1978年3月末。

発売日に納車と言うことでYAMAHA SR500をおろしてから40年。

途切れ途切れながらも一度も不動車とすることなく動かし続けている2J2-101100は、

初号機(フレームNo.打刻開始100101)

から数えて丁度1000号機に当たる。

 

このいやらしい因縁に気づいたのは、

きっと長く乗るバイクかなと思った

飽きのこないトラディショナル(的)←モデルだったからに

他ならない。

 

 

永く乗ることになんの意味があるのかはわからないが

取り敢えずせっかく買ったのだからと「永く乗るために」

フューエルタンクの新品を発注し

タンクキャップも揃えた。

 

こんなことがあるのか。

スペアキーの種類が増えても仕方ない

と思っていた真新しいタンクとキャップは、

オリジナルのキーと全く同じナンバーだった。

言い換えればメーカーは、そんなにたくさんの

種類のキーを作っていないかも知れないということもある

ともかく同じキー(メインのエンジンキー)が増えた訳だ

なんて贅沢なことだろうなんて思った

これで25歳で手に入れたバイクとの縁が始まった

 

 

一台を長く乗るのは憧れだったが

いくらなんでもここまで尾をひくなど

考えもしなかったが

漠然と「大人になってもバイクから降りない」

という周りの愛すべき大人たちを知っていたせいで

・・・嘘です・・・

降りたら自分が終わっちゃうような気がして

 

 

四輪の世界では

世界中の名車を数か月ローテで乗換えることが

ビョーキのような人がいた

いわゆるカーマニア

寺の住職で

フェラーリ、アストンマーティン、マクラーレン、メルセデス、亡くなる直前に違う白いフェラーリ、アバルト595、

ディムラー等々

要するに、財力(檀家さんの)に任せて

取っ替え引っ替え

持論では車両価格の三倍以上の収入がなければ

維持なんて出来ない

それはそれで、その人なりに事情は様々で

全うできるのであれば勝手にすれば良い

要は自分とは無関係だ

 

できる人はできることをやればいい

朝起きて、シャッキリ立てれば

きっとそれはゴーサイン

 

少なくとも相棒としてこの旧いSR500に

40年も付き合えたのは

とても幸せなことなんだ

そして免許制度のせいで世間ではスケールダウン版の

SR400しか存在しない

ベースがXT500だったから500はプライドでもある

・・・・・・・・・・・・・

学校を卒業したから

大人になったから

バイクを降りる

当たり前の選択で間違ってはいない

ただ僕は乗って居たかった

それだけのこと

 

 

ちょうど今日の夜中 シンデレラタイムを過ぎると

車検が切れる

もちろん動くままだから法律違反をするなら

走らせることはできる

だけどそれは自分の選択肢ではない

 

このままとっておくけれど

次に車検を取得してロードに出る頃

自分の体力気力自分の性能が劣化しているかも知れない

腰が曲がって脚が持ち上がらなくなって

何か車輪ものに乗るなら

今度は車椅子かも知れない(笑)

 

朝起きて、シャッキリ立てれば

きっとそれはゴーサインだと思うから

モダンバイクに乗ろうと思った