【私がウニになるまで】1はこちら
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ここから先こそ《告白》になるのではないでしょうか。
4歳でジャズダンスを習い始めた私は
益々その楽しさにのめり込んでゆきます。
初めは市民会館で開かれるスクールに通っていましたが
6歳ごろだったでしょうか。
ひょんなことからベ●ッセのビデオへの出演。
それをキッカケに
“養成所 兼 ダンススクール”へと環境を移します。
6歳といえば小学校に上がる年齢。
やっと慣れてきた幼稚園から小学校に。
やっと慣れてきた市民会館から養成所に。
自閉症特有【環境の変化が苦手】を存分に発揮した私は
小学校でも馴染めず
養成所に行く前には必ず号泣
そんな日々を送っていました。
ここで一つお伝えしたいのは
決して【親がやらせていたわけではない】ということ。
私がダンサーを夢見て
私が習いたいと言い
私が養成所に移ることを決めたのです。
それなのにレッスン前は必ず号泣。
しかし母によれば
レッスン終わりにはケロッと笑顔でいい汗を流していたそう。
自分でも理解できない漠然とした不安感。
この養成所を辞めるときまでずっと
レッスン前は怖くて不安で押しつぶされそうでした。
先生も、踊ることも大好き。
入って1年も立てば少しずつ仲良しの子も出来てきた。
なんでずっと不安かは自分でも分からない。
その不安のしわ寄せが来たのは
自分の部屋で一人でいる時のある特殊な行動でした。
《自分が地獄に行く》という根拠なき強迫観念が付きまとい
空に向かって
「ごめんなさい」
「許してください」と
唱え続けたのです。
そして抽象画のような輪郭だけの自画像を描き
頭や胸の周りを暗い色たちで塗り潰していました。
つづく
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