夢の中に、洗濯機がたくさん出てきました。
ひとり暮らし用の洗濯機が20台くらい、家電売り場のようにたくさん並んでいました。
その中のひとつは私のもので、自分で選んだもので、白いありきたりのものでした。
ところがその中で、少し背が高く、ピカピカに輝いた銀色の洗濯機がありました。
それは妹のものでした。
母が選んだそうです。
私はとてもびっくりしました。
私の洗濯機は普通のものだったので、妹は私に申し訳なさそうな顔をしながらそのことを話しました。
私は驚きつつも、ああそうなの、とちょっと無関心な感じで、「妹が自分の分を洗濯するようになったら家族の洗濯が楽になるな」と心の中で思いました。
夢が覚める頃、違う場面で、グループの中の誰かが提案してゲームをしました。
どこかから帰る途中にゲームをしながら帰り、元の場所に戻ってくるのです。
くじびきでそれぞれのゲームを決めました。
私は小さなボールをドリブルしながら帰り、戻ってくるときは銀色のマスクをかぶって戻ってくるので、さらに視界が悪い、というハンデがつきます。
ところが、ほかの人たちのゲームはもっと簡単でした。
特に妹と思われる人のゲームはとても簡単で、なんだか不公平だと思いましたし、ほかの人たちも、私のゲームだけとても難しい、と思ったみたいです。
実際にはそれをしないうちに目が覚めましたが、私は夢の中で、そのことを、しょうがないなあ、と受け入れていました。
洗濯機のことも、驚いたものの、それほど気にしていませんでした。
ところが、目が覚めてから、家族のことを思い出しました。
「不公平だ・・・なぜ・・・そういえば、私と妹の結婚式は、天と地ほどの差があった。結婚式だけじゃない。あれもこれも、私と妹はとてもとても差があった・・・。それは時には、お姫様と使用人くらいの差があった・・・」
そんな過去を思い出しました。
これまでほとんど気にしなかったことですし、その「差」にはひとつひとつに理由があったし、私自身が望んだ結果がそうなっただけでした。
起きてから、そのことをじっくり考えてみたくなりました。
私は妹と差をつけられた、と無意識に思っていて、ひねているなら、この機会に感情を出し尽くしてしまい、癒しておきたい、と思ったからです。
少しの時間、考えると、小学生の頃、ある事件があり、私はそのことによって母を嫌悪し、自分と母を分離したことを思い出しました。
そのときの感情は、嫌悪感と裏切られたという感情でした。
私の感情の中では、母は父を裏切り、そのことで私の中では、それまで何の疑問も抱いていなかった父母が、分裂したのでした。
私は母を分離すると同時に、父母が分裂し、家族と切り離されてしまいました。切り離してしまいました。
私は家族を分離しました。
それから私は数年、心に暗い影をつくりました。
中学生になってから、環境が変わり、友達の多くが不幸に見え、自分が彼らに対してどうすることもできないことに絶望感を感じました。
それから、自殺願望が芽生えました。
自殺願望といっても、実際に自殺を考えるというものではなく、自殺を美化した小説をさらに美化したものでもあり、穏やかに早く死にたい、と思うようになりました。
あろうことか、そんなことを最も理解しないであろう父に話してしまいました。
父は静かに激怒していたというふうに見え、深く悲しんだというふうにも見え、切り離された、というふうにも見え、私は現実的に絶望的になり、焦りました。
「父に軽蔑された」と私は強く思い、その後ずっと、父には軽蔑され続けている、と思い込みました。
私は母を軽蔑し、父に軽蔑される、という思いを抱きながら、その後を生きてきました。
このことはきちんと考え直して訂正しておくべきことだと今感じています。
私は勝手に、両親に愛されていないと思い込み、分離したはずです。
頭ではそう理解しますが、長年そう思い込んできたようなので、実感としてうまくいかない。もどかしいです。
小学生の頃に戻ってみます。
母を軽蔑するようになったあの事件の前に、何か伏線があったんじゃないでしょうか。
・・・
私がそれまで母に対して抱いていた感情は、かわいそう、というものでした。
母は自分の境遇を理不尽に感じ、怒っていました。
母は姑と父に対して、同類の嫌悪感を感じていました。
母は私に自分の正当性を主張していました。
優越感と同時に劣等感を感じていました。
どうすることもできない、と諦めていました。
怒り、恨み、諦め、悲しみ、寂しさ、孤独感、わかってもらえない、どうすることもできない、という感情がありました。
・・・
これらは母の感情でもあるかもしれませんが、私が母に見た感情です。
ということは、自分のものです・・・。
私が家族を分離したことと何か関係があるでしょうか・・・。
どうやって癒したらいいのか、わからなくなってきました。
焦点がずれてきたかな・・・。
・・・
私は幼い頃、このように考えたり感じたりすることの、何が都合がよかったのでしょう。
メリットは何だったんでしょう。
母を思いやったり母に同情したり母を励ましたり、傍にいてあげることのメリットは、母に愛されることだったんでしょうか。
自然とそれをしていたのは、母に愛されていたため、母に愛をあげていたのではないでしょうか。
私は母に愛されていた。
そのことをもっと思い出したいです。
どんなふうに愛されていたでしょう。
母は私が生まれた頃、日記を書いていたようです。
それを見せてもらったことがあるような気がします。
赤ちゃんの誕生、赤ちゃんがとてもかわいくて、愛らしくて、というようなことだった気がします。
それが自分のことだ、という実感があまりありませんが、まさしく私のことのはずです。
少し涙が出てきます。
なぜ笑顔ではなく涙が出てくるのか。
父に愛されているという記憶がほしいです。
幼い頃の父の記憶があまりありません。
幼い頃、父は休日は、部屋にこもって本を読んだり眠っていたりしました。
私は父と父の仕事を尊敬していて、父が休むことを邪魔してはいけない、と思っていて、穏やかに父の様子を見守っていたと思います。
その頃の記憶はとても穏やかです。
穏やかで安心感があり、ふんわりほんわりしていて、夢の中のような記憶です。
それが私の安心の記憶なのでしょうか。
物事は当たり前に何の角もなく存在していました。
もっともっと思い出したいです。
私は愛されていたに違いありません。
安心感の記憶は、当たり前に愛され、受け入れられていた記憶だと思います。
人は過去の記憶を自分でつくっているように思いますが、同じ記憶をつくるなら、いい記憶をつくりたいです。
私は両親に愛されていない、という記憶ばかり定着させようとしてきたような気がします。
証拠を探してきたかもしれません。
自分で分離を選択したのでしょう。
今日できたように、愛されていた証拠を探してみる、というのもいいかもしれません。
ひとつひとつ数え上げるように思い出していくのも楽しいかもしれません。
ありがとう
愛しています
ごめんなさい
許してください
愛しています
愛しています
