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ビニール傘 有!購入@日本

ビニール傘 [編集]
近年では中棒(中軸)や各骨を最小限の強度を満たすだけの素材で構成し、傘布にビニールシートを使った「ビニール傘」が廉価で販売される例が定着しており、使い捨て傘として広く認知されている。
また、東京ヤクルトスワローズの熱心な応援団は、自軍の安打でチャンスが拡がったり得点が入った際、青・緑・ピンクなどのビニール傘を広げて自軍の応援歌東京音頭を合唱するのを好む。
ビニール傘の歴史 [編集]
古く江戸幕府御用達であった傘問屋の武田長五郎商店を前身とする東京都台東区田原町の老舗傘メーカーホワイトローズ株式会社の社長だった須藤三男が、1940年代後半にテーブルクロスの形状にヒントを得て、当時色落ちに悩まされた綿張りの傘にかぶせるビニールクロスを開発したのが発祥である。当初は「傘にカバーを被せる」という奇抜な発想だったが、当時傘布の色落ちに悩むユーザーは多く、相当な人気を博した。さらに同社が改良を加え、透明なビニール材そのものを傘布に使った現在の「ビニール傘」の原型となる製品を開発したが、納入予定先の大手商社との商談も不調で販路に窮し、当時のビニール傘は価格も高価だったこともあって発売当初は需要を伸ばせなかった。やむなく当時の小売繁華街だった上野から銀座の路面店に移り、店頭委託販売営業を積極的に展開すると、キー局のテレビ番組で「銀座では中が透ける傘が流行しているらしい」と紹介され、その知名度は全国区となった[9]。
その後はホワイトローズにとどまらず、多数の傘メーカーで大量生産が行われ低廉化がはかられると、ビニール傘は「便利で安価な傘」と認識され、特に1970年代から1980年代以降には著しい需要の拡大を見せた。それでも1980年代前半の国内の洋傘総生産量は4000万本程度で、ビニール傘のシェアもこの内の20%程度だった。その後は安価な輸入品にシェアを蚕食されてゆき、1987年には輸入品が国産品を逆転した。
バブル崩壊を受け、安価な製品ニーズがさらに高まり、2000年代になると、仕入れ価格の優位性から、ビニール傘製品の95%以上を中国製の輸入品が占めるようになり、日本国内でさらに安価な小売価格で販売されるようになることで年々需要が逓増し、日本国内におけるビニール傘製品の販売数は2004年に4000万本、2006年に6000万本を超え、以後は毎年6000-7000万本と横ばいとなって現在に至っている。日本国内における傘製品の年間総販売本数は、長年1億-1億3000万本で推移しており傘製品全体の需要はさほど伸びていないが、その中で現代の中国製ビニール傘は、傘製品内のシェア50-60%を誇る分野となっている。
近年では、納入先である日本側の各社の低価格納入ニーズが厳しくなるにつれ、受注する中国企業側も、人件費・用地や設備維持費などが上昇してきた中国沿岸部の能力の高い工場から、人件費・維持費が非常に安価だが製造技術や運営状況が充分とはいえない内陸部の工場へ発注せざるを得なくなった。このため、最近の日本国内で100円程度で販売されているビニール傘は非常に品質信頼性が低いとされている。現在では中国沿岸部の工場は、中棒や傘布がしっかりとした製品や、ビニール傘でも厚手のビニール材を用いた65-75㎝径の大型製品などの製造に特化しており、こちらは日本国内でも600円から数千円程度で販売されている。いずれにしても、現代日本の傘市場においては、2006年の国内生産量は159万本にすぎず以降も横ばいで、2008年の洋傘輸入量が1億2900 万本に達しその99%を占める中国製品に比較すると圧倒的に劣勢であり、現状はビニール傘にとどまらず、傘製品のほとんどを中国製品の輸入に頼らざるを得ない状況となっている。
またビニール傘は、現在では身近な店舗でどこでも安価に購入・手当できるため、特に若年層を中心として、高降水確率の日以外は外出時に傘を携帯しない傾向が定着し、従来は低降水確率の日の定番携帯用製品であった折畳み傘のシェアを引下げている。
また、ホワイトローズ社は、純度が高く透明性の高い厚手ビニール材を用い、中棒・各骨に細かい加工を施し、手元に精巧なフェイクバンブーを用いた、親骨10本組み65㎝径の高級ビニール傘(商標名「カテール(「勝てる」をイメージして命名」)も製造している。これは4000円程度と高価なビニール傘であるにもかかわらず、選挙運動の際の雨よけを目的とする縁起物として、主に自民党や民主党各候補の議員秘書や運動員が選挙のたびにホワイトローズ社まで買付けに訪れるなど、開発当初から一定の需要を持つ。
特徴 [編集]


