり、他がない】
と証明する、
『世界の起源を扱う』、
『人間レベルではない』、
【自分発信、自分受信】
の自分が知るために自分が自分に知らせる為のブログだ。
敵はいない。
味方もいない。
全部同じだからだ。
全てが同じエゴが作った幻想でしかないからだ。
本物:佐藤篤代は『エゴが作った幻想』という見方でしか何も見ないから、敵も味方もいない。
この『全てはエゴが作った幻想』という視点でしか『全部同じ』としては見ることはできない。
[本物:佐藤篤代がブログで言う核]
【A・Course・in・Miracles】の核心
・知覚ある世界全てはエゴが作った幻想
・他は無い・他は幻想
・エゴが世界に留める為の最大の欺きの手段は特別性だ。
故にエゴの欺きから脱するには特別性を棄てなくてはならない。
・知覚もエゴが作った。
エゴの作った世界の終わりとは知覚の終わりだ。
本物:佐藤篤代はこの【A・Course・in・Miracles】の核心を基本に、【A・Course・in・Miracles】の歪みを削ぎ落としながら、『世界は幻想』という実体験に基づきながら真実へ向かっている。
この点を徹底的に矛盾なくしながら追究している。
矛盾がない概念を採用し、その方向性を目指す。こうして矛盾と歪みをそぎおとしていけば、いずれエゴの欺き(幻想)の完全な終わりへ向かえると本物:佐藤篤代は考えるからだ。
『世界は幻想』とは【人間レベル】で言うと仏教的意味合いに近い。
[佐藤篤代]
【A・Course・in・Miracles】管理者で世界で最も【A・Course・in・Miracles】の意味を理解している筈のKenneth・Wapkickすらも、手紙のやり取り等から、歪みと特別性の保護しか教えていなかったと西暦2012年に判明している。
また【A・Course・in・Miracles】自体も本という型だけに完全な真実を表現できる筈がないとその頃までには気づいた。
その他の経験も含め、真実は他者とは絶対に分かち合えないと理解した。
だからこそ、特別性の保護というエゴの目的しかそこにはなく、無駄どころかエゴの目的通りになると知っているので、あらゆる個々の存在と真実を分かち合うという目的からコミュニケーションを取ることは一切しない。
真実はあらゆる個々の存在と分かち合うのではなく、真実(知ってきた全て)を提示することで、エゴとは正反対の作用【終わらせる為に作用する何か】の【異世界】間の『漏れ作用』により、エゴが作った全ての領域に拡大されると考えている。
エゴはそれで世界に矛盾が生じるので、漏れて隠せない要素を採り入れながら世界を作り直さなくてはならない。それが真実が拡大される再利用システムだと考える。
詳しくは西暦2015年段階の概念に書いてある。
故に、佐藤篤代はあらゆる全ての思想的布教や教えの組織も含め、A Course in Miraclesに関するあらゆる機関、組織、同人誌を含めた全ての出版、講演、workshop、慈善事業、ボランティア、あらゆる公的活動には一切関わっていないし、永久に関わらない。その他相談的なもの、カウンセリング、ヒーリング等同等の行為にも一切関わっていない。また、イエス キリスト的な偉人系、隠れ偉人や仙人系でもない。
本物は将来性のないニート
(西暦2016年)
佐藤篤代は西暦2016年1月17日(日曜日)で40才
※しばらく「土曜日」とされていた
栃木県宇都宮市のド田舎生れずっと在住
日本人(血縁すべて日本人)
生まれてからずっと中肉中背
普通の容姿
西暦2009年から無職。それ以前は全部バイトかパート
生涯未婚で子無し
西暦2015年段階概念:佐藤篤代
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12111785865.html
佐藤篤代の現段階の概念
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12102633510.html
A Course in Miracles;世界は幻想という意味
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-11740124334.html
西暦2016年版プロフィール
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12111502426.html
43才になったらやらない一覧
http://simplog.jp/comment/11771884/23
ニュースリンク(西暦2014年4月~)
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12102638099.html
【但し書き】必ずお読み下さい
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12101838092.html




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全て別人へのコメントにしかなっていません。
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佐藤篤代
概念:佐藤篤代/西暦2016年後半(40)
【A Course in Miracles】
人間定義から逸脱する特別性
西暦2016年10月27日:木曜日
西暦2016年10月27日:木曜日
後半(40)
【『A・Course・in・Miracles』
人間定義から逸脱する特別性】
①【A・Course・in・Miracles】原文引用+『人間定義から逸脱する特別性―
「そのためにはエゴではなく聖霊の思考がゆきわたるように心を訓練しなくてはならない。それには自分のではなくて聖霊の思考システムが反映される決断力が必要になる。だから断固として『奇跡のコース』とそれ以外のすべてのスピリチュアルな思考システムを区別するという大きな決断をしなければならない。有史以前のものから古代エジプト、老子、ヒンズー教のさまざまな派、ゾロアスター教、旧約聖書、新約聖書、それに新二元主義のシステムまで、文字通りすべての思考システムという意味だ。」(引用ゲイリー・R・レナード)この徹底的な区別が基盤にこのBlogがある。とても巧妙にエゴは誤魔化すので、エゴのえげつない実態を経験的に突き付けられなければ、この区別は不可能』
②人類の歴史、人類が作った物語に表現されているように、学生時代の情報で最古の人類はアウストラロピテクスという猿人だった。人間でもなかったのだ。そして物語には人間ではない生き物、架空の生き物も沢山表されている。そして地球には人間ではない動物が沢山いて、宇宙全体で人間以外の生き物がある理由。それは、エゴが作ったより初期の各世界の、『人間』という概念からかけ離れすぎた実際が表現されているからだ。エゴが作った初期の『人間』は物語で表現されている『架空の生き物』に近いというわけだ。ならば、この領域においてやるべきことが自ずと見えてくる。
