このところ日曜日は雨が多いように思います…


6月23日(日)この日も雨傘
ポチポチ程度だったので
大阪府枚方市にある山田池公園


お天気悪いのでほとんど人がいませんでした


ポチポチどころか本降りになってきた〜
そのおかげで貸し切り状態でしたが…


池の水は雨のせいでいつもより多めです


夫と二人
傘さして・・・


雨の日の景色はいつもとちょっと違う
自然を強く意識する


夏の雨は冷たくないので
少しくらい濡れても気持ちいい
雨のおかげで涼しくて歩きやすかったです


人がいないので大きな声でふざけながら歩きました
『カツラ』という木が並んでた
薄毛を気にしている夫をからかいつつ撮影カメラキラキラ



ぬい撮りも積極的に協力してくれる夫
一人ではなかなか難しいです


例えるとやっぱり夫は
私にとって親友のような存在

年がわりと離れていますが
二人きりのとき私は夫を名前で呼びます

〇〇さんでも〇〇くんでも〇〇ちゃんでもなく
〇〇と呼び捨てで

夫は私を愛称で呼びますが…




人気のない木々の間を通るとき
カラスが
雨なのにお前ら来たのか〜??
とっとと帰れ〜!!
とでも言うかのように威嚇してきました 

いつもと違い閑散とした公園で
いつもより強気なカラス

写真を撮りたい場所があったけど
怖くて行けなかったのが残念


いろんな植物がみれる山田池公園

あじさい園は雨でも見に来てる人がちらほらいました   


あじさいはとても好きな花


祖母の家の前には
毎年とてもきれいなあじさいが咲いていました


置き物のようにじーっと立ってる鳥はアオサギ?
近くに行っても逃げなかった


毎年楽しみにしている花菖蒲園は
今年は上手く咲かなかったようです



残念だな〜と思って歩いてたら
カルガモの親子がいました
かわいくてほっこりしました


ほっこりする…とか、かしこまる…と言う言葉が好きです
使えば使うほど不思議な言葉のように思えます



秋や冬とは違い
春や夏の木々はたくましく生命力を感じます



例えると親友だと思う夫にさえも
話せない鬱々とした想いがあります

いい子にもいい親にもなれなかった自分
これからもなれそうもないですが…
いつの間にかもう50歳を過ぎてしまった
それなのに
高齢の親に未だに恩返しもできていません

いろんなことに後悔するであろう近い未来を考えると、家族の誰よりも早く自分にお迎えがきてほしいととんでもなく弱気でバカな事を考えてしまいます

唯一誇れる健康な体があるのに
体に見合う気力がまるでない

問題を直視せず
いろんなことから逃げている自分は
ずるくて嫌な人間です

読んでいる小説に歳を取ることについて書いてあるシーンがありました


歳を取るってことは、ちよっとずつ死んでいくことですよ

毎日、ちよっとずつ死んでいくんです


それは死を身近に感じるようになるってこと?


いいえ

毎日、ちよっとずつ薄くなっていくんです

考えも、身体も

生きることも、死ぬことも

その境界線がだんだん薄くなっていくんです

だから毎日ちよっとずつ死んでいくように思えるんです


わかるな…と思える年齢になってきました



鬱々と考えず
もくもくと歩こう

大粒の雨や
生い茂った木々を肌で感じて


公園を一周する頃にはまた何でも出来そうな気持ちになりました
たくさん歩いてもくたびれない体が自分にはある

もう少しがんばれる



一緒に笑い合って歩いてくれた夫はありがたい存在です

雨の日の山田池公園でした






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ありがとうございました♡