世の中のありとあらゆるものが様変わりし、わたしは自宅にいた。


それは一時的なものではなく、そろそろ2週間目にかかろうとしていた。

つい2週間前までやるべきことがたくさんありすぎて、家にいる滞在時間が数時間だったことがうそのようだった。


ストレスを解消するために買った文庫本の山、

通販で届いて開けていない荷物の数々、

洗濯機に入らなくなって、脱衣所に散乱している洋服、

遅く起きた朝、リビングを見渡すとひどい荒れようだった。


それは、自粛の始まりの日だった。

わたしは家の掃除をし、洗濯機を回して、ニュースを見て、遅めの朝食を食べていた。

窓の外は美しく光り輝いていて、空にはとんびが旋回していた。

誘われるようにしてラグマットをデッキに敷いて、

大きなクッションを出して、食べかけの朝食を外に持ち出した。


ハムチーズサンドとピクルス。

忘れもしない。

そのとき、冬に買ってそのままになっていたホーガーデンを一緒に飲もうと思い立ったのだ。

時間は11時過ぎ。

たまにはいいだろう、と。


日頃休まずに働いていたせいか、休日最初の日は生きている喜びを全身に感じた。

空は晴れていて、とんびはどこかへ飛んで行ってしまった。


わたしは太陽の下で冬眠から覚めたビールを飲んでいた。

5月のそよかぜが悲しみを連れ去り、喜びを連れてきた。

あまりの心地よさにそのままひなたぼっこして眠ってしまった。


起きるともう夕方になっていて、わたしの小さな宴は終わっていた。


夜はすることもなく、じっとお風呂に入っていた。

ひざを抱えたり、うつぶせになってみたり、湯船に顔をつけ、湯船の中で目を開けたりしてみたりした。

どれもそんなに楽しくなかった。

お風呂を出たら、何をすればいいのか、わからなくなった。

やるべきことはたくさんあり、でもどれもたくさんありすぎてどれから手をつければいいのか見当もつかなかった。


本を読んでもよかったし、絵も描いてもよかった。

しかし、仕事のことも考えなければならなかった。

この仕事の心配がわたしを読書やドローイングから引き離し、もの悲しい気分にさせた。

その心配や不安は、「今、お前が本当にすべきことは、本を読むことなのか?」などと聞いてくるのだ。


もちろん、今は家にいるだけで認められる時期なんだから、堂々と本を読めばよかったのだ。

しかし、わたしはひとりでその心配や不安と対峙し、真摯に心配や不安に向き合っていた。

今思えば、そんなことはすべきではなかった。


みんなのように、家で踊ったり、凝った料理を作って家にいることを楽しめばよかったのだ。

わたしが昼寝をしている間に、太陽の下で輝いていた世界はもの悲しい月夜の世界へと様変わりしていた。


冷蔵庫には世界中のさまざまなビールが眠っていた。

わたしがコツコツ出かけた先で買い集めたビールだ。

それらは薄暗い冷蔵庫の中で放置され、キンキンになっていた。

わたしはもの悲しさや退屈から逃れるために、ビールを開けた。


空に浮かんでいたのは青白い満月。

飲んでいたのはブルームーン。


次に目を覚ました時には、まっさらな新しい朝が戻っているようにと目を閉じた。

森の遠くで鳥が鳴いていた。


via 修善寺文学
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