それら初期の世界を含めた全ての世界の概念をこの領域レベルまで持っていかせるようにすることだ。それがエゴが作った全てを確実に終わりへ導く。エゴとは正反対の作用【A・Course・in・Miracles】で『聖霊』と歪められた【終わらせる為に作用する何か】により
【①【A・Course・in・Miracles】原文引用+『人間定義から逸脱する特別性―
「そのためにはエゴではなく聖霊の思考がゆきわたるように心を訓練しなくてはならない。それには自分のではなくて聖霊の思考システムが反映される決断力が必要になる。だから断固として『奇跡のコース』とそれ以外のすべてのスピリチュアルな思考システムを区別するという大きな決断をしなければならない。有史以前のものから古代エジプト、老子、ヒンズー教のさまざまな派、ゾロアスター教、旧約聖書、新約聖書、それに新二元主義のシステムまで、文字通りすべての思考システムという意味だ。」(引用ゲイリー・R・レナード)この徹底的な区別が基盤にこのBlogがある。とても巧妙にエゴは誤魔化すので、エゴのえげつない実態を経験的に突き付けられなければ、この区別は不可能』】
しばらくは去年西暦2015年の続きで「特別性」に関する概念記事を書いていく。この概念は徹底的に書き尽くし、どれほどエゴが「特別性」を死守し欺きの手段としているかをはっきりさせる。
今回西暦2016年後半概念(40)では、
【A・Course・in・Miracles】原書
second edition
ワークブックLESSON136
18
ワークブックLESSON132
6-(2~5)
を提示していく。
LESSON132の6は入れていた方がいいという判断から添え付けで入れている。
LESSONは136は西暦2016年後半(23)から小分けに全提示する。
今回西暦2016年後半概念(40)では
『人間定義から逸脱する特別性―
「そのためにはエゴではなく聖霊の思考がゆきわたるように心を訓練しなくてはならない。それには自分のではなくて聖霊の思考システムが反映される決断力が必要になる。だから断固として『奇跡のコース』とそれ以外のすべてのスピリチュアルな思考システムを区別するという大きな決断をしなければならない。有史以前のものから古代エジプト、老子、ヒンズー教のさまざまな派、ゾロアスター教、旧約聖書、新約聖書、それに新二元主義のシステムまで、文字通りすべての思考システムという意味だ。」(引用ゲイリー・R・レナード)この徹底的な区別が基盤にこのBlogがある。とても巧妙にエゴは誤魔化すので、エゴのえげつない実態を経験的に突き付けられなければ、この区別は不可能』
という方向性の内容だ。
【A・Course・in・Miracles】原書引用箇所は直に特別性とは結び付いてはない。
この辺りでは原文引用よりも、②からの内容を書き尽くすことに重点を置いている。
【A・Course・in・Miracles】で言う『知覚ある世界の全てはエゴが作った幻想』という主要概念。仏教で言う意味に近い幻想。
西暦2016年段階では本物:佐藤篤代は【A・Course・in・Miracles】自体を歪みだと見ている。神概念も癒しも歪みだ。聖なるキラキラもエゴのアメだと疑ってかかる必要がある。
「student」、「teacher」は矛盾であり、歪みでしかない。
故に『神の使者』も同様だし、日本語訳で更に歪んでいる。
それを踏まえた上で引用するのは、知る過程では欠かせないからだ。
また、原書にある「brother」は「あらゆる他者、個々の存在」、「the Father」は「神」を指すが、これは特別性を温存するための理由で書かれている場合がほとんどだ。
歪みだが【A・Course・in・Miracles】の「the Kingdom」や「Heaven」は「the Kingdom=Heaven=神=神の創造物=神と1つの状態」だ。
「I」等の一人称はJesus(イエス・キリスト)。
「Friend」は「聖霊」。
少なくとも「learn」は「知る」、「teach」は「知らせる」と意味を取らなくては歪みにハマり込む期間がそれだけ長くなる。
故に「teacher」は「知らせる者」、
「learner」は「知るべき者」。
しかも「知らせる(段階の)者」、
「知るべき(段階の)者」。
「idol」とは「偶像」であり、「偶像」とは「あらゆる個々の存在」を指す。
【A・Course・in・Miracles】の『illusion』と『dream』は仏教で言う意味に近い意味。『世界は幻想』という意味。
『knowledge』は『知っている状態』位にとるべき。「知識」だと全体の意味がとれなくなる。
「heal」とは「癒し」ではなく「エゴの思考システムに囚われた状態から正常な(『聖霊』要するに【終わらせる為に作用する何か】の)思考システムへの移行」というようような意味で捉えるべきだ。
▽以下引用
LESSON136
Sickness is a defense against the truth.
18. Perhaps you do not realize that this removes the limits you had placed upon the body by the purposes you gave to it.
As these are laid aside, the strength the body has will always be enough to serve all truly useful purposes.
The body's health is fully guaranteed, because it is not limited by time, by weather or fatigue, by food and drink, or any laws you made it serve before.
You need do nothing now to make it well, for sickness has become impossible.
※だから医者系全てが場違いだって言ってんだよ。医者にできる内容ではない。【A・Course・in・Miracles】は完全に医者の在り方と矛盾する概念だからさ。
身体はエゴが作った幻想。
故に病気も同様。
病気は『意図』でしか生じない。
勿論、エゴの欺く意図。
病気はエゴの欺きの【作為】でしかない。
【A・Course・in・Miracles】
second edition:
WORKBOOK FOR STUDENTS
LESSON136
18
(P260)
LESSON132
6. …There is no world!
This is the central thought the course attempts to teach.
Not everyone is ready to accept it, and each one must go as far as he can let himself be led along the road to truth.
