人生が80年の場合、
20年学び、40年働き、20年休むという人生が普通で幸せな生き方だとする。
人生が100年に伸びた場合、
20年学び、40年働き、40年休むことになるのだろうか。
それが
10年学び、10年働き、80年休むことや
10年学び、10年働き、10年休み、また10年学び、さらに10年全く別の分野で働き、10年休む、そしてまた10年学び…を繰り返すことや
20年学び、10年迷い、また10年学び、さらに10年迷い…の迷いの人生
などの多様性を持ってはいけないのだろうか?
たとえば
20年学び、40年働き、40年休むがスタンダードだとして、
社会保障の問題や人手不足などの課題があって「働き」の期間を延ばそう!となった場合、
20年学び、50年働き、30年休む
が代替的なスタンダードになるような気がする。
それは例えば、70歳からしか年金がもらえなくなるようなことだ。
だけど「学び」がすきな人もいるし、
「働き」が好きな人もいる。
もちろん「休む」が好きな人もたくさんいる。
AIなんかがやってきて、
「大丈夫、あとは任せて!」となった未来、
「学び」もなくなって、「働き」もなくなって、
「学び」や「働き」がなくなるから、「休み」もなくなって、
どんな未来になるんだろう。
今、働いていてなかなか解決できない些細な事柄に手を付けられる世の中になるのだろうか。
たとえば、忙しくて作れないキャラ弁や、
面倒でついつい使ってしまう化学調味料、
うどんしか食べない子供に赤いきつねを与えてしまうこと、
そんな事柄を解決するのが「時間」である。
時間が許され、効率化が大した問題ではなくなり、
何かを自分の手で生み出したくなる。
AIがやってきた未来、人が持てあました時間を使って、
土を耕して、お米を作ったり、
土をこねて、土器を作ったり、
綿花を育てて、織物を織ったり。
また、そのお米でおにぎりを作って、
土器のお弁当箱に詰めて、
それを自分で織った布に包んでピクニックに出かけたり。
AIがやってきて、
「そのお弁当では栄養が偏ってますよ」と追加のサラダを持ってきてくれたり、
ピクニックを楽しんでいたら、「近くにイノシシがいます!」のアラートが届いたり、
そうしたらすぐにお迎えの自動運転の車がやって来て逃げたり。
そんな世の中になったらすてきだな、と思う。
それは、「学んで」や「働いて」や「休んで」などの人生ではなく、
「食べて」「生きて」「暮らしていく」の新しい生き方の提案である。