今年も夏の高校野球が始まる。
野球が何より好きだった弟を思いだす。
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暇さえあれば野球の本を読みあさり、
自らも小学生から地域の野球チームに入って、4番ピッチャーをつとめた。
成長期に腕を使いすぎたためネズミができ、名のある医師にかかって大きな手術もした。
中学は体作りの期間と決め、大好きな野球ではなくあえて陸上部に入部。
家に帰ると素振り&テレビでの野球観戦を欠かさなかった。
高校野球の舞台で活躍することを真剣に夢見ていた弟。
勉強も優秀だった弟は、野球も強い進学校への入学を希望していた。
女の子のファンもいたようだ。
順調にも思えた中学生活だったが
3年生のときに、心のないクラスメイトからイジメを受けた。
弟の様子を変に思った母が「死ね」、「高校落ちろ」などの紙を弟のバッグから見つけた。
そのころから弟のなかで何か良くない物が生まれ、大きくなっていったのだと思う。
受験への気持ちが折れ、集中できなくなっていた。
そして希望していた高校に落ちた。
それでも高校野球が思い切りしたい、と
偏差値が低くても野球ができる高校を受け直そうとした。
・・・が、教育者の父親はそれを許さず、諦めきれない弟との衝突が続き、
悩みに悩んだ弟は、結局、野球をする暇がないくらい勉強を強いられる
私立の進学校への入学を決めた。
苦労して聖職の座についた父親の意見の正当さ、自分への期待・・・
繊細で優しすぎる弟の決断だった。
弟は、日々勉強に励みながらも、
中学3年で生まれた何かに心を蝕まれていた。
敏感な年頃にイジメで自信をなくし、人への恐怖心が芽生えた。
さらに長年夢を見ていた高校野球への諦め・・・
そして彼は、高校を辞めた。
くさったのではなく、
憧れのあの高校へもう一度挑戦することを決意したのだった。
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一年間猛勉強をし、見事翌年合格。
後輩と一緒に高校生活を送ることになった。
同じ時期、私は大学進学のため家を出た。
彼は憧れの野球部に入った。
これで、彼は自分への自信も夢も取り戻した。
・・・と家族は、恐らく弟もそう思っていたと思う。
でも、あの感情が消えない。
“人が怖い”。
いつしか勉強も野球もついて行けなくなっていった。
“人が怖い”。
それから弟の不登校が始まった。
自宅にこもる毎日。
調子の良いときは保健室へ。
母に連れられカウンセリングも受けた。
弟の心のケアに心を砕いていた母親は、
綺麗な花の咲く公園、山、近くの観光地など、いろんな場所に連れて行ったそうだ。
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その間、ひとりだけ朝の登校時に迎えに来てくれる、野球部の男の子がいた。
自宅からかなり遠回りをして、家まで来てくれていたそうだ。
せっかく来てくれているのに、その期待にも応えられない・・・
弟は自分を責めたことだろう。
それでもその子は、弟を慕ってくれ、
恋愛相談をしたり、東京に遊びに行ったり、ドライブに行ったり、
弟の命が消える直前まで、働きかけてくれた唯一の友だった。
T君、弟に笑顔をありがとう。
あなたのお陰で、彼は若者らしい経験ができました。
家族一同、本当に感謝の気持ちで一杯です。
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頑張りたいのに頑張れない・・・・決して甘えている訳じゃないのに・・・・。
みんな君の苦しみを心配し、力になりたいと思っていたよ。
高校の温かい協力もあったが、答えきれずにそのまま中退してしまった。
それから通信制の高校に入り、なんとか卒業。
大検をとって、浪人生活が始まった。
そのころには、
家族内で絶対的な権力を持つ存在としてあり続けた厳しい父親も、
弟の苦労を見続けたことで、自らを変えようとしていた。
長く引きこもっている人間を抱える家族ならば判ってもらえると思うが、
見た目には判らない「心の病気」は「甘え」にも見えてしまうときがあり
たまに強い態度で接してしまう。
家族だって色々あって生きている同じ人間だから…
そして後で後悔して苦しんだりする。
父親はそうやって彼と接し続けていた。
たまに帰省する私は、その変化がはっきりとわかった。
厳格だった父の、不器用ながら子供に心を寄せようと努力する態度…
母親と共に弟の事で心を砕く父の気持ちが痛いほど伝わり、苦しかった。
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そして弟は予備校に通うため、東京で一人暮らしをしたりしながら、
努力の結果、何年後かに一流大学に合格した。