He will return and go still farther, or perhaps step back a while and then return again.
△以上引用
【A・Course・in・Miracles】
second edition:
WORKBOOK FOR STUDENTS
LESSON132
6-(2~5)
(P244)
【②人類の歴史、人類が作った物語に表現されているように、学生時代の情報で最古の人類はアウストラロピテクスという猿人だった。人間でもなかったのだ。そして物語には人間ではない生き物、架空の生き物も沢山表されている。そして地球には人間ではない動物が沢山いて、宇宙全体で人間以外の生き物がある理由。それは、エゴが作ったより初期の各世界の、『人間』という概念からかけ離れすぎた実際が表現されているからだ。エゴが作った初期の『人間』は物語で表現されている『架空の生き物』に近いというわけだ。ならば、この領域においてやるべきことが自ずと見えてくる。それら初期の世界を含めた全ての世界の概念をこの領域レベルまで持っていかせるようにすることだ。それがエゴが作った全てを確実に終わりへ導く。エゴとは正反対の作用【A・Course・in・Miracles】で『聖霊』と歪められた【終わらせる為に作用する何か】により】
10/23
西暦2016年段階概念:佐藤篤代
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12115170669.html
後半(39)【A Course in Miracles】作り直しで発言一転の特別性
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12212123138.html
この概念記事を投稿した、西暦2016年10月22日:土曜日、北隣【近藤康】(仮:50才前後役所系公務員男:西暦2016年)はまた夕飯後2階上りトイレのタイミングを狙い、すぐ斜め下付近にある玄関を出てメルセデス・ベンツ黒ワゴン車で外出。歯みがきしようとするタイミング狙いで近接リビング南面雨戸を閉めていたから、これは【狂乱の近藤】の領域の関連付けだと、ストーカー化する可能性が高く、トイレを狙われる可能性は90%以上だと予測していた。だから警戒して動きがなさそうなのを確かめてから2階に上がったら、なんと薄く玄関から明かりが漏れていて、「これは玄関内に潜んでいるパターンだ。完全にトイレ狙ってるよ」と言いつつ(独り言ではない)仕方なくトイレに入った。するとやはりトイレ中に、玄関外ライトが付き、北隣【近藤】(仮:50才前後役所系公務員男:西暦2016年)が玄関を出てきた。あからさま過ぎるトイレ狙い打ちだ。しかも意図的だ。だから「【犯罪ストーカー近藤】、トイレ狙ってんじゃねーよ!」と声をやや大きめに言った。すると気づいたようにこちらを向いて車で出ていった。このパターンは何度も何度もある。
元々気づいているのだ。完全に警戒されていることを。犯罪レベルのタイミング狙いになっていることを。だから、完全に意図的だ。
しかも、土日のこの時間帯、北隣【近藤】の動きがない時間帯だという観察からこそ、こちらは避けて動いていたわけだ。それなのに最近、時間帯をわざわざ追いかけてきてタイミングが合うように動いてくる。完全にタイミングを狙った時間ずらしだ。
この、西暦2016年10月の土曜日と日曜日だけで言えば(北隣【近藤】の後に付けてる(仮)を以下省略)
《10/01(土)》:明るい時間帯の風呂(いつも大概同じ時間)を完全狙い打ちで、北隣【近藤】メルセデス・ベンツ黒ワゴンが出ていった。風呂すぐ北西が北隣駐車場。
《10/02(日)》:1日何かとトイレのタイミングを狙われ過ぎた1日。風呂に関する行為を狙うためのメルセデス・ベンツ黒ワゴン車帰宅、そして風呂関連行為時間帯に車を弄くる、その間に何故か傘が玄関外に干されていた(不自然)。その傘があからさまにこちからが風呂中に取り込まれた。風呂完全狙い打ち。
夕飯後2階上りトイレ時、車が有あるときは付かない玄関ライトが付いていた。不自然過ぎた。玄関内に潜んでいた可能性大。
《10/08(土)》:朝昼兼食事後歯みがき洗面所狙いで駐車場車弄くり音。すぐ北西が北隣駐車場。
風呂関連行為時間帯に北隣【近藤】ハスラー外出。
まだ明るい時間帯、【実父】風呂中に向い合せ風呂に誰か入り込む音。
風呂直後、リビングに降りた瞬間、北隣【近藤】(仮:70~80代老女:西暦2016年)自転車で東の細道を出ていくのを見せられる。
《10/09(日)》:風呂関連時間帯に北隣【近藤】(仮:70~80代老女:西暦2016年)が平屋雨戸閉め。明らかに早すぎる時間帯。
夕飯後2階上りトイレ後部屋で着替え時、北隣【近藤】不正ハスラー車、駐車場入り。完全着替え時狙い打ち。
《10/15(土)》:夕飯後2階に上がりトイレ狙い、北隣【近藤】階段ライトが付いていた。完全に狙い打ちで動いている証拠。動き時以外ライトはいつも付いていない。
《10/16(日)》:午前中トイレ直後部屋入りタイミングで北隣【近藤】ハスラー駐車場入り。そこまで庭いじりとかでトイレ100%狙い打ちされていた。潜んでいていないふり。いないのを見計らって入ったら外に出てきたり、茂みに隠れていたり。
以上
タイミング狙いは北隣【近藤】(西暦2016年:70~80代老女)、(50才前後公務員役所系男(仮:康)と女教師(仮:メイコ)夫妻)の3人が狙っている。県外の遠い秋田県医大4年の筈の息子は秋田県にいるのでいない。70~80代老男は要介護の筈だから外を彷徨けない(しかもいる家は離れにある。近くない)。その他北隣【近藤】に家族、住んでる者は一切いない。
因みに、狙われない日は、平日(あるいは別の日)のルーティン狙いの時間帯に必ず北隣【近藤】は何かしかタイミング狙いで狂ったように動いている。
