60代 愛犬と暮らす 独身 の マリです。

 

50代に入った頃に

親の介護が始まったときのお話

 

父は脳梗塞と糖尿病

歩行は少しできるし

認知はある程度できる

お家の中なら手すりがあれば問題なく

生活ができていました。

 

母はアルツハイマー型の認知症

身体は至って健康でしたが

認知症が進行すると

自分でも『わすれる』ことへの恐怖

から

とにかく忘れてはダメだ

認知症とバレたら全て盗まれる

ことにとらわれる生活が始まりました。

 

娘の私にケアマネさんから

ある日連絡がきました。

 

お母さんがちょっと心配です。と…

 

母との会話は

いたって普通でした。

ちょっと被害妄想が強いけど、

まぁ、同じことを何回も言うけど…笑い泣き

けれど

私が知らない母が

私がいない時に現れる

そんな感じでした。

 

脳のMRIを撮ると

脳の真ん中あたりが

無くなってました。

 

こんなに無くなってしまっても

母は迷惑かけまいと

頑張っていたのだと

泣きそうになりました。

 

気の短い父は脳梗塞になってから

穏やかになり

ディサービスに行って楽しい

日々を過ごしてました。

 

母は自分と毎日戦い

呑気な父を貶し

かつて若い頃に父から受けたDVを

許せない気持ちが込み上げて

ボルテージの上がったっきりムキー

の状態で、

仲良くしていたご近所さんに

うちの花壇に植えた花を盗んでいったから

取り返してきた!と

泥棒呼ばわりをしてしまったり…

 

私は謝りに行くけれど

許してもらえなかったり…滝汗

 

早朝だろうと

真夜中だろうと

仕事中だろうと

電車の中だろうと

お構いなしに

母から電話がくる毎日チーン

 

はい。

私、鬱になりました〜ネガティブ

私が鬱になったお話しは

また書こうと思ってます

 

よく、本人が1番つらいんだから

とか

病気なんだから仕方ない

とか

認知症の人には

そうだね!って認めてあげる

とか

そんなの十分わかってて

しかも親ですから

見捨てられないですし

頭では、わかっています。

 

もし、介護で頑張っている人には

そんなこと言ったら絶対だめです。

自分の身を削って削って壊れそうな自分を奮い立たせて

歯を食いしばってようやく生きていますから。

 

私のメンタルキャパオーバーになりました昇天

 

自己嫌悪にもなるし

ずっと泣いてるし

お腹空かないしね

 

母も迷惑かけてごめんなさいって

言ってくれるけど

日に日にもう、穏やかな母は

いなくて

いつも鬼みたいに怒ってて

 

身体が元気だったから

要介護認定も1くらいしか

もらえず、

 

病院や施設のお金どうするのかとか煽り

調べ始めると

吐きそうになるしオエー

 

ケアマネさんに

相談しても

病院に相談しても

こんなにお金かかるのーって煽り

 

その頃は母も

ごはんが作れなくなるし

買い物に行っても

塩ばっかり買ってきちゃったりw

 

私は仕事を辞めて

毎日実家に通いました〜

自分に構う余裕もなく

鬱の薬飲みながら

涙流しながら

車も持ってなくて

自転車で1時間かけて往復の毎日でした。

 

今をせーいっぱい生きていた私でした。えーん

 

でも

もう

無理なもんは無理。

 

なんとか父、母の年金で

入れるところを探しました。

 

ごはんをちゃんと出してくれて

個室で寝れて

室温も管理してくれて

薬も管理して出してくれるところを!

 

私が施設なんて行きたくないあせると言っていた

父と母を入居させた先は

 

『サービス付き高齢者向け住宅』

 

次回はこの続きを書きたいと思います。