今月上旬、Amebaなう、モバトーク、ツイッターの統一で、「その体(人間)から"声"が聞こえているからといって、その体がその"声"の発祥源(出る体)とは限らないと知って下さい。見えている体は"声"の主と別な場合が沢山あると知って下さい。」と書いた。
理解するにはまず前提に、人間には他のありとあらゆる存在が関わっており、人間は映像的な何かか、精神体の場合はエゴの範囲内で自由に人間の様子を見ることができるということを知っている必要があり、佐藤篤代のブログでは主に中心的な内容だ。
あらゆる方法で人間を見せられている(見ている)存在達は、きちんとそのまま見せられて(見えて)いるとは限らない。真実を隠されているが故に、真実を拡大する人間(存在)は忘れさせられ、隠される。別の人間やその他で代用や投影の映像(ビジョン)を、その真実を拡大する者の上にして隠す。だが隠せない状態に結局陥り、偽物を投入する。真実や事実が漏れやすい段階には様々な種類の沢山の偽物が投入される。佐藤篤代に関して、真実や事実が漏れる手段となっているのが"佐藤篤代のほぼ音を出さない声"だ。実は、上記で書いた"声"は、その"佐藤篤代の声"に関してだった。勿論、普通に話す声も含まれる。声に関する全ては、本当に解りづらくさせられている。