1ヶ月も経たないこの間の、しかも土日だけでこれだけタイミング狙い打ち。平日も多いし、全体ではあり得ないレベルでタイミングが狙われており、それがトイレ、風呂関連、洗面所、台所狙いに集中されているのが判るだろう。だから洗面所なんかほぼ100%狙われるから本当に歯みがきは完全に北隣【近藤】(仮)が狙いにくい時にしか洗面所ではできなくなった(他の場所でやっている)。
北隣【近藤】(仮)に面した場所、水場が激しくタイミングを狙われるスポットだ。
そのタイミング狙いがあららさまに獣レベルになったのが、西暦2010年の大混乱期。もはや人間の所業とは言えないレベルのタイミング狙いだった。何故そんなにタイミングを狙うのか、理由が解らず、最初は悩んだし、犯罪に巻き込まれそうなレベルだったし、理由を考えて考えて考え抜いた。
それで、その末に、知覚する全てにエゴが前々に作った【異世界】が表されているのだとやっと気づいたのだ。
最初は本当に意味がわからなかった。
だが、【異世界】が周囲に表されていることから、エゴが前々にどんな世界を作っていたかが窺えることが判ったわけだ。
それにより、世界構造がかけ離れすぎていて、この領域では『人間』という概念にすら当てはまらない、倫理や道徳すら知らない世界があったことに気づいた。米の販売方法すら知らない世界があったことに気づいた。
西の細道を歩く、あるいはチャリ(自転車)で行く人で話をする者達は《必ず》、北隣【近藤】(仮)前から話始める。そこにスイッチがあるかの如く。完全に、北隣【近藤】(仮)の領域の為の設定だとすぐに判る位にあからさまだ。完全に『設定』で全てが動いている1つの顕著な証拠だ。交通量も完全スイッチ状態な位に全てが嘘臭い。
あまりにも酷いタイミング狙いは、【異世界】にこの領域のこの個体の視界が漏れている為に、取り繕いの為に、エゴがその視界と実態を歪めつつ、世界を作り直した為のもので、漏れた視界を同じ世界だと見せ掛ける為だと判った。エゴが全く違う世界がある事実を隠蔽しなくてはならなかった為だ。故に取り繕いの世界はこの領域よりも前々に作られた。それをこの個体は見せられている。
それら全て、エゴが何を目的に、何を行い、何を作ったのかを知らせる手段として、エゴとは正反対の作用【A・Course・in・Miracles】で『聖霊』と歪められた【終わらせる為に作用する何か】が作用しているのだということも判った。
だからこそ、北隣【近藤】(仮)はタイミングを狙いすぎるとこの領域では犯罪になることすら知らない、世界構造がかけ離れすぎた、違う世界の表れだと判明する。
これらの【犯罪ストーカー近藤コメント】はその証拠だ。
【犯罪ストーカー近藤コメント】
西暦2016年8月11日:木曜日
http://s.ameblo.jp/universalacim/comment-12189310843/
やすし さん【=近藤】
08月11日 23:49
だったら
コメ欄閉めればいいのに、、、
あつよちゃーん、あつよちゃーん、すきすきー(笑)
IP:118.20.103.86
西暦2016年8月11日:木曜日の佐藤篤代についたコメント
【異世界の異常者犯罪レベルコメント】
西暦2016年
http://s.ameblo.jp/universalacim/comment-12114073474/
近藤 さん
04月09日 14:42
^^
ブログ更新してないじゃん
いいねが2264になってるよ
おばあちゃんは元気かな?送迎頑張ってる?
見えてるよお風呂
IP:210.149.125.35
[但し書き]に「いいね」を付けたブログが見えない者一…についたコメント
前々に作られた各世界は、この領域からすれば、言わば未発達で原始的概念で世界が構成されている。だからそれらの原始的な世界の影響を受けることで、何をすればそれらの世界が終わるのかが判明する。これまで見せられた概念、この領域の事実を提示すればよいのだ。そうすることで、世界がある致命的な違いや未成熟さの浮き彫りにより、エゴはその世界を終わらせ、提示した概念を採り込んだ世界を新たに作り直していかなくてはならなくなる。どんどん古い世界を終わらせ、新しい、エゴの思惑に反した概念を採り込んだ世界を作り、最終的にこの領域を作らざるを得なくさせる。そうなるよう、提示し続ければいずれ全ての世界が終わる。前々に作られた世界を影響により見せられることで、全てを終わらせる為にすべきことが判っていくわけだ。
10/24
西暦2016年10月23日:日曜日は北隣【近藤】(仮)が確実にタイミングを意図的に狙っている証拠となった。
【実父】が事情でいつもより早く風呂に入る(無論明るい時間帯。天候じゃなくまだ日没前という意味)ために風呂を早くいれ、
【実父】が入ろうとした直前に、
北隣【近藤】(仮)メルセデス・ベンツ黒ワゴン車が帰宅(うちの風呂場のすぐ北西が北隣【近藤】(仮)駐車場)。
完全風呂狙い打ちタイミングだった。
あまりにもゾッとするタイミングだったから、いつもより早く風呂に入れるなら入りたいが、やめておいた。
完全にタイミングを狙われるどころの話ではない位に、狙う気満々の【嗜虐的快楽志向近藤系】影響時だという感じがひしひしと伝わってきて、完全に何かしか狂ったようにタイミングを狙ってきそうだと予測していた。それで時間をずらしたからか、風呂は無事だった。
しかし、夕飯後は相当警戒していた。なんせ完全に【狂乱近藤】影響時だから、普通2階に上がるような時間には行かないようにして様子を窺うつもりだったが、完全に普通ならこちらが2階に上がるタイミングで北隣【近藤】(仮)近接リビング南面雨戸音が不自然に鳴り、戦慄が走った。完全にタイミング狙う気満々だった。
前日と同じパターンだ。まず、雨戸閉め時間が異常過ぎる。最近は日没が早まりいつもは1時間以上は前に閉めている所だ。故に前日も雨戸閉め時間から異常過ぎたのだ。雨戸閉め時間からして完全にタイミング狙いだったのだ。
