こんにちは セラピストあまね理樺です。
たった今、ギリシャ行きのチケットの振込をしました。
去年の3月のニュージーランドから早1年、久しぶりのエアーの申し込み。
このチケット確定の瞬間が一番緊張しますね。
「本当に申し込んじゃったよ、いいのか~」
というドキドキ感。

行かないという選択がないのに引き延ばしにするのはワタシの悪い癖です。
実はそのお陰か、はたまた過信か思い込みか、
3万円のLostも経験しました。

ですが、こちらもかといって『行かない』という選択肢はない訳で。
仕方なくサレンダーガックリ

こういういくつかのミスが結構続いていたりして、
そういう細かいことをいつまでも手放せなかったり、
その額を他のものと換算して悔しがったりするのを、本当、やめたいです。
起きた出来事をそのまま平静に受け取りたい。



今日は、身体調整で行きつけの整体院に行って参りました。
アルテミス。
こちらは、ただの整体院ではなく、その先生も只者ではなく、
私の身体の不調和を90分かけて存分に癒してくださいました。

そして、施術中の会話の中で何気なく語られた話。
今日はこれを聞くために来たんだな~と。
まったくその通りだし、こんな不調和を生んでいるのはまさしくその信念の成せる技だと思うので。

『足るを知る』

どうしたって目一杯頑張って頂上を目指したいワタシ(と先生)。
彼のお子さんのお話をしてくださいました。

彼は、富士山の8合目から下山を決意出来る子。
そして、こどもの頃の話。
仮面ライダーの番組が観たくて「何時から?」「何時から?」と何回も聞きに来ていたそうです。
「まだもう少しだよ」と言ってしばらくしてからまた彼がやって来て、「何時から?」と。

・・・ですが、その時すでに番組は終わっていました。

「なんで~観たかったのに!!!」
と彼は言わなかったそうです。

「あと7回寝ればまた観られるんだね^^」と。


どうしてもその道程を愉しめず、目標地点を思い描き、
そこに行けるか行けないかのみを大切にしてしまいがち。

そして、そこまで辿り着いたとしても、今度は更に先まで目指そう!と思い立ち、
実際にはゴールはどこにもない。
それが私の生き方になっていました。

ただ走るために走り続ける。
だから、「本当は何がやりたいの?」と問われれば、
一体なにが本当の本当にやりたいことなのかがわからないのです。
(私は今はわかっています^^)

でも走るのをやめて、今与えられたこの一瞬一瞬を愉しむことが出来たなら、
最終地点がどこにあったってそんなことはどうでもよく、
例え目的地にたどり着く前に死んだって、「あー、楽しい人生だったな^^」と思えるのです。

なんのためにそんなに一生懸命ゴールを目指しているのでしょうね(笑)
そのゴールさえ建前に過ぎないのかもしれないのに・・・。

ということをずっとやり続けて、無意識の中でも歯を食いしばり、神経を張り巡らせ、
それが身体の硬度な凝りを創りあげているのです。

自分で思うよりも肉体は壊れています。
そんなに自分に負荷をかけて、生きて行くって一体なんの意味があるのでしょうね。。


身体って、本当、独自の意識を持っています。
それは自分で考えているのとは違う部分です。

そして、アタマがあまりにいうことを聞かないと強制的にストップをかけて来ます。
スポーツが出来ないように肩を壊したり、首がずれたり、力が入らなくなったり・・・。

「動くな!やすめ!」の最後通牒でしょうねあせる

だけど、ずっとずっと走り回ってそのやり方しかしらない場合は、
休む事にも走らない事にも、恐怖があるんですね。
自分が自分でなくなってしまうのではないかという恐怖。

走りに走って、いくらストップがかかっても走っていたワタシには、
今回は『真逆な人物』を配置して来てくれました。
今年のハイヤーセルフ&ガイドさんたちは優しいな~ドキドキと思う所以なのですが。

ゆっくりと道程を愉しめる感性。
衣食住に関する興味。
ものすごく地味にいいものを出す場所を見つける嗅覚。

そうか、ゆっくり構えていても大丈夫。
この瞬間を味わうことってこんなに楽しいんだなと。



人生にはやはり流れがあって、順番があって、
その時々で与えられる学びというのは違うんだなと思います。

この状態でこれやって、こうダメになったような感じになってる中からこれ学んで、
じゃぁ、もうここは大丈夫だから、今度はこれで充填してね、みたいな(笑)

今の課題はたぶん対極の性質に学ぶ。
去年は「対極の性質をぶち壊す」になってしまったのですが、
そこから学ぶことは大きかったのです。
だからこそ、今まったく違う性質をとてもおもしろく新鮮に感じているのです。
本当、癒される。

去年もきっともっと鷹揚に構えて、相手を信じて
その違いを批判や自分側に近づけようとするのではなく、おもしろいなと思って、
ゆっくり対応していたらもっと違った形になっていたんじゃないかなと思います。

でも、その経験があってこその今なのでしょうね。
合う人とばかり絡んでいたのではキャパシティーが広がりません。
それでも、基本的にはとても合っていて、なんとなく惹かれるというのは必要ですけれどね。



と、いうことで、知らぬ間に身体に無理を強いていたということが判明し、
立て直しすることになりました。
わからなかったんですよね。
体調は逆によかったんですけども、肉食べないとかってやり過ぎはやめた方がいいみたいね。
ママさんバレーしていた頃の筋肉さんたちがいなくなってしまっていたようで・・・しょぼん

さて、どれくらい時間がかかるのかしら。
客観的なものの見方、いつでも大切です虹



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