もともと建築畑の人間だったんだけれど

「まちづくり」という言葉が嫌いだ。

まちを興すのはまちに関わる皆である。

 

特定の人のものになった瞬間

僕はそれを「宗教的」であるように感じる。

 

容れ物となる

まちは教会でも、寺院でもモスクでも良いと思うのだ。

 

建築の人たちは

誰が作ったとかそういうことを気にする。

自分が「まちづくり」という言葉に作為性を感じるのは

そういう世界に片足突っ込んできたからかもしれないけれど。