完全に【狂乱近藤】影響だった。
だから、いつも通りを避け、前日に警戒しつつ動きがないからと仕方なく2階に上がって完全にトイレタイミングを狙われてるから、慎重に様子を窺っていたら、こちらがいつも2階に上がりそうな(多い)時間に北隣【近藤】(仮)の玄関ライトが付いた。それまでは真っ暗だった。あまりにも酷すぎる狙いだから、しばらくして風呂場の窓を開けて、北隣【近藤】(仮)駐車場を確認すると、車が2台(1人しか車運転できないくせに2台ある)ともあった。また、前日同様、外出でトイレタイミングを狙う可能性が高すぎたから、車が出ていくまで待とうとした。それなのに一向に車が出ていかない。
これはもはや意図的以外のなにものでもなく、嫌がらせと化した。前日のトイレ狙い打ち外出がある。「【犯罪ストーカー近藤】、しつこくトイレ狙うな!」とトイレから言われてるのに気づいていたのだから、完全に意図的だ。前日とほぼ同じ時間帯なのだから。
北隣【近藤】(仮)は、車がない時か、外出直前でなくては玄関ライトをつけない。それなのに、前日のように、こちらの動きをつけ狙い潜みながらタイミングを狙おうとするかのように、玄関ライトだけが異様に付き続き、完全に嫌がらせ化し、いつまでもいつまでも車は出ていかない。
こちらは避けそう避けそうと常に動いているのに、北隣【近藤】(仮)はそれを追いかけてくる。いつものパターンだ。
完全に膠着状態で嫌がらせ化したから、仕方ないので頃合いを見て2階に上がったが、遂に玄関ライトがついたまま車が出ていく気配はなかった。
【嗜虐的快楽志向】の表れとしか言いようがなく、完全に嫌がらせでタイミング合せをやっている【異世界】があることが窺えた。それが北隣【近藤】(仮)に表される時、しつこくてしつこくて犯罪ストーカーとしかならないタイミング狙いと化すわけだ。完全に狂った獣にしか見えない。2日連続で必死狙い。北隣【近藤】(仮)が正常な人間じゃないのは確実だ。
だからこそ、【人間とは何か】、倫理や道徳すら、この領域では当たり前の常識を提示しなくてはならないわけだ。
エゴが初期に作った【異世界】はまずこの領域の『人間とは何か』を突きつけられて、その違いから『人間に見せ掛けた人間じゃない何か』状態をどんどん終わりにさせて、この領域の『人間』という概念に近づけていかなくてはならないわけだ。そうでなければ『人間』という概念のかけ離れ状態から同じ世界とは言えなくなるからだ。インチキだとバレる。
それ故に、エゴは初期に作った世界からどんどん『この領域の人間という概念』に近づけて世界を作らなくてはならない。そして最終的に【A・Course・in・Miracles】概念レベルを超えて、エゴが作ったインチキ全て、知覚ある世界の全てがインチキだと判る思考システムへ次第に移行していかなくてはならないわけだ。
エゴとは正反対の作用【A・Course・in・Miracles】で『聖霊』と歪められた【終わらせる為に作用する何か】の作用により。
人類の歴史、人類が作った物語に表現されているように、学生時代の情報で(現在は違うらしいが)最古の人類はアウストラロピテクスという猿人だった。人間でもなかったのだ。そして物語には人間ではない生き物、架空の生き物も沢山表されている。そして地球には人間ではない動物が沢山いて、宇宙全体で人間以外の生き物がある理由。
それは、エゴが作ったより初期の各世界の、『人間』という概念からかけ離れすぎた実際が表現されているからだ。
エゴが作った初期の『人間』は物語で表現されている『架空の生き物』に近いというわけだ。ならば、この領域においてやるべきことが自ずと見えてくる。
それら初期の世界を含めた全ての世界の概念をこの領域レベルまで持っていかせるようにすることだ。
それがエゴが作った全てを確実に終わりへ導く。
10/25
西暦2016年10月22日:土曜日
http://www.yomiuri.co.jp/national/20161022-OYT1T50000.html
「精神指定医」不正取得で数十人処分へ…厚労省
精神障害者の強制入院などを判断する「精神保健指定医」の資格を不正に取得したとして、厚生労働省は全国の数十人の医師について、資格の取り消しなどの処分を行う方針を固めた。
昨年、聖マリアンナ医大病院(川崎市)で発覚した不正取得問題を機に、同省が調査していた。26日に開かれる医道審議会の専門部会に諮り、答申を踏まえて最終決定する。
同省によると、聖マリアンナ医大病院では、実際には診察していない患者の症例を使い回し、組織的に虚偽リポートを提出していたことが発覚。同病院の医師11人と、指導役の指定医(指導医)12人の計23人の資格が取り消された。
事態を重くみた同省は、2009~15年に資格を取得した計約3500人について調査。保管していた症例リポートと患者のカルテなどを照合し、計約100人の指定医から事情を聞くなどした結果、数十人が十分な診察をしていない患者の症例リポートを提出していたと判断した。事情聴取の対象になったことを知り、自主的に資格を返上した医師もいるという。
以上ニュースから引用
この精神科医不正問題は前々からニュースになっていて、遂に資格取消などの処分が出されることになった。
要するにこの問題は、精神科医が虚偽により精神病を捏ち上げることが可能であり、捏ち上げる可能性が著しく高いという事実と実態を表している。
本物:佐藤篤代も西暦2010年10月に精神科医に虚偽で精神病とされ強引に入院させられるところだった。心理学を学んでいなかったら、この精神科医が虚偽で閉じ込めようとしているとは気付けなかった。ユングの心理学本を読んでいたからこそ、この精神科医の異常さに気付けた。
精神科医の独自の利己的な目的により、病気ではない人間が簡単に病気にさせられてしまうわけだ。
西暦2016年段階概念:佐藤篤代
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12115170669.html
