以前同じ職場で働いていた人と、一緒に食事に行き、話した。人生の先輩として、いろいろな話を聞かせてもらえた。なぜ、2年近くも会わなかったのか・・・。もっと早くに会っておけばよかった。

先輩の話を聞くと、自分の今おかれている状況が、それ程ひどいものでもないと思えてきた。お前のなんか大したことないと言われたのではなく、私の状況はこうだよと先輩が話してくれた、その内容と比べて、自分の傷が浅いような気がしたのだ。
人の幸せは、相対的なものでしかない。誰かが言っていた。確かにそうだった。その人の話に比べれば、自分の状況はまだ幸せなのかもしれないと思えた、今日。
そんなことを感じさせてくれるように、話の流れを持っていってくれたのかもしれない。とにかく、心の広い人だった。
先輩のおかれている状況に自分がいたとしたら、あんなにどっしりと構えていられない。寛大でいられない。見習うべき、ものの見方・感じ方が、そこにはあった。
先輩とまったく同じことは、できない。でも、そういう対処の方法、視点があるということに気づくことができたのは、意味があったと思う。

でも、働きすぎだ。血尿が出たと言ってたし、整体に毎週通うとも言ってた。そこまで、自分は働けない。自分の体を酷使できない。
体を大事にする、自分を大事にする働き方が、あるはずだ。どんな働き方かは、自分で探してみよう。
横浜に住むおじいちゃんが、栃木に住むおじいさんを訪ねたときの話。
おじいさんは、庭の柿の木から柿を取って、おじいちゃんにふるまうところだった。おじいちゃんは、ふと気づいた。柿の木には、まだ柿の実が残っていた。
「まだ柿が残っていますよ」とおじいちゃん。
「あー、あれは、すずめの分ですよ」とおじいさん。
栃木のおじいさんには、かなわないと思ったと、おじいちゃんは話してくれた。

自分がこの相手にはかなわないと思った話を、孫に聞かせるおじいちゃんも、かなり魅力的な人でした。もう会えないけど。
また、いろんな昔話を聞きたいな。でも、おんなじ話を何回もするんだよな・・・ガーン

マイペース。批判的に使われることが多い言葉。でも、本当は、みんながそれぞれ心地よいと思うペース、スピードは、違うはず。みんなが何かをする時の心の持ち様は、違うはず。急いでやろうとするのか、急がず、着実にやろうとするのか、周りに合わせようとするのか…
子どもと接している時、つい「早く」と言ってしまう自分がいた。そんな時、「早く」と言わない子育てがあることを知った。別に、幼稚園や、学校に遅れたって、いいじゃない?慌てて行こうとして、転んでしまうより、マイペース。靴を履くのが遅くて、乗るはずの電車に遅れてもいいじゃない?予定変更、迷惑をかける相手には、電話して、謝ろう。
子どもには子どものスピード、大人には大人のスピード。同じ速さで何かできたら、ちょっと怖い子どもだ。のんびり見守る。そうしたら、なんだか子ども達も楽しそうだ。周りをよく見て、自分の気持ちに正直に向き合って、好奇心のままに、あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。
いつか、前だけ向いて、脇目も振らず、歩かなきゃいけない時が来るかもしれない。でも、その時に思い出せるといいな。ゆっくり歩くと、景色が違って見えることを。ゆっくり歩くと、いろんなものが目に入ってくることを。

たんぽぽは、ひまわりの子で、太陽のまごなんだって。
息子は、国語の時間に詩を朗読したようだ。
朝、一緒に散歩をして、たんぽぽを見つけた。ちょっと肌寒い朝だったけど、太陽のまごだと言われれば、そうなのだろう。
土曜の朝の公園は、広々と遊べて、いい。
犬の散歩に来た友だちとも一緒に遊ぶこともできた。娘は、犬を怖がった。
「犬、かわいいからほしいなー。」なんでもすぐにほしくなっちゃう息子。そんな気持ちが、少しうらやましい朝だった。




朝から、近所の公園で、子ども二人と一時間半、遊んだ。
午前中はベイサイドマリーナへ買い物。歩き回った。
昼寝。
夕方から、羽田空港へ。飛行機を見に行った。空港の中を、ぐるぐる。
結果、こんなに歩いた一日になった。
健康的。
体力つけなきゃ。
毎日、これくらい歩いたら、お腹へこむ?
毎日、これくらい歩いたら、豚扱いされない?