「ゆれない心」

「自分軸」

「中庸」


これにとらわれている人は


ゆれるた時に

「ゆれる私はだめだ」


他人軸だった時に

「他人軸の私はだめだ」


中庸で居られなかった時に

「ネガティブな私はだめだ」


と、自分を責める。


心はゆれ、他人軸にもなり、偏るのが自然だと私は思います。


そうなることで自己を知り、

体験となるのではないかと思います。


木々も草も風がふくと揺れているのを見て、そう思います。


これが揺れすぎて枝が折れすぎて幹が折れたり根が腐るようなら、

そこに氣が付く方がいいと思います。


少しずつ揺れていたのが、本人も気が付かないくらいの揺れになっているものです。


少しずつ腐ったのが、本人が気が付かないうちに取り返しがつかないくらい腐っていたりする。


それは自分では気が付けないんだから、


外側と接することで気が付くんです。


二宮整体は無病を良しとしていません。


しっかり症状を出して命を守り、


熱が出たら「よかったね」と言い、タンが出たら「よくやった」と言う。


風邪も、無事に経過することで免疫も強くなる。


ゆれたり、偏ったりしても無事に経験し、元氣に戻ることで、

深く豊かな人生になるのではないでしょうか。