後半(32)【A Course in Miracles】特別性死守:世界の作り直し
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12207323610.html
この個体、本物:佐藤篤代は上記リンクの概念記事、西暦2016年後半(32)②に提示しているように、【A・Course・in・Miracles】の基盤概念『知覚ある世界の全てはエゴが作った幻想』だという概念を元に言動しているが、一般人、しかもカチカチ頭の医者にこんな概念が理解できるはずはないということは重々承知している。
だからこの概念については一切触れず、自分がこれまでに知ってきた心理学の知識と客観的な事実提示により相対した。【人間レベル】概念にある者と対する時には、同レベルの【人間レベル】概念を持ち出して対応する。理解できるはずがないからだ。主観で話せば話すほど、カチカチ頭の人間や医者に有利になると知っている。そしてこの精神科医はこちらが言う全てを全否定し全く聞く耳を持たない。
だから一般的な常識を持ち出して、極めて客観的に提示したにも関わらず、この精神科医は「理不尽に他者に嫌がらせされても、全ての人間は怒りや不快な感情を感じない」と言い切った(北隣【近藤】(仮)の異常行為が壮絶レベルに達していた時期。北隣【近藤】の嫌がらせストーカー的異常行為が問題だった)。それではこの世界に人間がいないということになる。あまりにも無茶苦茶だ。
それでは何故、世界には裁判や戦争やあらゆる争いや喧嘩というものがあるのか?
安倍晋三首相は「イスラム国」に怒りを露に「テロを許さない」と宣言していたが、では安倍晋三首相も人間ではなくなる。世界各国の主要な人物が怒りを露に「テロには屈しない」と言うが、彼らも人間ではなくなる。この世界の常識では、喜怒哀楽がない者は人間とは言えないか、あるいは障害を持つ者となると把握してきた。
その精神科医は「怒りを感じたことがない」とも言い切った。しかし、人間の喜怒哀楽の内怒りが人間の感情でないならばをするならば、何故『喜怒哀楽』という四字熟語があるのか。人間的な代表的な感情が喜怒哀楽だからだろう。怒りを感じたことがないならば、感情の欠落であり、その精神科医こそが精神病、精神障害を持つ者だ。怒りは訓練で昇華させプラスな方向に変えることができるだけだ。
完全に頭がおかしい精神科医で、完全に単に何でもかんでも否定し、強制的に入院させようとしているだけの異常状態だった。
本物:佐藤篤代を精神科へ無理矢理連れていった【実母】ですら、あまりにも異常な精神科医を目の当たりにし、少しこちらの肩を持って庇う位だった。そりゃ、あの場にいた話の成り行きを全部見聞きしていた【この領域】の『人間』の概念に該当する者ならば、どちらが正常な人間か一目瞭然だった。
本物:佐藤篤代が知ってきた心理学では、このような患者全否定の精神科医は、もはやこの時代では犯罪レベルであり、中世ヨーロッパでなされていた、健全すぎるから不都合な人間を閉じ込めるあまりにも古すぎる精神科医だ。要するに権威を脅かす真実を掲げる健全すぎる人間を閉じ込めるための強引な不正の言い訳づくり。
カルチャーショックどころの話ではない位に太古の昔になされていた精神科医の不正を目の当たりにし、閉じ込めることが目的故にまともな話が通じるはずがないと解ったから、「例え百歩譲って精神病だったとしても、こちらの言うことを全否定する貴方の事は絶対に信頼できるはずもなく、医者と患者の間に信頼関係がなければ治療は成立しないとユングで読んだ通りだと思うので、治療は成立できる筈がなくこれ以上貴方と話しても不毛なのでこれで失礼します」と言い帰った。
この精神科医不正ニュースにより、この精神科医も、病気に仕立て上げやすい、病気ではない人間を病気に仕立てあげ、捏ち上げていた精神科医達の一部だということがはっきり判らないならば、この同じ領域の人間ではない。
そして、『世界は幻想』という概念を、精神科医が精神病の幻想に躍起になって歪めてきたが、この領域では、テレビでやるくらいに【人間レベル】ですら『世界は脳の錯覚』とか色々な幻想概念があるのだ。
精神科医はこの概念を歪めるために、精神病を捏ち上げてきただけだ。そして、その為に精神科医は作られた。
世界の起源レベルにおいて、全てはエゴのご都合主義で作られているわけだから、エゴの都合上、否定したくて仕方ない要素をエゴは権威で否定し、抹殺、閉じ込め、都合がよいように処理する。
精神科医はエゴのその為の手段であっただけだ。
【モーガン・フリーマン 時空を超えて「この世界は“現実”なのか?」】
http://www.nhk.or.jp/docudocu/program/3452/1988010/index.html
この世界は“現実”なのか?
モーガン・フリーマン 時空を超えて「この世界は“現実”なのか?」
2016年10月7日(金) 午後10時00分(45分)
番組内容
モーガン・フリーマン 時空を超えて「この世界は“現実”なのか?」
私たちは自分の感覚器官が集める情報のうち、脳が処理できる分だけを選択して「現実」と捉えているのではないか?さらに私たちが処理できないものの他に、電波や素粒子など、知覚できない存在もある。また、三次元よりも高度の余剰次元が存在するという考え方や、二次元以下しか存在しないのではないかという説もある。夢の中に生きている、あるいはコンピューターによるシミュレーションに過ぎないという説まで多角的に謎に迫る。
以上テレビ番組ホームページから引用
『モーガンフリーマン《時空を超えて。この世界は現実なのか。脳が創り出す世界か?二次元の余剰次元か?驚きの学説》』
テレビ番組欄から引用
こんなにまではっきりとこの領域には『世界は幻想』概念があるのに、まだ精神科医を使って、精神病を捏ち上げ続けられるとでも?