家族は本当に喜んだ。
弟が、いろんな事から卒業するきっかけになるんじゃないか、と。
関西方面の大学だったので、
両親とも心配していたが、なんとか大学生活が始まった。
誰も知っている人がいない土地は、
或る意味、過去にとらわれない気楽さがあっただろう。
生まれて初めて彼女もできた。
とても美人で可愛らしい性格の女の子。
それを家族に伝えるFAXを母親が今も大事そうに保管している。
「誰かを守ろうという気持ちが芽生えました」。
生きる理由を見つけ自分も嬉しかっただろうね。
私たち家族も君の心の成長が何より嬉しかったよ。
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それでも“人が怖い”。
あの感情は収まらなかった。
半年もたたないうちに大学へ通えなくなった。
それを聞いた父親はベットの中で泣いていた、と母から聞いた。
父が泣くなんて想像できなかった。
頑張って、報われて、ダメになって、また頑張って、報われて、ダメになって・・・
その繰り返しの弟、それを応援し続け支える家族。
誰が悪い訳じゃなく、みんなで心を寄せて頑張っていたはずなのに
またダメになってしまった。
弟も20代半ばになり、これからどうやってお金を稼いで食べていくのか、現実が見えてくる。
私たちは彼の人生を支えきれるのか…
弟は、自暴自棄になってしまわないか…
自分はどうなってしまうんだろう…
家族のお荷物なんじゃないか・・・
僕がいなければ、みんな幸せなんじゃないか・・・
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弟は休学したまま実家に戻り、頑張れそうな時期はバイトをして、基本的には家にいた。
優しく可愛い、大好きな弟だったから、
私はいつも弟が心配だったし、実家に帰れば真っ先に弟の部屋にいって話した。
弟と私は似ていた。
繊細で、殻のない卵ような状態で生きている処など。
バイタリティの溢れる姉より、そんな私には話がしやすかったらしく、
いろいろ2人で話した。まじめな話から馬鹿な話まで。
弟の心は暗い森の中の底なし沼のようだった。
家族以外にあう勇気が出ない。
姉の結婚式にもやっと出て、いつの間にか家に帰ってしまった。
そんな自分を責めて責めて、でもどうしようもなくて・・・苦しかったろうね。
私は外の世界で仕入れてきたことを、弟に話して聞かせた。
外の世界と弟との架け橋になれればと思っていた。
今でも心に残っているのは、
私が失恋して実家のリビングで泣いていたとき、
音痴だからと普段は歌を歌わない弟が、私に歌ってくれた。
「人は悲しみが多いほど、人には優しくできるのだから・・・」と、
あの照れたような表情で。
失恋なんか忘れてしまうほど、嬉しかったよ。
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そして2年ほど前、彼は実家を出て東京に行くと言い出した。
「引っ越し代も稼いでないのにどうするの?」と聞くと。
バイトして稼いで、東京で仕事をするのだと。
そうやって東京で一人暮らしを始めた。
研究好きの弟は、ネットで待遇や評判などを調べ尽くして決めた会社の面接を受け、
なんと正社員として働くことになった。
でも彼のような性格の人間には向かない職業だったから、両親は大反対。
母は、弟が死へ向かっているんじゃないかと感じていたらしい。
でも彼には彼なりの人生のビジョンがあり、自分の意志を貫いた。
そんな彼に私は心からの拍手を送り、応援した。
それからまもなく彼は自らの命を絶った。
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彼の人生が悪い方向に動いた発端は、同級生からのイジメだった。
そのイジメは、その子達にとってはただの思いつき、
受験勉強からのストレス発散、だったのかもしれない。
今は28歳。どこかで生きているのだろう。
同級生をイジメたことなんてもう忘れているんじゃないだろうか。
その何気ない行為が1人の人間を死に追いやっているなんて、
思いもしないのだろう。
自分が人を殺したとは知らず、TVが伝える悲惨な事件に心を痛めているかもしれない。
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弟の部屋を片づけていたとき、何枚か新聞の切り抜きがでてきた。
2007年 夏の高校野球の県大会のトーナメント表。
赤いペンで、勝ったチームを線でなぞっていた。
この狭い部屋でひとり、どんな気持ちでなぞっていたのか。
夢だった高校野球は思い切り出来なかったけれど、
本当に大好きだったんだね。
彼の出身校が今年、甲子園に出場する。
天国で観ているだろうか。
応援しているだろうか。
今年も熱い夏が始まった。