自分を信じるな。自分を信じることは幻想に信頼を置くことだからだ。自分は幻想の一部だという事実を忘れるな。だから自分は信じるな値しない。人間だけではない。ありとあらゆる存在に当てはまることだ。
ひとこと機能にも書いたが、見えている、聞こえてる、知っていると思い込ませるエゴのやり口の巧妙さに気付こう。見えている、聞こえてる、知っていると思い込ませる為に、エゴは実際の事実を利用する。本物も見せたりする。ある時は、ちら見させる。またある時は大部分見せる。またある時は全く見せない。とにかく、事実や本物が何かをわかりづらくさせる為に全力を尽くす。とにかくエゴのやり口の巧妙さは本当に常に念頭に置き、一歩引いた状態で常にいるべきだ。『まて、これはエゴか、それとも「聖霊(the Holy Spirit)」か?』と常に見える全て、聞こえる全て、知る全てを疑ってかかる。あるのはこの2つの区別だけだからだ。宙ぶらりんの状態にさせておき、観察に近い態度で望み、材料の一つとして取っておく位の方がいい。早急に決めてかからない。そして、「聖霊(the Holy Spirit)」にその材料を引き渡し、「聖霊(the Holy Spirit)」の計画だけが完璧だと信頼するというのが、自分で判断しないで判断してもらうことだ。
見る全てを疑おう。
ひとこと機能にも書いたが、見えている、聞こえてる、知っていると思い込ませるエゴのやり口の巧妙さに気付こう。見えている、聞こえてる、知っていると思い込ませる為に、エゴは実際の事実を利用する。本物も見せたりする。ある時は、ちら見させる。またある時は大部分見せる。またある時は全く見せない。とにかく、事実や本物が何かをわかりづらくさせる為に全力を尽くす。とにかくエゴのやり口の巧妙さは本当に常に念頭に置き、一歩引いた状態で常にいるべきだ。『まて、これはエゴか、それとも「聖霊(the Holy Spirit)」か?』と常に見える全て、聞こえる全て、知る全てを疑ってかかる。あるのはこの2つの区別だけだからだ。宙ぶらりんの状態にさせておき、観察に近い態度で望み、材料の一つとして取っておく位の方がいい。早急に決めてかからない。そして、「聖霊(the Holy Spirit)」にその材料を引き渡し、「聖霊(the Holy Spirit)」の計画だけが完璧だと信頼するというのが、自分で判断しないで判断してもらうことだ。
見る全てを疑おう。