【この領域】があるのだから、初めから勝ち目のないエゴの闘いだった。
何故、ユング心理学があったのか?
何故、モーガン・フリーマンが【人間レベル】であれ、テレビで『この世界は現実か?』という概念をやっているのか?
何故、『知覚ある世界はエゴが作った幻想』と断言する【A・Course・in・Miracles】や関連本『神の使者』があったのか?
少し考えれば解るだろうに。
エゴとは正反対の作用【A・Course・in・Miracles】で『聖霊』と歪められた【終わらせる為に作用する何か】の作用が、どんどんエゴにそのように世界を作らざるを得ないように作用しているからさ。
不都合な全てを抹殺でき、閉じ込められる世界はもうとうの昔に終わったんだよ。
だから【この領域】がある。
精神科医は、精神病ではなく何も悪いことをしていないこの個体を閉じ込めようとすれば、不正であり犯罪にしかならないとニュース事実が証明する。
精神科医が不正に入院させようとすれば、この領域では犯罪となり、資格が剥奪される。それが【この領域】。中世ヨーロッパはもう終わってるんだよ。時代遅れが。
だからこそ、この個体、本物:佐藤篤代は【この領域】で知ってきた概念を提示し続けなくてはならない。
【この領域】の常識的な全て、心理学等を提示してきたから、精神科医の不正ニュースが表れてきた。それが解るからだ。
エゴが精神科医で閉じ込めようとした段階の世界で、精神科医が不正とならなくてはならなくなったという事実をこれは表している。【この領域】の事実で、それらの世界は『不当な閉じ込め』が犯罪となると突き付けられ、同じ世界とはできなくなる。だから、『不当な閉じ込めは犯罪』だと世界を合わせていかなくてはならなくなる。
提示を始めた頃にはもうエゴはこの個体を閉じ込められないとは判ってはいたが、閉じ込められないようにするために、最初は必死で【この領域】の心理学の事実を提示してきた。その結果、その事実が、閉じ込めようとする領域に漏れて、閉じ込め不可能となったのだと判った。全ての必要性を感じての【この領域】の概念提示は、エゴが前々に作った各世界に影響を与え、エゴの目的を崩しているのだ、とこのように実感を得てきた。
だからこそ、本物:佐藤篤代は【この領域】で見聞きしてきた概念と事実を提示し続ける。そうしなくては、『実際に閉じ込めようとしてきた』領域は終わらなかっただろうと解るからだ。
エゴが作った全ての領域を終わらせる為に、抹殺を不可能とさせるため、閉じ込めを不可能とさせるため、この個体は必要に迫られて、やらざるを得ないから概念を提示し続ける。
提示しなくては、抹殺の世界が終わらないから。
提示し続けなくては、閉じ込める世界が終わらないから。
西暦2010年10月の精神科医による精神病の捏ち上げと不当な閉じ込めを正当化させない為に。
提示しなければ、何も終わらないからやるだけの話。
単にそれだけだ。
豊洲問題、東京オリンピック問題で東京都、都政がガタガタになった理由。政治家、行政等も強制的に閉じ込める不正を行い易い。だから、『強制的に行える権限を持つ全て』が崩されてるんだろう。
だからこそ、不当な全てを終わらせるし、不当に閉じ込める全てを終わらせる為に尽力する。不当を正当化させないように。自分の為だ。
だからこそ、その不当な権限を持つ医者、行政、政治家、公務員その他全てがこちらを圧迫する限り、不当な全てをあらゆる方向から崩すために全力を尽くす。
ここまで来るのは本当に大変だった。
本当に必死に不当に閉じ込められないようにするために提示し続けてきた。
やっとここまで来た…( ω-、)
西暦2015年段階の佐藤篤代
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12111785865.html
前半(30)【A Course in Miracles】の実態
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12022798022.html
『そのためにはエゴではなく聖霊の思考がゆきわたるように心を訓練しなくてはならない。それには自分のではなくて聖霊の思考システムが反映される決断力が必要になる。だから断固として『奇跡のコース』とそれ以外のすべてのスピリチュアルな思考システムを区別するという大きな決断をしなければならない。有史以前のものから古代エジプト、老子、ヒンズー教のさまざまな派、ゾロアスター教、旧約聖書、新約聖書、それに新二元主義のシステムまで、文字通りすべての思考システムという意味だ。』
「神の使者」P172~173から引用
ゲイリー・R・レナード
吉田利子訳
西暦2007年1月30日:日本語版初版発行
(原書名:The Disappearance of the Universe)
これは、この世界の内側の概念か、それともこの世界の外側から挿入された概念か、という区別だ。そしてとても巧妙にエゴは誤魔化すので、なかなかこの世界の内側の概念からは脱することができない。
その為に、エゴの目的は何か、エゴは何をやっているのか、どれほど巧妙に欺くのか、その欺きの全て、エゴとは何かを熟知しなくてはならないわけだ。
「エゴが何か」をよくよく知らなくては、エゴが作った全てである知覚ある世界の全ての実態は解らないし、棄てられない。
だから、この世界にどっぷりハマりこんで疑いもしない者には【A・Course・in・Miracles】の基盤概念すら見えるはずがないわけだ。故に、理解できる筈もない。
エゴアメにハマり込むようでは、何も真実など見えやしない。
佐藤篤代
概念:佐藤篤代/西暦2016年後半(40)
【A Course in Miracles】
人間定義から逸脱する特別性
西暦2016年10月27日:木曜日
(前回)
西暦2016年段階概念:佐藤篤代
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12115170669.html
後半(39)【A Course in Miracles】作り直しで発言一転の特別性
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12212123138.html
西暦2016年後半
(35)【A Course in Miracles】搾取でしかない特別性の救い
(36)【A Course in Miracles】各特別性の領域の概念レベル
