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【セルフコミュニケーション論】気付き直しの習慣論

本ブログは、複数の会社を経営、運営するし「幸せな小小小金持ち」を実践する筆者が、「人は生まれた時は皆天才!」を標榜し、ビジネス、不動産、野球、教育、人間関係など自身の興味のある分野を通して、未来を変える気付きやヒントを得て頂くための備忘録的日記です。

昨日、ブロックチェーンについての本を読みました。

ブロックチェーン・レボリューション ――ビットコインを支える技術はどのようにビジネスと経済、そして世界を変えるのか

ドン・ダブスコット著
https://www.amazon.co.jp/ブロックチェーン・レボリューション-――ビットコインを支える技術はどのようにビジネスと経済、そして世界を変えるのか-ドン・タプスコット/dp/4478069964

読んでみて、ブロックチェーンについての概念が非常に分かりやすく書かれていたのですが、そこで感じたのは、

「人の記憶や思いについても、ブロックチェーンのようにどんどん足していく事は出来ないか?」

という事でした。

ブロックチェーンは、新しい所有者の情報などを、ブロックのように箱に収め、それをどんどんと繋いでいくのだそうです。

そうすることによって、誰が所有していたかなどの情報を記録しておく事が出来、セキュリティを保つ事が可能だそうです。

このブログはセキュリティ(プライバシー)は全くありませんが、私の感じた事を常に記録しておく為の、ある種一つのブロックになっています。

将来的には、ウェラブル端末を使用して、これを自動的に記録していくような時代になるのではないか、また、そうなってほしいと感じた今日この頃でした。

今日も最高にツイてました!!
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体が資本。

これは本当にそう思います。

沢山のお金を稼いで、何をしたいのか。

どうなりたいのか。

それが大事だと思っています。


私の目標の一つに、旅行があります。

旅行をして楽しむにも、体が動かなければ、動く時よりも楽しむ事は難しいのではないかと感じてしまいます。

私は今現在、五体満足、健康そのものです。

これは両親や家族のお陰です。

但し、これから先はどうなるか分かりません。

このままの健康を長く長く続けていけるよう、もっと意識しなければならない事もあるかなと感じています。

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「人生は妄想、錯覚、思い込み、勘違い」

これは常に私の頭の中にある言葉です。

今までこれをずっと意識しているせいか、本当にそうであると実感しています。

そして更に、本気で自分がそうだと思っている(理想とする自分になっている)、周りから見れば、「勘違いしている状態」になっているのではないかと感じています。

私の傾向として、自分にとって、達成出来ないような高い目標というのは、意識せずとも、無意識下で達成出来ないと感じてしまうようで、結果的には達成できない事が多かったように思います。

ですが、達成できる目標というのは、「最初から、それが当然であるかのように感じている」所があります。

達成する事以外考えられないというか、既に達成しているというか、そういう感覚があります。

そして、そうして考えていた事は、必ず実現します。

周りから見ると、すごいと思われるような事を達成出来ても、自分ではあまりそうは思いません。

それが当然だからです。

自分の中では、始める前から達成出来ると信じて疑わないからです。当たり前だからです。

私は常に、「当たり前」の事をしてきたのみだと思っています。

ストイックだとか、真面目だとか、人に言われる事もありますが、本当にそんな事は無く、あくまで、自分にとっての当たり前を積み重ねたに過ぎません。

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昨日書かせて頂きましたが、全力投球してとにかく深い経験を積んで行きたいという姿勢で日々過ごしています。

その為には、基本的に、思い立ったら後回しは禁物です。

私は仕事の関係上、日々何かをしなければならないという事はありません。

ですので、ほぼ自分の裁量でスケジュールを決められます。

これは非常に幸運な事なのですが、放っておくと、嫌な事や面倒だと思う事については、誘われたり、やらなければならないと思っていても、断ったり後回しにきてしまいがちになります。

そうならない為にも、新しい場所に誘われたり、興味が出た事などは、意識して先に予定を入れるようにしています。

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私の人生で一番後悔することというのは、おそらく、全力投球しなかったことなのではないかと感じています。

様々なことを経験してきましたが、一応ただやった、という事と、何かを突き詰めてやってみたことでは記憶に残る内容や感覚的なことであったり、その道を同じように突き詰めた人と話をしたりした時などに生じる感覚が全く違います。

例えば、私は高校卒業まで野球をやっていましたので野球をプレーすることに関する知識は、ある程度話す事が出来ます。

ある程度、というのは、知識という意味ではなく、その場その場における細かい気づきや経験に基づく感覚のようなものです。

それは、一言で言えば、経験した人にしかわからない話と言うことです。

そして、その経験した人しかわからない話の中でも、より深く経験した人と、そうでない人はさらに話が違っています。

私は、できれば、常により深く経験した側の立場として様々な方とお話ししたいと思っています。

それを実行したいく為には、まず何よりも、淡々とそれを実行していく為の普段の行いがモノを言うと私は感じています。

その為に、より高い行動指針を掲げて自分を制御する必要もあると感じています。

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