ペットが死んだ話です。苦手な方はスルーしてください。
一昨日8月25日午前10時45分頃に、
うちの大切な家族の一員である「きりん」が死にました。
最近はすっかり写真撮影も頻繁には行っておらず、
数少ない最近の写真からこの写真を遺影にしました。
数日前まではいつも通り元気で、
元気に巣箱をガリガリ破壊している姿をムービーに納めたりもしていました。
ただちょっと気になったのが、5日前に頭と目の周りがカピカピになっていたこと。
その時は特に周りが散らかった様子もなかったので、
「何だろう?」くらいにしか思っていませんでした。
4日前になると、何となくいつもより眠たそうだなって気はして、
心なしか羽を膨らませていたような気もしました。
何となく胸騒ぎがして、一瞬「病院」という文字が頭をよぎったのですが、
でも前にも羽を膨らませて休んでいることもあったし、
割と私は何でも大げさにとらえて周りを騒がせてしまうところがあったもので
ちょっと様子を見ようと思っていました。
その翌朝。
父が先に起きていつもの放鳥時間に籠から出すと、
いつもは出窓の止まり木エリアで遊ぶはずが、
床にだまっていたそうです。
その後少し歩きだしたら躓いたので、
調子が悪いんだと思い父はきりんを籠の上まで連れていったそうな。
その後10時ごろ私が起床した時には、
籠の中であさひと仲良く止まり木に止まっていたのですが、
10時45分ごろ何となく籠を覗いたら
籠の底にうずくまっていました。
様子がおかしいと思わず籠から出して手のひらに乗せたら
いつもなら嫌がってバタバタするはずが、
少しバタつくくらいで逃げようとしない。
さすがにまずいとやっと気づき、
病院の診療時間を調べようと携帯を手にした途端、
少し痙攣した後目を開けたまま動かなくなりました。
あっという間の出来事でした。
あさひときりんが我が家で初めてのインコなので、
一日一日が初めての事続きでした。
なので勿論臨終も初めてです。
まさかこんな風に死ぬなんて思っていなかったので、
まだ時間はあると思っていたから、
外で洗車中の、一番世話していた父を呼ぶことも出来ぬまま、
母は外泊中で、
私一人で看取りました。
この日は日曜日で、たまたま前日に太鼓の出番があったことと、
相方が1週間の泊まり勤務だったので、
ちょうどこの週末だけ自宅にいる日でした。
いつもなら、魚釣りに出かけているので、
別の週なら、誰にも看取られることないまま死んでいたかもしれません。
仮に自宅にいても、休日はお昼近くまで寝貯めしていることもしょっちゅうなので、
たまたま10時頃起きたから看取ることができたし、
たまたま籠を覗いたから手のひらに乗せることができました。
でも、セキセイインコの平均寿命は7~8年と聞いていたので、
正直まだまだこれからだと思って、これからもしばらく一緒にいれることが当たり前だと思っていたので、
私にとってはあまりにも突然の死なのでショックが大きいです。
ただ、ドアに挟まったとか、外に逃げてカラスにやられたとか、
そんな最期ではなかったので、
その点は気持ちは楽ですが、
でもやっぱり、4日前の時点で病院に連れて行けば良かったという後悔が拭いきれません。
結局、当日はあの状況では病院に連れて行っても手遅れだっただろうし、
病院に連れていく途中で息絶えていたかもしれないし、
そもそも日曜日なので病院はお休みでした。
だからこそ尚更、4日前なら・・・って思ってしまいます。
もしかしたら2日でも3日でも長く生きていられたかもしれない、そう思えてなりません。
また、残されたあさひがきりんが死んで2時間くらい経った頃から
どうやら異変に気付いたらしく、
やたらと呼び鳴きをして、籠から出したらきりんを探すかのように飛び回っていました。
最初は私たちがきりんを隠したと思ったみたいで怒って噛みついたりもしました。
そんな姿を見ていると、あさひの大事な相棒を奪ってしまったんだと言葉にならない想いが込み上げて来ます。
25日は、お通夜をしました。
祭壇を作って、棺代わりにタッパーにきりんを入れて、保冷材で冷やしながら。
遺影とお供えの大好きだったオーツ麦の餌ときりんにそっくりな花を供えて。
夜は線香番(神道なので厳密にはろうそく)を徹夜でしました。
翌朝は祝詞を唱え、いつも遊んでいた出窓でお日様の光を浴びせ、あさひと遊ばせてから
紙の箱に水を含ませたティッシュと少しの餌と花を沢山添えて、
11時に家の裏に埋葬しました。
あさひも虫かごに入れて連れて行きました。
箱には戒名にあたる諡号(おくりな)を書きました。
4歳5ヵ月・・人間で言えば大体37歳なので、
「大家麒麟郎男命」というのが諡号です。
石で墓石も作りました。
最後にきりんとあさひを遊ばせていた時の事。
きりんが死んでから一生懸命きりんを探しまわるものの、
きりんの亡き骸を近付けても気付かなかったり、嫌がるあさひ。
それでも、
あさひを放鳥している時に
きりんをソファーの上で掴んで撫でていたら、
