「おばあちゃん、お茶、淹れてもいいいかい?」
「あ、その前に、しず、ちっと来てくれ。」
祖母の言葉に、首を傾げて、入って行く。
「しず、おめぇ、男物の袷は、もう習ったんだろ?」
「うん、習ったけど、まだ実習はしてないよ。女物との違いとか、理屈だけで。」
「そうかい、じゃぁ、練習に、これ縫い直してみねぇかい?」
祖母は、風呂敷包を開けた。糊付けされた、紬の布であった。
「おじいちゃんの袷をほどいて、洗い張りしたんだよ。誰かに着てもらおうと、思ってね。裏生地は、こっちの新しいのを使っていいから。尺はたっぷりあったから、龍さんの丈でも間に合うべ。」
「えっ、龍さんに?」
「嫌かい?だったら自分で、縫うけど。」
「ううん!嫌じゃないけど…。」
「新品でもないし、あんたの練習用だって言えば、受け取ってくれべ。丈と裄は、きちんと計らして貰うんだよ。」
「おばあちゃん、だけど、何で?」
「紬でも、大島だし、箪笥の肥やしじゃ、もったいねぇしな。たいして着てないんだけど、そのまんまの丈じゃ、誰にも合わねぇから、作り直して、誰かに着てもらいたかったんだ。息子達は、夫々持ってるし、龍さんに丁度いいと思ってね。」
「そうなんだ、じゃ、預かるね。」
「しず、女はね、手を動かしながら、いろんな事を考えるんだよ。夕飯のおかずから、老い先までもね。あんたも、ゆっくり考えながら、仕上げてみるんだね。」
「はい。」
しずは、風呂敷の包みを、大事そうに抱えて奥座敷の針箱の側に置いた。龍さんの着物を縫うなんて…。しずには、思いもよらない嬉しい仕事だった。
「しず、お茶を淹れるから、龍さんを呼んでくれ。」
祖母が、茶の間から、声を上げた。
しずは、いそいそと、龍介のいる室に迎えに行った。今日は、両親が各々出掛けて留守であった。朝の龍介との会話も、その留守を狙っての暴挙だった。しかし、しずは、もうその事さえ忘れた様に、あっけらかんと、龍介に声をかけた。龍介の方が、戸惑う程に。
「ねぇ龍さん、おばあちゃんが、おじいちゃんの着物、貰って欲しいって。男物の練習で、わちが縫い直すから、着てくれるかい。」
「おばあさんが?けど俺、着物は、子供の頃しか、着たことないし、あまり着ねぇかも。」
「それでも、一着位、持ってても、いいよね。そうだ、わち、頑張って仕上げるから、正月に、それ着て初詣いくべよ。」
「ええっ!初詣か?」
「うん、成田山にでも、行くべ。でなきゃ、波切不動さまに。そうすべ、そしたら、楽しみに一生懸命縫えるから。」
「しぃちゃん、えらく嬉しそうだな。朝と違って。」
「うん、だって、龍さんの着物、縫えるんだもの。頑張んなきゃ。龍さん、お茶の後で、着丈と、裄、計らせてね。」
しずは、うきうきと採寸し、さっそく包みを開けて、準備にかかった。
龍さんと二人で、着物を着て初詣に行く、そう思うだけで、何度も笑みがこぼれた。