(写真) 萩博物館―鉄道・萩駅 反対周りのバスに乗り換え バスセンター近くのアーケード街 地元の果物 無花果や林檎や梨を買う。ホテルに戻って、お昼寝。温泉。TVの台風情報を見ると、羽田発のANA便は179便が欠航とのこと、おそらく明日の帰郷便は欠航になるだろうと予測。欠航になった場合、もう一泊するか、空港まで行って再開を待つか、明朝の様子を見てから決めようを思う。空港の床でごろ寝して待つようなことだけは避けたい。
4日目 9月3日 台風情報・フライト情報をチェックするが、なかなか欠航の情報がない。
とりあえずホテルのチェックアウト/精算.だけを済ませる。時々激しい雨が叩きつける。大型観光バスが7台次々と発車していった。(前夜は宴会場案内をみると10組近いツアー団体客があって、温泉も混雑したようだった。
鹿児島、大阪などあちこちからの大手旅行者が募集したツアー客で、宮島や秋吉台・津和野などをバスで巡るらしい。
この雨の中観光地でバスを降りてもさぞかし大変だろうな、と同情してしまった。)
ロビーで待機していると、案の定、羽田からの便は欠航になったとの連絡。
自動的に、帰る予定の便も欠航が決定。こうなると、なるようにしかならないと腹を決める。
しかししばらくして、萩石見空港ではなく、発着便数の多い、山口宇部空港の夕方の便が予約できるという。
昼過ぎ、飛ぶことを前提として ホテルの車で、山口宇部空港へ向かう。
萩往還を南下、激しい雨が窓を叩きつける。途中のがけ崩れや道路の法面崩壊による通行止めを心配したが、順調に走行、車窓から見える沢筋は濁流が流れ落ち、川幅が湖のように広がったところがあった。
(写真) 写真を撮り続けながら、ドライブすること1時間半、山口宇部空港に到着、雨は止んで青空も見えていた。
羽田行き飛行機は飛べるらしい。ANA698便 後方の窓側40K席が取れた。45分予定が早まり16時に出発―定刻通りに18時に羽田に着いた。モノレール・山手線・宇都宮線と乗り継いで20時前に帰宅できた。TVをつけたら12号はまだ岡山あたりを超ゆっくりで北上しているらしい。
見たかったなでしこJAPANの韓国戦 2:1で勝利も見られた。
山口宇部空港を離陸してしばらく、高度11,000mまで急上昇した。
台風の大きな渦の一部と思える雲が眼下に広がった。おそらく、福山か尾道上空辺りだったと思う。
機長のアナウンスがあった。「非常に大きい台風12号の目の上空を通過中です。」
空が見えるし、眼下の雲の切れ目には瀬戸内海の海や島々が見える。カメラのシャッターを切りまくった。
(今夜の男子サッカーTVを見ながら書いていたが、たった今サムライブルーは、対ウズベキスタン戦1:1で引き分けとなった。)
名古屋上空を過ぎ、やがて高度を下げていき雲の下に降りてきたら、房総の海岸線がはっきりと見え、千葉県の市街地もくっきり、夕やみ迫る東京では、荒川中川放水路、そして完成近い東京スカイツリーのシルエットが機内の私と同じくらいの高度にみえた。
私自身は、得難い体験をし、ハッピーな日々を過ごしていました。
以上 退院復帰後の第2回目小旅行の顛末を報告しました。
This is a report of my last short tour in this Summer in HAGI.
なぜ私が台風の目を通過したことを書いたか、それはこれが 3度目の体験 だったからです。
しかも1度目は山で、2度目は海で、3度目は空だったことです。
これだけの経験はめったにあるものじゃないと自慢できます。
1度目 20歳前のこと、群馬県沼田の山奥に迦葉山弥勒禅寺という曹洞宗の名刹があります。
勉強するという名目でお寺に居候させてもらい、修行の真似事を2~3年おこないました。
その縁で、沼田の末寺に毎年訪れていたころのこと、山好きな私は5万分の1の地図を持っていつも山歩きをしていました。
ある夏、台風が近づいていることは承知していましたが、お寺で作ってもらったお結び2個を持って山越えして宝川温泉に出て、水上側から至仏山に登り尾瀬に向かうことにしました。
当時はまだ迦葉山までの自動車道はなくすべて歩きで、ぼっか(荷物運び)のようなこともやっていました。
深夜に沼田から米などの食料品を背負ってお寺まで担ぎ上げたわけです。発知川の上流の玉原(たんばら)高原が観光開発され、スキー場などができたのは大分経ってからのことです。
山越えすると、熊が出たりしました。鉈を持って歩きました。水上へ抜けることができたのです。
さて、至仏山に登ろうかどうしようかどうしようかと迷っていたところ、青空が見え天候は回復したように思えました。後で知ったことでしたが、このときは台風の目に入っていたのでした。登るにつれ風雨が激しくなってきました。稜線にたどり着いたときは風で飛ばされそうになり、這うようにして進みました。笠が岳のあたりは稜線幅が広く小さな池塘が多いところです。
至仏山には過去何度かに登った経験もあり、近くに避難小屋があることを知ってはいました。
ガスの中を這い進んでいき、とうとう真っ白な濃霧の中に山小屋の屋根を眼にしました。先客がいました。大阪市立大学山岳部の2名でした。すぶ濡れだった私を、火を焚いて暖めてくれました。
2度目 20才台でした。横浜磯子の造船所技師だった私は、新造船完成のたびに、試運転で船の推進性能やエンジンの性能などを確認するための大洋を航行していました。
(通常1週間~10日ほどかかりました)
20数万トンのマンモスタンカーが完成して試運転に出ました。位置は小笠原近海だったと思います。
レーダーで、台風を捉えていましたが、クルーは台風を避けようと進路を変更したようですが、結局避けきれず台風の目の中に入ってしまったのでした。
船の長さは300m余 船幅 40mもの巨大な鉄の船が波をかぶるように海は荒れていました。
波高は数10mもあったでしょう。巨船でもメートル単位でしなうのです。
ブリッジから肉眼でもわかりました。
発生して(8/25)から日本海に抜けるまで10日を要した台風12号(9/5消滅 継続時間は11.25日)は
平成最悪の台風被害をもたらした。cf. http://agora.ex.nii.ac.jp/digital-typhoon/news/2011/TC1112/
つい先ほど(正午頃)、南太平洋で台風14号が発生しました。ご注意を!
明日は なでしこ第4戦 北朝鮮と戦いです。応援しなければ!
See you Friday!

