いつものようにあさひがきりんを助けに私の手に飛び乗って来ました。
その瞬間私は滝のように泣き崩れました。
私はよく可愛さのあまり、嫌がるあさひやきりんを捕まえては撫でて噛まれて逃げられてなんてことをしていたのですが、
きりんを撫でていると必ずあさひが助けにやって来ていました。
きりんのこと見つけてくれたという嬉しさと、
もうこんなことも出来なくなるんだと言う悲しさで何とも言えない気持ちになりました。
その後飛んでいったあさひにもう一度きりんを近付けると今度はいつものようにくちばしで毛づくろいしてくれました。
そして11時に庭に埋葬しました。
お花を敷き詰めて箱を閉めるとき、何度も躊躇いました。
箱を掘った穴に入れて土をかぶせるとき、何度も目の前がかすみました。
あさひも、少しずつ状況を理解してきたようですが、
以前にも増して呼び鳴きが多くなり、
今でも籠の中ではきりんがいたころの定位置、右の端っこに止まっています。
死んで2日目になる昨日の朝の放鳥時には、
いつも追いかけっこをしている相棒がいないせいか、
どう遊んだらよいのか分からないような状態に見えました。
3日目の今日になると少し慣れて来たようです。
私はというと、気持ちの浮き沈みを繰り返している状況です。
父には「あまり引きずるときーが安心して旅立てなくなるからあまり引きずるな」と言われているのですが、
どうしても悲しみから抜け出せず、陰でひっそりと思い出しては泣いています。
今日も久しぶりにジムに行きましたが、
自転車こぎながら泣いて、ストレッチしながら泣いて、そんな状況でした。
インターネットでも飼い主が泣いていたら死んだ動物も一緒に悲しんでいつまでも自由に飛び回れないと載っていたのですが、
分かっていてもなかなか前向きな気持ちに持っていくことができません。
頭では分かっているつもりでも、やっぱり籠を見るときりんの姿がうっすら見えてしまうし、
止まり木であさひが遊んでいるのを見ると、一緒になってきりんがいる姿を想像してしまいます。
戻って来ないのは分かっていても、
どうにかしたら時間を巻き戻すことが出来るんじゃないか、とか
ひょこっと生き返ったりするんじゃないか、とか
あり得ないことを本気で願っている自分がいます。
元々、自衛隊時代に病気を患って休職して実家に戻るとなった私が、
昼間共働きで誰もいない家に一人でいることが何より危険だから犬でも飼いたいと言ったことがきっかけで
うちにやってきたあさひときりん。
当初は1羽だけ飼う予定でしたが、
家族4人で隣町のペットショップに行った時、
小さな虫かごに小さな2羽の雛が仲良くおさまっていました。
悩みに悩んだ挙句、この2羽を引き離すことができないと満場一致で2羽とも連れ帰ることに。
店主が移動中も離れたら可哀そうだからって、1羽用の紙箱に無理矢理ぎゅうぎゅう詰めで2羽を入れたっけ。
さすがにそれはそっちの方が可哀そうだった笑。
その後初めてかごを買って、餌を買って、かごに入れて、
名前はひらがなが良いという父のリクエストに悩み悩んだ私は
たまたまCMで流れたアサヒビールからあさひときりんと言う名を思いつき命名した。
来た時はこんなに小さかったんだなぁ。
それから4年半。
なかなか手懐けれなくて放鳥からかごに戻すまで2時間かかって、
困り果てて羽を切ったこともありました。
先に人間(特に父)に懐いたのはきりんで、
人一倍やきもちやきのきりんは、鏡つきのおもちゃも一人占めしたがりあさひと喧嘩したり。
仕方なくそのおもちゃは捨てました。
いつからか噛み癖が凄くなり、
暇さえあれば餌を食べてるあさひに比べ、
暇さえあればかごに取りつけた巣箱を削って口ばしを鍛えていたきりん。
噛まれると指に穴があきました。
餌を食べるのが器用で、
皮つき餌は餌入れの淵に置かないと皮をむいて食べれないあさひに比べ、
離れたところで口ばしだけで皮をむいて食べることができたきりん。
きっとあさひに餌入れを独占されるから見つけた技なんでしょう。
そのせいかぶくぶく成長するあさひに比べきりんは割と華奢でした。
でも、止まり木を鉄棒代わりに1回転したり、なかなかアクロバットな子でした。
よく毎朝お父さんと一緒に新聞を読んで、
新聞の橋を綱渡りのように歩いて邪魔してお父さんに怒られてたな。
ずる賢いところもあったから、よくあさひをだしにしてたりもした。
たった4年半だけど思い返せば沢山思い出が溢れて来ます。
本で色々と勉強はしていたつもりでしたが、
経験が足りなかったみたいです。
助けてあげられなかったことが本当に申し訳なく思います。
幸いあさひは元気そうなので、きりんの分もこれからは沢山可愛がりたいのですが、
でもやっぱり、私の中では「あさひときりん」なんです。
きりんありきのあさひだし、あさひありきのきりん。
あさひもそんな気持ちなのか、きりんがいなくなってから私たちを警戒するようになりました。
でも前はしなかったきりんみたいな噛み方や、きりんのように忍者みたいな動きをするようになりました。
きりんが乗り移ったのかな?
