連日の猛暑がいきなりおさまったこの時期、秋の気配を感じるべく、日本最大級100万本もの曼珠沙華に赤く染まる高麗の里、日高市の巾着田(きんちゃくだ)を訪ねました。
日高といえば、朝鮮半島にゆかりの深い地域。
今から約1300年ほど前の西暦716年(霊亀2年)、高句麗の滅亡により高麗人(高句麗人)が日本に渡来したのですが、そのうちの多くが武蔵国に移されて、高麗郡が置かれました。
この高麗郡の中心が現在の日高であり、渡来した王族・高麗王若光は高麗郡の郡司となり、土着した一族と共に朝鮮半島の進んだ技術を伝え、地域の産業や文化の発展に大きく貢献しています。
街の周辺には、高麗神社などの高麗人ゆかりの歴史を伝える神社仏閣が建ち、奥武蔵の自然を楽しむ散歩コースになっています。
今から約1300年ほど前の西暦716年(霊亀2年)、高句麗の滅亡により高麗人(高句麗人)が日本に渡来したのですが、そのうちの多くが武蔵国に移されて、高麗郡が置かれました。
この高麗郡の中心が現在の日高であり、渡来した王族・高麗王若光は高麗郡の郡司となり、土着した一族と共に朝鮮半島の進んだ技術を伝え、地域の産業や文化の発展に大きく貢献しています。
街の周辺には、高麗神社などの高麗人ゆかりの歴史を伝える神社仏閣が建ち、奥武蔵の自然を楽しむ散歩コースになっています。

高麗駅を下車し、案内板の指示を頼りに坂道を下って15分ほど歩くと、高麗川の流れが見えてきました。

高麗川の風景です。

橋を渡ると、巾着田へ到着です。

例年だと、お彼岸の頃には満開になるのですが、今年はいつまでも気温が下がらず開花が遅れているそうです。

地元の人によると、今年一番の見頃は9月末にずれ込むのではとのこと。

それでも、早咲きの株が咲き始めていました。

高麗川のせせらぎや鳥のさえずりが響く豊かな自然の中、ニセアカシアの林の足下に真っ赤な絨毯がどこまでも続く風景は、幻想的ともいえる見事なものでした。




