経済大国、平和ボケ、飽食、世界一便利で安全な国
などなど。
そう言われることもある
日本という繭の中で守られて生きてた私。
開発途上の大国インドへは、ちょっとヨガリトリートでもして資格取ったらすぐ帰るつもりで来た。けれどその巨大さ、歴史の深さ、神秘の強い魔力に絡め取られるように、この土地に暮らすようになっていた。
どうしても分からないと求めるうちに
もう少しだけ知りたいと進む間に。
繭の中でぬくぬくと生きてきた私には、当然分からないことがいっぱいだった。世界はこんなに広かったこと。それを全く知らずに生きていた自分に驚くとともに、この世界の闇の深さを肌で感じて、いつの間にか傷ついていたりする。
インド有数の観光地タージ・マハルの美しさの下で
マーケットで散らかった地面のゴミを
必死に拾って食べる子供がいたり。
観光客に物乞いをすることさえ知らずに。。
煌びやかな王家の墓タージ・マハルの 前には、脈々と庶民の暮らしが息づく。
インドの都市ならどこにでもあるスラムだけれど、
裸足で力強く生き抜く子供たちの笑顔の裏では、
アルコール依存、暴力、殺人、自殺
痴情のもつれ、感染症、死産、流産、、、
そんな報告がNGOに毎日毎日上がって来ていて
全てには対応しきれずに
職員も9時ー5時で淡々とやり過ごす毎日。
知らなければショックもなかったろうし、見なければ傷つくこともなかったはず、なんて、本気で自分の道を疑う日もあった。
毎年日本に帰ってくる度に、少しずつ、でもかなりハッキリと、以前の自分とは全然違う価値観を持って帰って来ていることに気づく。
いつもの夏の仕事では、意見が衝突することが増えた。
もう繭の中の小さなロジックが理解できなくなっている。
どんな理不尽さもいったんは飲み込んで、言われた通りに一生懸命努力できていた日本人的な私は、跡形もなく消えてしまった。
多くの日本の価値観からは反感を買うことも分かってるけれど、
お金や生活のために働く
そのためには何でもする
文句も言わずに
言われたことをする
そんな価値観が
かたや繭で守られていない第三世界では
どんな恐ろしい状況を作るのか
その場面とリンクしてしまったから。
私なんて興味本位でほんの少し覗いてみただけだ。
それでも心は傷ついて、疲れ果てて帰国した。
フワフワの繭で守られた国に帰って来て、
こんなに守られているものに盾突くなんて
感謝が足りない、何も分かっていないって言われても仕方ない。
でも、この繭の中では外の世界は何も見えていないんだ。
温かく安全で平和に毎日は過ぎて行くけれど
片目を閉じて、作り笑顔で生きていくなんて
私にはもうできないんだと思った。
私の心は今、ズタズタだ。
せっかく帰って来て、こんな姿を家族や友人に見せることになるなんて、繭の中では有りえなかったこと。
この世界は、平等じゃない。
平和でも、安全でもない。
女の子は守られてもいない。
男の子は十分に教えられていない。
痛ましい事件が毎日のように起きて
それはニュースの中だけのものじゃなくて
同じ町の裏の家で起こってしまう。
低カーストの家だから仕方がないとか
あなたは挨拶しないでねと言われても
繭の中から来た私は
ただ驚いてバカみたいに何も出来ない。
悔しさと
もどかしさと
後悔と
反省と
こんな苦しさを繰り返し味わうのなら
諦めて、繭の中の国に戻りたいと思う。
でも、もう平和に眠っていられなくて。
繭の中をかき回してしまいそうな自分もいる。
紛争や軍事衝突がなく、基本的な人権が守られ与えらえて、教育や情報を選んで受け取ることができ、環境を良くする力も持っていて、不正を正す社会システムがあって、弱者を守る努力がなされること、なんて
当たり前だと思っていた。
それ以上に、ただでさえ便利な生活がもっと便利に簡単になるように、もっと楽に楽しくなるように、そんなイケイケのポジティブな繭の中のベクトルに、
ほとほと嫌気が差す自分が変だと思ってた。
今は、帰って来る度
繭の中がもう飽和状態に見える。
この夢の世界は
食べても、買っても、使っても、
有り余る恵みで溢れて、それを捨てている程。
どうして神さまは、世界を2つに分けたのだろう。
同じ人間なのに
同じ星の上なのに
チャンディガールのNGOが作った学校に通うスラムの子供たち。貧困と事件事故の絶えない地域でもある。