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日本人の精神の象徴 [編集]


桜の咲く靖国神社境内
ぱっと花を咲かせた後、散ってゆく桜の儚さや潔さが非常に好まれている。
古くから桜は諸行無常といった感覚にたとえられており、ぱっと咲き、さっと散る姿ははかない人生を投影する対象となった。
江戸時代の国学者、本居宣長は「敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花」と詠み、桜が「もののあはれ」などと基調とする日本人の精神具体的な例えとみなした。また、潔よさを人の模範と見て、江戸時代以降しばしば武士道のたとえにされてきた。ただし、そのようにすぐに花が散ってしまう様は、家が長続きしないという想像を抱かせたため、意外と桜を家紋とした武家は少ない。
明治時代に新渡戸稲造が著した『武士道』では「武士道(シヴァリー)とは日本の象徴たる桜の花のようなもの」と冒頭に記している。武士道的な美徳を重視した旧日本軍では、潔く散る桜が自己犠牲のシンボルとして多用された(特攻機桜花など)。たとえば「花(華)と散る」という言葉は戦死や殉職の暗喩である。同期の桜の歌も戦中非常に良く歌われた。
現在でも、桜は日本人の精神を象徴するものして良く取り上げられる。ウェザーニュースの調査では日本人のおよそ8割が桜をとても好きと答えた[19]。咲いている様の美しさはもちろん、花を咲かすためのみに持てる全ての力を使う生命力の強さに惹かれること、咲いてから散るまでの移ろい行く様に人生や一期一会、幸福、恋愛などを投影すること、咲き終えた後には潔く散る姿を美しいと考えること、そしてこれらを自らに当てはめることは日本人にとって稀ではない[4]。春が日本では年度の変わり目であり、出会いと別れの時期であることもこれらの要因を引き立てている。また近年では、散ることをただ惜しむだけではなく、ひらひらと散る桜を精一杯さいた勲章のようにいうことも多い。現代の歌や文学にもこれらの象徴として多く取り上げられている。また、警察官および自衛官の階級章は、他国なら星形を使うべき所を桜花で表している。これらの職種は国民の生命と財産を守るために命を投げ打つと宣誓しているためである。自衛隊の旗でも、陸海空を問わず、旭日と並んで桜の花を使用した旗は数多い。
日本では桜を外国との友好のために贈ることがある[20][21][22]。また、樹木医が海外に送られたこともある[23]。
サクラの開花予想 [編集]
詳細は「桜前線」を参照


桜前線。気象庁が2007年(平成19年)3月14日に発表した2007年の予想図。
サクラの開花予想は、代表的な地点での開花が予想される日と、予想日を地図上の等値線で結んだ図(この図は一般に「桜前線」と呼ばれる)が知られている。2009年まで気象庁がサクラの開花予想を発表していたが、2010年以降は開花予想を行わなくなった[24]。ただし、開花や満開の観測は引き続き行っている。一方で、それ以前から民間気象会社も複数社が独自の開花予想を行っており、2010年以降はこれらの会社の予想が使われている。
気象庁では各地で特定のサクラを標本木として定めて職員の目視による観測を行っている。標本木は南西諸島や北海道の大部分を除いてソメイヨシノである。標本木の蕾が5–6輪ほころびると、開花したことが発表される。これをマスコミでは「開花宣言」と呼ぶことがある。標本木全体の80%以上のつぼみが開くと、満開となったことが発表される。
平成21年まで気象庁が行っていた予想方法は、各地点の冬期の気温経過や春期の気温予想等を考慮した各種計算を経て、標本木に対して開花予想日を決定していた。民間気象会社の予想方法も概ねこれに近いが、独自の手法を採り入れて行っているものもある。
気象庁が定める東京のサクラの標本木は、靖国神社境内にある特定のソメイヨシノであるが、その樹木がどれであるかは、公開されていない。近年では、サクラの開花については特にマスコミの注目を集める傾向にあり、開花の時期になると、東京管区気象台の職員が観測する風景を、複数のマスコミが取材に訪れる様子がしばしば見られる。
樹木全体から見た開花具合によって咲き始め、三分咲き、五分咲き、七分咲き、満開、散り始めなどと刻一刻と報道される。このように木々の様子を逐一報道することは、世界から見ても珍しい例である。