以前にも書いているが、佐藤篤代は攻撃をしているように見える時がある。だが、佐藤篤代で表現されるすべては、完全に関わる他の存在達によるものだけだ。佐藤篤代は実際は、非個性的であり、他の存在達が入って動かしているだけの器に過ぎないと考えれば分かり易い。だから、こうしてブログに書いている内容に関しても、佐藤篤代ではなく、佐藤篤代の中の真実と事実を知る他の存在達や、ふざけたい子供らしき存在達や、悪質存在やその他が書き込む時さえある。全部、step backして書いているので、内外の関わる存在達が、何か事実や真実に気付かなければならないからだけ、書いている。ふざけた内容も、面白い内容も、間違った事実も、あってる事実も真実も、他の存在達が事実に気付かなければならないからだけだ。だから、佐藤篤代は間違いなくフラットで、ロボットだと言ってよいくらいだ。佐藤篤代自身の意志では生きていない。他の存在達が事実に気付く為の手段でしかない。「聖霊(the Holy Spirit)」の手段として体が使用される時、体は事実と真実を関わる他の存在達が知る為だけに使用される。事実と真実を知る為に、体が学者的、真面目、高潔、学術的等である必要は全くない。逆にそうだと、体(偶像)に信頼を置く間違いに陥り易いはずだ。