自分自身の体はもちろん、毎日私たちを取り巻く環境は変化します。
正確に言うとこの瞬間にも変化していて、
もっというと、産まれてから安定したことなど一度もないのです。
分かり易く言えば、川のように「水が流れ続けている現象」を川と読んでいるだけで、
実際の水は絶えず入れ替わっていて本当は川と呼べる実体はないのです。
自分の体も一緒で、絶えず新陳代謝をくり返し食べたものとどんどん入れ替わっている。
参考までに一番入れ替わりの遅い大腿骨で5年と言われていますので、
ものすごく大雑把に言ってみれば5年前の自分は影も形もなくなっているということになりますね(笑)
最初から自分と言える実体はどこにもなく、ただ食べたものと入れ替わりつつある現象が
そこにあるだけなんです。
まぁ、それではやりにくいのでその変わり続ける現象の一部をゆにちゃんと呼んでいる訳ですね。
もちろん、体だけじゃなくて、心も一緒で実体がなく絶えず変化しています。
10年前のあなたは今のあなたとは違う。
長いスパンで感じてみれば分かり易いのですが、
微細過ぎて気付かないだけで本当は毎瞬間少しづつ変化し続けているんですよね。
つまり、動き変化し続けていくことが、いわゆる自分を含め、世の中の常なんです。
こんな世界に生きていて、実体のない自分のはずなのに、何かにこだわったり、
自分というものにとらわれてしまったら?
変化する世界に対して変化しようとしなければ?
安定を求めることで安心を得ようとしていたら?
目の前の世界は誰が見てもすぐに確認できるくらい、
変わらないものがないということだけが変わらない世界なのです。
こんなにシンプルなことなんですが、自分の人生となると
一生懸命やり過ぎている内に分からなくなってしまうようです。
体も世界と一緒で、変わらない・変われない・動きの悪いところに症状が出るのです。
「変化する環境に対して自分もまた変化する」
たったこれだけのことがスムーズにいくだけで世界も体もいい感じになるのになぁ…
まったく人間は頭がよ過ぎて困ります。