いよいよ緊迫の最終回グラサン

…と、その前に。

 

ここまでで、まだ一度も紹介していない、とても重要な人物がいます。

 

風太郎の苦しみの元凶であり、全ての事の発端。

風太郎の父親、健蔵(椎名桔平)です。

 

「ワーォ」が口癖の、軽薄な軽口とハッタリだけが身上の男。

緑お嬢様曰く、

「とってもくだらない人ですね、

「もちろん軽蔑します。心の底から」

そんな最低のゲス野郎。

 

風太郎は健蔵を呼び出して、彼の前に10億円を突きつけます。

「約束しましたよね、10億渡したら死ぬって。
「金持ちになってよかった〜。一番いい使い方づら。金の」

 

「お前は金の使い方が下手だねぇ〜。

「無駄遣いをしちゃダメでしょ。風太郎ちゃん。

「ひょっとして、超貧乏な家庭に育ったとか?w」

 

「最後くらい、息子に男らしいところを見せたらどうですか?

「怖いんですか?受け取るの」

 

「別に。

「じゃ、いただいていきましょうかねぇ」

 

健蔵は10億の入った大きなトランクを転がして、「じゃぁな」と出て行った。

 

 

こうして手に入れた10億。

健蔵がこの10億でしたことは、

故郷に1億を寄付して、昔から馬鹿にされてきた奴らの鼻を明かすこと。

それから、フィリピン・パブの女たちをホテルに集めて、どんちゃん騒ぎをすることだけだった。

 

そして、結局、大金が入ったままのトランクを転がして、風太郎の元へと戻る。

 

「まぁ、俺は所詮貧乏人だからさ、

「小金を持ってるくらいがちょうどいいんだよな。

「ポケットにさ。常に6万5千円くらい入ってる贅沢がいいんだよ」

「たいしたことに使えないんだよ。金をさ。情けないんだけど」

「俺はよ。好きにフラフラしていたいだけなんだよ」

「お前は大金持ちになってなんかいいことあったか?」

 

風太郎は静かに言う。

「死にたくないんでしょ。

「生きたいんでしょ」

 

風太郎は母の思い出を語ります。

母はいつも風太郎に言い聞かせていました。

「お父さんは、本当はあんな人じゃない」

健蔵が会社勤めをしていた時、汚職の罪を自分ひとりに着せられ、裏切られた。

以来、何も信じられなくなり、酒と女に溺れ、家族に暴力を振るうようになった。

でも、そうなったのはお父さんのせいじゃない。

「だから、どうかお父さんを恨まないであげて」

 

「だから自分の手では、あなたを殺さなかった。

「お母さんと約束をしたから。」

 

「どうぞ、生きてください。

「たった一人で、お好きなように、

「生きてください」

 

「さようなら。お父さん

「いつまでもお元気で。」

 

席を立つ風太郎に、健蔵は言う。

「風太郎。一つだけ、この世界のルールを教えてあげちゃおうか?

「子どもはさ。親より先に死んじゃいけないんだぜ。」

 

風太郎は切り返す。

「親によるでしょ」

 

 

 

この健蔵という男。

これまで風太郎に、父親らしいこと何一つしてこなかったくせに、どのツラを下げてこんなセリフが言えるのか?

冗談交じりに格言めいたことを言う健蔵の、なんと空々しいことか。

 

酒に酔って暴れて、風太郎の左目に一生消えない傷を作った男。

この傷のために、風太郎の視界は歪んで見えるようになってしまった。

 

家に女を連れ込み、母と風太郎を冬の寒い夜空の下に追い出した男。

海辺の寂れた小屋で二人、朝まで凍えて過ごさなければならなかった。

 

家族を一切顧みず、病気の母を見殺しにし、自分を見捨てた男。

 

どんなに憎んでも、憎み足りないような男を、それでもずっと、母は許していました。

 

そして、風太郎もまた、ここでついに「お父さん」と呼び、彼を許しました。

 

 

 

なぜ、風太郎は健蔵を許したのか?

 

母が許していたから?

 

私が思うのは、

風太郎が、健蔵がどこまでも”空虚”な存在だ、と悟ったから。

自分と同じように。

 

健蔵は「死にたくないよ。そりゃ。人間だからな。」と言うが、

「お前が俺に死んでくれって言うんなら、死んでやるよ。いつだってな。」

しかし、「どんなろくでなしであろうと、俺の人生だ。金と心中はご免だ。」

 

健蔵にとっての人生の意味とは何であろうか?

”金”ではない。

”家族”でもない。

その他、一切の”正義”など信じない。

 

彼は一切の合目的的な人生を否定する。

ただ、日々バッカスの酒をあおり、刹那的な快楽を享受する。

 

哲学者ニーチェの言う『ディオニュソス的なもの』を体現するかのような生き方。

 

その起点となるのが”虚無

 

風太郎が、暗く底の見えない”虚無”の深淵を覗いてしまった今、

健蔵の胸の奥底に広がる”虚無”を見逃すはずもなく、

そこから全てが始まったことを思い知るのである。

 

父、健蔵を否定し、このろくでなしの”血”の呪縛から逃れようと、”金”を追い求めた風太郎。

そうやって、健蔵から遠く離れて逃げ切ったと思った場所が、実は元の出発点であったという、まるでメビウスの輪を辿ってきたかのような永遠回帰の絶望感。

 

風太郎は、健蔵が自分の生物学上の父というだけでなく、自分の存在そのものの起源であることも、もはや否定しようがなかったのでした。

 

 

風太郎は、揺がしようもなく確かに健蔵の息子であった。

しかし、風太郎は健蔵のように”ディオニュソス的”な生き方をすることはできなかった。

 

健蔵を許しはしたが、それでも、彼を肯定することはできなかったから。

 

 

 

 

健蔵と別れた翌朝、

もはや悪夢を見ることなく、穏やかに目覚めた風太郎は車で出かけようとする。

 

そこへ緑が乗り込み、

「どこへ行くつもり?

「死ぬの?」

 

「はい」

 

罪の重さに耐えきれなかったわけでも、捕まって死刑になるより自分で死ぬほうがいいわけでも、いずれ破滅するという諦めでもない。

「僕が間違ってなかったって、わかったからですよ」

 

「私が見届けてあげるわ。約束どおり。」

 

「できるかなぁ…。緑お嬢様に。」

 

そう言って見せた、風太郎の腹にはダイナマイトが巻き付けられていた。

 

「馬鹿な人間が一人、死ぬってだけの話でしょ」

 

冷静さを装った緑にニヤリと笑う風太郎は、車を走らせる。

 

たどり着いたのは、海辺の朽ちかけた寂れた小屋。

そこへ、風太郎はひとり中へ入って行った。

 

緑は離れた場所から、それを見守っている。

約束どおり、すべてを見届けるために。

 

 

 

 

……もうちょっとだけ、続くのじゃショボーン