犬用のビニール傘
ビニール傘の長所としては、価格が安いということが挙げられる。ビニール傘は身近な100円ショップやコンビニエンスストア、駅売店などで広く非常に安価で買えるため、不意の降水にすぐに対処できる。そのため、使い捨ての傘として扱うことができ、不注意で置き忘れて紛失しても精神的なダメージがほとんどない。
また、視認性の高さも長所である。透明なビニールを傘布に使っているため、強風時の歩行などに際して傘を前に傾けても視界が遮られず、前から接近する人や物を視認できる。この視認性から、安全面を重視して児童に持たせたり、TVの屋外中継の際にレポーターやタレントが使うこともある。
一方、ビニール傘は上ロクロと陣笠が一体成型、親骨も多くて8本、中には6本の製品もあるほか、露先がはめ込み式で傘布やダボ布も縫い込みではなく高温溶解圧着であることなど、簡易に構成された構造を持っているため、本格的な傘製品に比較すると非常に脆弱である。特に、各骨の変形、露先の破損、傘布(カバー)の剥落を起こしやすく、内側から強風を受けると容易に破損する。100円ショップでナイロン傘や折りたたみ傘が売られ始めた時期は、さらに低価格化しない限り駆逐されていく懸念もあったが、現在この動きは止まっており、100円のナイロン傘や折りたたみ傘は見かけにくくなっている。
また、ビニール傘は分解が困難であるという短所もある。高級傘は、強力に接合されている手元(ハンドル)と中棒(中軸)こそ分解困難であるものの、その他の部分は分解可能であり、修理や廃棄時の分別が容易である。これに対し、ビニール傘のほとんどは上ロクロから陣笠にかけても強力な接着剤で固定されていて分解修理が不能であり、廃棄時の分解分別も困難なので、ビニール傘はそのままの形状で使い捨てられることがほとんどである。また、スチール部品である各骨の形状なども複雑で、ゴミ処理施設の金属分別過程や焼却過程でしばしばゴミ処理機器を詰まらせて処理ラインを停止させる要因ともなっており、各自治体とも金属部品の再利用や樹脂部品の焼却処理は行わずに殆どを無処理で埋立処理しており、環境に悪影響を与えるやっかいな廃棄物と捉えられている。
現代日本における傘 [編集]



雪の道を傘を差し自転車で道行く人(大阪)
19世紀後半頃からは、日本においても洋傘が普及しはじめたが、まだまだ庶民の用具とは言えない状況であった。第二次世界大戦後には、著しい速度で生活が洋風化し、またメーカーの商品開発によって防水性の高い化学繊維が傘生地に用いられる、大量生産による価格の廉価化が進むと、昭和時代中期には、洋傘が和傘の生産量を上回るようになった。現代では、単に「傘」と呼称した場合には主に洋傘(こうもり傘)を指すようになっている。
昭和時代中盤頃までは、手作り製品や高級傘は高価な用具であるという認識が依然存在しており、傘の修理を行う店舗・職人も多く存在していたが、現代においては安価な外国製品の台頭により、傘を修理して永年愛用するという消費者意識は僅少となっている。ただ、現代でも自身の趣味やステータスの象徴として、オーダーメード製品やブランド品などの高価な傘を愛用する層も存在する。また、日本メーカー製の傘であれば、国内の専門店や専門店が保有する部品の整合性から充分修理サービスを受けることも可能であり、海外からの低価格攻勢と文化侵害に打ち克つ「差異化」の手段のひとつとして、アフターマーケットの充実が着目されるケースも見られる。
近年では気象予報の精度が正確化したため、あらかじめ雨天を予測して外出時に傘を携帯する人が多い。また、傘をテーブルなどに立て置きする場合などを想定した傘ストッパーや傘ストラップなどのいわゆる便利商品も販売されている。ただ、高級製品に良く見られる天然材木・天然竹材の「焼曲げ加工」を施したハンドルを装備した製品の場合には、ハンドルの先を支点としてテーブル端などに掛けると、曲げが戻るいわゆる「あくび現象」をもたらして造形を損なう要因となる場合も見られるので、取扱いに注意を要する。
公共施設や商業施設などでは雨天の日に来場者が濡れたままの傘を建物内に持ち込むことで床面が水浸しになってしまうことを防ぐため、入り口などに傘袋(アンブレラバッグ)が用意されていることもある。
現代の日本においては、雨天があがり雨傘が不要となるとその存在が忘れられてしまう事が多く、交通機関などの公衆の場面における忘れ物として、常に上位に位置している。また、傘を複数所有し、急な降水に備えるために、自宅はもちろん会社や学校など頻繁に訪れる場所に手持ちの傘を備えておく習慣が生まれ、「置き傘」と呼ばれるようになった。交通機関などの駅などでは無料または低価格で傘を貸し出す「貸し傘」も存在し、傘の表面に入れた広告による収入などを原資として運営されるケースも見られるが、傘を貴重品と考えない人がほとんどとなっている現代においては、貸し出された傘をそのまま自宅や勤務先・学校の置き傘に転用したり、別の場所に置き忘れるなどして貸出先に返却しない例も多く見られ、その返却率の悪さから「貸し傘」の運営が廃止されることも多い。逆に、急な降水で購入したものの、自分の所有する傘が大量であり持帰っても不要であるという意識から、購入した広告などが入っていない商業製品である安価な傘を、交通機関の駅の改札口付近やバス停付近の柵などに掛けて寄贈(悪く言えば所有物遺棄)して帰る人も多く、各人の好意による自然発生的な貸し傘コーナーが発生している例も散見される。
文化・比喩的用法 [編集]

