この世界の起源に関する原因により、人間が無意識に、自分が罪があると信じ、無意識の罪悪感に苛まれる。それから逃れるために、善と悪、そして罪と罰というこの世界の経験が作られた。全ては罪悪感と自分が犯したと考える罪から逃れるためだ。
根源的な理由により人間(エゴ以外の全ての存在)は自分が善だとは信じられない。罪があると信じ込み、その罪があるという事実から逃れたい。その根源の理由を自分自身に隠したが、無意識に正体不明の罪悪感と苦しみが残った。
今度はその正体不明の罪悪感を隠す為の手段が必要になった。それがこの世界だった。隠すために、罪が他にある、という経験が必要になった。
それで善と悪、罪と罰の世界が作られた。善という立場でいられたいために、別の立場では、自分は罪があるから罰せられなくてはならない、という思い込みから、罰が作られた。悪は、罪は罰せられなくてはならない、だが、それでは解決できなかった。
あらゆる悪い経験は天罰とさえ言われる。善の立場でも、消えない無意識の罪悪感が、善の立場でも酷い経験をするという天罰的な経験を作り出した。犠牲という経験も同じだ。罪が自分にこそある、と無意識で信じる為、犠牲という名目で、罰を欲する故の犠牲だ。だが、本来罪はない。