(37)【A Course in Miracles】公私混同の特別性の行末
(38)【A Course in Miracles】道徳的狂熱の教師系の特別性
(39)【A Course in Miracles】作り直しで発言一転の特別性
西暦2016年(年号:平成28年)
申(さる)年現在
【佐藤篤代について】
[blogで言ってる主旨]
この本物:佐藤篤代のブログは
『the Foundation for Inner Peace』の
【A・Course・in・Miracles】
原書second editionの概念をベースにしている。
【A・Course・in・Miracles】の核心
「知覚ある世界はエゴが作った幻想」
を矛盾なく徹底的に追究し、
【他が幻想であり、他がない】
と証明する、
『世界の起源を扱う』、
『人間レベルではない』、
【自分発信、自分受信】
の自分が知るために自分が自分に知らせる為のブログだ。
敵はいない。
味方もいない。
全部同じだからだ。
全てが同じエゴが作った幻想でしかないからだ。
本物:佐藤篤代は『エゴが作った幻想』という見方でしか何も見ないから、敵も味方もいない。
この『全てはエゴが作った幻想』という視点でしか『全部同じ』としては見ることはできない。
[本物:佐藤篤代がブログで言う核]
【A・Course・in・Miracles】の核心
・知覚ある世界全てはエゴが作った幻想
・他は無い・他は幻想
・エゴが世界に留める為の最大の欺きの手段は特別性だ。
故にエゴの欺きから脱するには特別性を棄てなくてはならない。
・知覚もエゴが作った。
エゴの作った世界の終わりとは知覚の終わりだ。
本物:佐藤篤代はこの【A・Course・in・Miracles】の核心を基本に、【A・Course・in・Miracles】の歪みを削ぎ落としながら、『世界は幻想』という実体験に基づきながら真実へ向かっている。
この点を徹底的に矛盾なくしながら追究している。
矛盾がない概念を採用し、その方向性を目指す。こうして矛盾と歪みをそぎおとしていけば、いずれエゴの欺き(幻想)の完全な終わりへ向かえると本物:佐藤篤代は考えるからだ。
『世界は幻想』とは【人間レベル】で言うと仏教的意味合いに近い。
[佐藤篤代]
【A・Course・in・Miracles】管理者で世界で最も【A・Course・in・Miracles】の意味を理解している筈のKenneth・Wapkickすらも、手紙のやり取り等から、歪みと特別性の保護しか教えていなかったと西暦2012年に判明している。
また【A・Course・in・Miracles】自体も本という型だけに完全な真実を表現できる筈がないとその頃までには気づいた。
その他の経験も含め、真実は他者とは絶対に分かち合えないと理解した。
だからこそ、特別性の保護というエゴの目的しかそこにはなく、無駄どころかエゴの目的通りになると知っているので、あらゆる個々の存在と真実を分かち合うという目的からコミュニケーションを取ることは一切しない。
真実はあらゆる個々の存在と分かち合うのではなく、真実(知ってきた全て)を提示することで、エゴとは正反対の作用【終わらせる為に作用する何か】の【異世界】間の『漏れ作用』により、エゴが作った全ての領域に拡大されると考えている。
エゴはそれで世界に矛盾が生じるので、漏れて隠せない要素を採り入れながら世界を作り直さなくてはならない。それが真実が拡大される再利用システムだと考える。
詳しくは西暦2015年段階の概念に書いてある。
故に、佐藤篤代はあらゆる全ての思想的布教や教えの組織も含め、A Course in Miraclesに関するあらゆる機関、組織、同人誌を含めた全ての出版、講演、workshop、慈善事業、ボランティア、あらゆる公的活動には一切関わっていないし、永久に関わらない。その他相談的なもの、カウンセリング、ヒーリング等同等の行為にも一切関わっていない。また、イエス キリスト的な偉人系、隠れ偉人や仙人系でもない。
本物は将来性のないニート
(西暦2016年)
佐藤篤代は西暦2016年1月17日(日曜日)で40才
※しばらく「土曜日」とされていた
栃木県宇都宮市のド田舎生れずっと在住
日本人(血縁すべて日本人)
生まれてからずっと中肉中背
普通の容姿
西暦2009年から無職。それ以前は全部バイトかパート
生涯未婚で子無し
西暦2015年段階概念:佐藤篤代
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12111785865.html
佐藤篤代の現段階の概念
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12102633510.html
A Course in Miracles;世界は幻想という意味
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-11740124334.html
西暦2016年版プロフィール
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12111502426.html
43才になったらやらない一覧
http://simplog.jp/comment/11771884/23
ニュースリンク(西暦2014年4月~)
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12102638099.html
【但し書き】必ずお読み下さい
http://s.ameblo.jp/universalacim/entry-12101838092.html




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なされる全てが【異世界レベル】の【主人公(偽者)用コメント】でインチキだと判明していますので、「現実の他者」に対する対応は一切しません。
容赦なくツッコミします。そのコメント等の目的、大元を崩す為に容赦ないツッコミをします。
【リブログ】は機能開始時から禁止しており、元から出来ないように設定してあります。これは似たようなあらゆる機能によるシェアを禁じるという意味です。
佐藤篤代
概念:佐藤篤代/西暦2016年後半(40)
【A Course in Miracles】
人間定義から逸脱する特別性
西暦2016年10月27日:木曜日