『私の青春を返してよっ!!』



大声でわめき散らしたのだから、仕方ない。通行人たちが振り返り、そして、その視線を泳がせた…

「ごめん」
それだけ言うと、彼は雑踏の中へ消えて行った―――

取り残されたボクと彼女は、
ただただ留まるしかなかった―――




あの日、
ボクは彼女に突然呼び出された。

『別れるかもしれない』
その一言で、おおよその見当はついた。
彼女には、交際期間がもう十年にも届きそうな恋人がいた。

青春を費やした相手と言ってもいいだろう。




ボクは“彼”の方とも面識があったし、
同席すれば、あるいは彼を説得してくれると思ったのかもしれない。



でも、彼の決意は固かった。

自分の気持ちだけを述べると、
彼は理由も告げずに、
まるで蛹が蝶に脱皮をするかのように、

全てを捨てた。




あれから三年、
村上春樹の『タクシーに乗った男』を読むと、
決まって彼女のことを思い出す。



―彼女は今、幸せだろうか、と。





『私の人生は既に多くの部分を失ってしまったけれど、

それはひとつの部分を終えたというだけのことであって、

まだこれから先何かをそこから得ることができるはずだってね』

(『タクシーに乗った男』/村上春樹)





ボクらは大人になり、
世の中の幾つかの物事は、望んだ通りには進まないことを知った。


それでも、
少し位は希望を持って生きていたい。



少なくとも、
ボクはそういう生き方を選びたいと思う。