
私が昨年暮れに訪れた沖縄の有名な観光地である「万座毛」。
これまでずっと、ここの断崖には柵などなかったのに、いつの間にか遊歩道にはロープが張られ、柵が作られていて、景観が台無しになっていました。
でも訪れる人の安全とかを考えると、これって仕方がないことなのでしょうか?
これまでずっと、ここの断崖には柵などなかったのに、いつの間にか遊歩道にはロープが張られ、柵が作られていて、景観が台無しになっていました。
でも訪れる人の安全とかを考えると、これって仕方がないことなのでしょうか?
子供が池で溺れて亡くなったのは、池の周りに柵がなかったせいだとして損害賠償が請求され、それが認められた事件がありました。
池でも川でも柵がないところなどいくらでもあるし、小さな子供が危険なことをしないように監視するのは本来は親の努めではないかと私は思うのですが、昨今ではそれも行政が悪いということになるようです。
この論理だと、水際だけでなく、崖などの危険なところにはすべて柵を作らなくてはならず、しかもその柵が老朽化しないように逐次補修もしていかなければならない。
となると、いくら税金があっても足りないのではないでしょうか。
池でも川でも柵がないところなどいくらでもあるし、小さな子供が危険なことをしないように監視するのは本来は親の努めではないかと私は思うのですが、昨今ではそれも行政が悪いということになるようです。
この論理だと、水際だけでなく、崖などの危険なところにはすべて柵を作らなくてはならず、しかもその柵が老朽化しないように逐次補修もしていかなければならない。
となると、いくら税金があっても足りないのではないでしょうか。
また、これと同じではないかもしれませんが、90歳を超えた老人が手術をした後に死亡したのは病院のせいだとして損害賠償を起こした人もいました。
人は年老い、やがて死んでいく。
その死の直接のきっかけは様々ですが、そのたびに責任を追及されたのでは医療の仕事などやってられないなと思います。
常に人の生死を扱わなければならない医療の現場には、責任を負う範囲はどこどこまでで、その責任はどの程度なのかを、一度あらためて考えてみる必要があるのではないでしょうか。
医療関係者にとってみれば、人が死ぬたびに責任を追及されたのでは堪らないといったところもあるのではないでしょうか?
人は年老い、やがて死んでいく。
その死の直接のきっかけは様々ですが、そのたびに責任を追及されたのでは医療の仕事などやってられないなと思います。
常に人の生死を扱わなければならない医療の現場には、責任を負う範囲はどこどこまでで、その責任はどの程度なのかを、一度あらためて考えてみる必要があるのではないでしょうか。
医療関係者にとってみれば、人が死ぬたびに責任を追及されたのでは堪らないといったところもあるのではないでしょうか?
