私は日頃からいろんな相談を受けることが多いです。

先日聴いた話はこの事だと思ったので書いてみます。




認知的不協和 


人は『 自分の気持ち 』と『 行動 』がズレていると無意識にモヤモヤします。




このモヤモヤを解消したくて

『 気持ち 』か『 行動 』

どちらかを都合よく修正してしまうのです。




『 行動 』に合わせて『 気持ち 』を変えたりするということも当たり前に起こるということです。




わかりやすい例えで言うと

こんなにプレゼントやご馳走をしてるんだから好きに違いない。(おそらくそうだろう?)

好きだからこんなにお金を使っているんだ。(でないとおかしいよね?)

一緒にいる時間が多いのは、好きだということなんだろう (きっとそうだよね?)




お金、時間に限らず、労力を使った場合も含まれます。

こんなにこの人の為に尽くしてるんだから、それは好きだということ ( ということにしないとおかしいじゃん? )




こうした『 行動 』と『 気持ち 』の辻褄合わせが続くと

『 情 』と『 執着 』が 『 好意 』に思えてしまう…ということが起きます。




そこに認知の歪みがある…と気づいたとしても自分の過ちを認めたくないので、さらに自分の気持ちを捻じ曲げ、真実を覆い隠してしまいます。



気づけば、なんとなく一緒にいる というような関係が続く。

何かイベントがあれば楽しいけど、それ以外の時は存在を忘れてしまいそう。

利害の一致があるから一緒にいる…という都合の良い関係に収まってる なんてことも。



それは退屈しのぎに過ぎず、あなたが本当に求めている関係ではありません。



脳には未知の可能性もありますが
誤作動?と思うような働きもあります。

人間の脳って厄介です💦



認知の歪みに意地が加わるとさらに複雑化して、ますます真実が見えなくなります。


冷静な第三の目を持つことは大切ですね。

静かに振り返る目を持てないと、正しい判断はできなくなります。



追記
認知的不協和に気づくのにそんなに時間はかかりません。
1年未満で違和感に気づく事になるでしょう。

真実の愛に認知的不協和は起こりません。
愛は長い年月をかけてお互いが育てていくものだからです。
知り合ってわずか数ヶ月で愛に育つことはない。
それでも愛だと言うなら、それこそが認知的不協和による思い込みです。

人生を無駄にしない為にも、早めに修正が必要ですね。