花を愛しているなら、摘み採らないでください。
なぜなら、摘んでしまったら花は死んでしまうし
あなたの愛するものとして存在し得なくなるからです。
花を愛しているなら、あるがままにそっとしておいてください。
愛とは所有ではなく、真に相手を認めることなのです。

by OSHO



透視リーダーのあまね理樺です。

花に例えるとわかりやすい話。
人間同士になるとなかなか氣づきませんね。
それはきっと、摘み取ってしまっても、その人の肉体は存在し続けるから。

「ここはキライ、ここは好き」
「あれやっちゃダメ、これやっちゃダメ」
「こうなって欲しい、ああなって欲しい」
人の花を摘み取る方法はいくらでもあります。

だけど、大切な魂の一部を摘み取られてしまったら、
その人らしく生きられなくなってしまったら、
それは『存在していないのと同じ』なのですね。

愛しているからこそ、相手にかまってもらいたかったり、
愛しているからこそ、自分の思い通りになって欲しかったり・・・

それは『愛とは違うのだ』ということですね。

~あなたが欲しい♪あなたが欲しい♪~

そうLOVE SONGは歌います。
その燃え上がるような渇望感を愛と錯覚します。



OSHOのこの言葉、
「求めても求めても得られない」そんな経験をして、
「何が違っているんだろう・・・?」と深く自分と対峙した時に、
本当の意味で腑に落ちるのかもしれません。

愛とは、
愛する相手がそのままの状態でいることを認めること。
              いられるようにしてあげること。

どんな欠点も美醜も、
すべてを含めて赦すこと。

「こんなに素敵なのだから、ここはこう直したらもっとよくなるのに」
そう好意から思ったとしてもそれはエゴに過ぎません。

本当に愛しているのなら、
「相手を変えること」ではなく、
「コントロールする」のでもなく、
ただそのままに存在することを認めること。
ただ、相手が自分で氣づくための媒体となることは素敵なことだと思います。

私は、愛とは相手に対するリスペクトだと思っています。
尊敬するからこそ、尊重する。
そのままの状態でいられることを包み込んであげたい。

貴重品を扱うように、大切に大切に。
そんな繊細な感覚を持って人と対峙出来たら素敵だなと思います。


深刻に考える必要はありません。
私にとってこの感覚は最近手に入れた新しい宝物です。
そしてそれをゲーム感覚として『捉え直して』います。

不遜ですか?(笑)

どのくらい相手と真摯に向き合えるか。
尊重出来るのか。

『丸ごとを大切にする』という新しいやり方。
何カ所か腐っていたっていいのです(笑)
そこも含めて尊重出来るなんて、なんだかワクワクして来ますハート
たぶん、自分を愛するチカラにも繋がります。
どんな変化が起るのか・・・翼

愛とは、
求め所有することではなく『そのままのあなた』という存在を丸ごと認めること虹
心に刻みます。。


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