とにかく、気持ちが前向きになりそうになっては落ち込んで・・そんな繰り返しです。
戻って来て欲しいと願えば戻ってくるのではと本気で思っちゃっています。
そんなわけないのに。
どうも受け入れられずにいます。
ただ、賛否両論あるかと思いますが、
私に出来る事と言えばと思って人間と同様に最大限の供養をしました。
羽とラミネートで霊璽(位牌)まで作ったくらいにして。
完全自己満足ですが、今はその供養が私の精神バランスを保てている状況です。
仏教では輪廻転生をよく聞きますが、
神道では死は現世での役目を終えて元の神様の状態に戻り守護霊となることだそうです。
今まで現世で私たちを癒してくれたように、
そして4年前私を生かしてくれたように、
これからは天国で私たちを守ってくれると信じて、
「きりんは神様になったんだ」って思っています。
なんて心強い神様なんだろう。
父と母は「今頃会う人会う人に噛みついてるさ」なんて笑っていましたが笑。
それでも良いです。
天国で元気に飛び回って、
思う存分沢山餌を食べていて欲しいなと願うばかりです。
とはいえ、ぐるぐると悲しみが巡り巡っている状態はやっぱり抜け出せません。
なるべく今まで通り普通の生活を送れるように努力はしますが、
ダイエットとブログ更新、本当にスローペースになることもあるかもしれません。
でも早く立ち直るのがきりんにとって一番良い事だとは思っています。
また少しずつダイエットも頑張りますので(現在1.9kgリバウンド・・)
どうぞよろしくお願いいたします。
~きーちゃんへ~
元気にしていますか。沢山ごはん食べれていますか。
こちらはきーちゃんがいなくなって、やっぱり寂しいです。
いつからか分からないけれど、ずっと辛いの苦しいの我慢していたんだよね。
気付いてあげられなくて本当にごめんなさい。
きーはいつも元気だったし、拾い食いもしないし、運動も良くするから、
きーなら大丈夫って思っていました。
それに人間は割と痩せ型の方が健康だから、
きーもてっきりそうだと思っていました。
それくらい私はきーとあさひのこと人間だと、家族だと思っていました。
でもそのはき違えがきーに辛い思いをさせてしまったのですよね。
本当にごめんなさい。
何の病気にかかってしまったのか、
きーはどうして噛むのか、
どうしていつも巣箱を破壊するのか、
聞きたい事教えて欲しい事沢山あります。
破壊していた巣箱、まだちょっと残っています。やりかけになっています。
天国で落ち着いたらたまに続きをやりに帰って来てくださいね。
あさひも寂しいみたいで、しばらくはきーのこと探しまわっていました。
今でも良く呼んでいます。私たちが返事をして近寄っても呼ぶくらいだから、
やっぱりあさひはきーを呼んでいるんだと思います。
たまに相手しに帰って来てあげてくださいね。
けれど、またいつものようにご飯を沢山食べるようになったので、
心配はいりません。
肥満防止にちょっと餌を少なくしてやりました。
それでも頭をつっこんでがっついています。
あさひもあさひであさひなりに気持ちの整理をつけているんだと思います。
私より大人です。
まずはしっかり天国で羽を伸ばして、ゆっくり休んでくださいね。
辛い中、私の手のひらで眠ってくれて本当にありがとう。
私なんかが最期で良かったのかなって思いますが、私は嬉しかったです。
突然の事で、大好きなお父さんを呼んであげられなかったことが反省です。
本当にごめんなさい。
それから可愛さのあまり、お通夜から埋葬までの間何度も何度も撫で回してごめんなさい。
もう私の手も届かないので、安心してくださいね。
短い間となってしまいましたが、本当にありがとう。
しばらくの間は毎日お墓に顔出すと思うけど、
しょうがないなぁくらいで勘弁して下さい。
ちょくちょくめそめそするけれど、あまり気にしないでください。
きっと時間をかけて前向きになります。
気付くのが遅くて1日空いてしまったけど、明日から50日祭まではちゃんとご飯とお水用意します。
明日はちょっと多めに用意しますね。
10日祭、20日祭、30日祭もさせてくださいね。
沢山癒してくれて、助けてくれて本当にありがとう。
あなたは私の命の恩人です。
これからも空から見守ってくれると嬉しいです。
お父さんもまだまだ大変です。今ちょうどくじけそうです。
きーが全て持って行ってくれたと信じているみたいです。
どうか守ってやってください。
本当にありがとう。
一日も早く虹の橋を一緒に渡れるように頑張るから、
それまでちょっとばかし時間をください。
また会う日まで。



