World Trade Center
■心のどこかで観る事を躊躇していた一方で、
「観ておくべきだ」との気持ちもどこかにあり、
観てきました ・・・ 「ワールド・トレード・センター 」
■そこには紛れもない「事実」の描写と共に、人間の「生」と「死」を見つめた「真実」が表現されていた。
家族の暮らすNJから、George Washington Bridgeを渡り、ビジネス街NY-Manhattanへと向かう「日常」。
そしてその「日常」の中に突如として訪れた、信じられない程の「悲劇」。
■アメリカ在住時、
世界経済・アメリカ経済のシンボルとして、
摩天楼の中でも特に高く聳え立つその存在感に対する漠然とした憧れと、
自分の父親が日々勤めているというある種の親近感を持って日々対岸のNJから眺めていた、あの2棟。
自分の父親は、1993年の爆破テロを同ビル内で経験している。
そして、2001年のあの日、尊い命を奪われた父親の知り合いの方もいる。
もしあの時、自分や父親がまだアメリカにいたら・・・
あの「悲劇」は、決して他人事ではない。
「感動」に揺さぶられて流す涙ではなく、ただただ、深い「衝撃」からくる悲しみの涙が溢れてきた。
■ただ、この作品は「華氏911 」等とは違い、政治的・社会的なメッセージを意識したものではない点が印象的。
その信じられない程の「悲劇」の中にも生まれ得た、
同僚、仲間、友人、家族、そして全ての人間の間に存在する「愛」、
人間が本来持っている(あるいは持っているべき)「善」の心、
そしてそこから生まれた「真実」を描写する事に重点が置かれている。
そういった意味では、政治的・社会的にどちらかに傾斜したものではなく、
「事実」を「事実」として表現した中立的な作品であり、
その点で素晴らしい作品だと思う。
■あの日あの瞬間にまさに「悲劇」と呼ぶに相応しい歴史的事件が起こった事は「事実」であり、
その「事実」を「事実」としてしっかりと受け止め、記憶に留めていく事。
「生」きている自分達は、
「生」きている上で失ってはならないもの、忘れてはならないものを確認して「生」きていく事。
日本という“中途半端に”平和ボケしたこの「日常」の中で、
こういった「事実」を後世に残す作品が公開される意味は非常に大きいように思う。
We'll never forget the World Trade Center.