相合傘 [編集]
「あいあい傘」は、この項目へ転送されています。テゴマスのシングルについては「アイアイ傘」をご覧ください。


『雪中相合傘』鈴木春信


『荷宝蔵壁のむだ書』歌川国芳。落書きの中に相合傘がみられる。
二人で一つの傘を共有する行為・態様を、相合い傘(あいあいがさ、合い合い傘、相々傘とも表記)、相傘(あいがさ)、最合い傘(もあいがさ、もやいがさ)という。なにか一つのものを複数人で共用、共有すること、またその様をあらわすことばである「相合」と、「傘」を組合せ、傘を共にするさまを表している。連声して、東京地方や愛知県では、「あいやいがさ」とも発音される。東京式アクセントでは、「か」(か゜)にアクセントを、京阪式アクセントでは二つ目の「い」にアクセントをつける。また、相合傘の別称、もやいがさ(最合い傘)のもやい(催合、最合、持相、摸合、諸合)は、「共有する」、「持ち合う」を意味するハ行四段活用動詞、もやう(催合う)の連用形、名詞化したことばで、何か物事を人と一緒にとり行うことをいう。つまり、催合は、相合と、大体同じ意味であると考えてよい。
雨に濡れないよう互いに肩を寄せあう情景から、しばしば二人が恋愛関係であることを暗示する。また、1920年(大正9年)に発行された『日本大辞典:言泉』(落合直文著、芳賀矢一改修、大倉書店刊)によれば、俚言、俗語として、男女間の情交もさすとしている。男女が行う場合は、身長が女性より高いであろう男性が傘を持ち構える。さらには、雨にぬれるのを厭わず傘を持っていない方の肩を傘から出すことによって、二人で使うには窮屈な傘に場所をつくり、女が雨にうたれてしまうのを避ける、という場面は物語や映画などでよく見られる。前途の川柳の中には、女性側も気を使い、結果両名とも肩を濡らす情景を詠んだものもある。恋愛を主題にした物語においては、恋愛のステップを描く道具として、様々な状況で相合い傘は盛んに使われる。
文学作品 [編集]
江戸時代以降の文学作品では、二人の異性の親密さを表現する言葉として「相合傘」を用いる用法が多く見られる。以下にその例を挙げる。
江戸時代の川柳や浄瑠璃に、相合傘の表現が見られる。近松門左衛門が1721年(享保6年)に著した『津国女夫池』では「君と淀とが。相合笠の袖と袖。」と表現されている。滑稽本の、式亭三馬著作『浮世風呂』においては、「夫婦とおぼしき者、相合傘(アヒヤイガサ)で、しかも欣然として通る」と表現されている。また、異性と親密になるきっかけとして相合い傘を持ちかける川柳なども散見される[10]。
林不忘の『寛永相合傘』においては、斬り合い共に果てた甚吾と十郎兵衛を指してタイトルに「相合傘」を用いている[11]。
並木五瓶が1807年(文化4年)に著した『俳諧通言』では、「相合傘(アイヤイガサ)是は落書にて女郎芸子の色男と二人りの名を仇書にして傍輩の芸子女郎色事をそやすなり」という表現が見られる。
夏目漱石が1907年(明治40年)に著した『虞美人草』には、白墨で電信柱に書かれた相々傘(アヒアヒガサ)の落書が見られる。
永井荷風の1909年(明治42年)の作品『すみだ川』にも板塀や土蔵の壁に書かれた相々傘(アヒアヒガサ)の落書がでてくる場面が見られ、男女仲を囃すための用法として、あるいは意中の異性との恋愛成就を願う手法としてあえて他者の目に付くように当事者が描くものとして表現されている。
島崎藤村の『千曲川のスケッチ』においては、相合傘を「意気(「粋」の意)なもの」と好意的に評している[12]。
その他 [編集]


相合傘の落書き例
注:具体的な個人名を指しているわけではない。
相合傘は絵や落書きでもしばしば表現される。二等辺三角形の下に直線をおろした簡単な傘を描き、直線を柄に見立ててその両側に2人の名前を記したものである。直線は三角形の底辺から引き、三角形を割らない場合と、一番上の頂点から引き、三角形を割る場合の2種類がある。一番上の頂点にハートマークをつけることもある。この落書きは大体、カップルに対する揶揄を狙って書かれる。
また、高知県の郷土玩具に「相合傘人形」というものがある。これは、張り子製のひと組の男女が相合い傘でちょうちんを持って立っている首ふり人形で、江戸時代中期にあった恋物語に取材したという。児童むけの玩具としていささか不向きであるともされる。
故事成語 [編集]
降らぬ先の傘
破れ傘は日和傘 - 暈の中に星が見えると翌日は晴れるという意味
春の夕焼け傘を持て、秋の夕焼け鎌を研げ
古典 [編集]
傘回し - 大神楽の技の一つ。
民俗・伝承 [編集]
傘寿 - 80歳。傘の略字「仐」を分解すると八十になる事から。
からかさ小僧 - 「からかさお化け」ともいわれ、一般には、一つ目に一本足、赤い大きな舌という姿で、古い和傘が化けた物とされる妖怪・付憑神(つくもがみ)の1つ。
比喩表現 [編集]
雨傘番組 - テレビ・ラジオ等で放送予定のイベントが雨天等の理由により中止・順延した際、当該時間帯に代替番組として放送するために収録された番組。
キノコの傘 - 真菌類(キノコ類)の子実体の形状が傘を想像させることから。
核の傘 - 核兵器保有国が非保有国との間で軍事同盟を結び、核保有国のもつ被攻撃抑止力効果を、非保有国にまで及ぼすこと。 その形態が、抑止力を持つ核兵器保有国が非保有国に傘を差しだしているイメージを想像させることから。
日傘効果 - 雲が日光を遮ることにより、地球の気温が下がること。雲を日傘に例えている。
ヤブレガサ - キク科の植物(学名はSyneilesis palmata)
中國では,文化水準の高い江南地方で、傘を親しい人に送ったり、めでたい日に贈ることを、禁忌する。これは、中国語で、傘(san3)と離散の散(san3)が同じ音であるためである。
イタリア等の地中海沿岸地方の国々では、室内で傘をさすのは不幸を呼び込むと考えており、傘の色柄を見る時でさえ、屋外に出てさすことが好まれる。
忌日 [編集]
傘雨忌 - 小説家・劇作家・俳人・演出家久保田万太郎の忌日
楽曲 [編集]


傘をさす婦人。ロンドンにて。
「相合傘」(aiko)
「あいあい傘」(石川さゆり)
「相合傘」(ジッタリン・ジン)
「赤いアンブレラ」(もんた&ブラザーズ)
「雨に咲く傘の花」(欧陽菲菲)
「雨傘」(TOKIO)
「アンブレラ」(アンダーグラフ)
「アンブレラ」(コブクロ)
「umbrella」(Dir en grey)
「アンブレラ」(TRICERATOPS)
「umbrella」(YUI)
「Umbrella」(Rihanna)
「アンブレラ・エンジェル」(おニャン子クラブ)
「傘」(竹仲絵里)
「傘がない」(井上陽水)
「傘クラゲ」(レミオロメン)
「傘の下の君に告ぐ」(Mr.Children)
「傘拍子」(RADWIMPS)
「悲しみの傘」(ゆず)
「この傘をたためば」(槇原敬之)
「白いアンブレラ」(山下達郎)
「日傘 ~japanese beauty~」(MY LITTLE LOVER)
「ふたり傘」(石原詢子)
「破れ傘」(谷山浩子)
「破れた傘にくちづけを」(斉藤和義)
「雪傘」(工藤静香)
「相合傘」(岡本玲)