虐殺のスイッチ ――一人すら殺せない人が、なぜ多くの人を殺せるのか?

 

森 達也 著

 

ちくま文庫

 

 

虐殺という大テーマをめぐり、

周辺から事例を挙げて考察していく構成の一冊

2023.7.10刊行の文庫本だが、

ほぼ5年前に単行本として既出し、

社会情勢の変化による内容の変更を加えているようである。

 

表紙の帯にあるように、

ホロコーストや朝鮮人虐殺事件、

さらにはオウム真理教サリン事件なども本書の事例として大きく取り上げられる。

 

そして、「善良な隣人が大量殺人の歯車になる」過程を考察していく。

そう、虐殺は決して無慈悲な悪人が行われるものではないのである。

 

全10章からなるこの書物。

「虐殺」というテーマよりも、

著者の森達也という人物が主人公のように感じた。

 

今では「映画監督」という肩書がふさわしい人物。

その経歴はここでは省くが、

本書では意外と詳細に自分の経歴を語る。

 

そして、彼の長編映画としてのスタートは、

オウム真理教を描いたドキュメンタリー『A 』であり、

初めての劇映画が朝鮮人虐殺事件を描いた『福田村事件』である。

どちらも「虐殺」と深い関わりのある作品である。

 

彼の経歴としても、集団人は馴染めず「個」としての活動を余儀されてきたようである。

その辺も、結果的に虐殺に至る考察に関わってくることになる。

 

全10章の8章くらいまでは、

自分の経歴を含めて様々な事例を紹介していく。

最後の2章では、考察パートの趣となるのだが、

終盤になるに連れていささか観念的になった感じもしないではなかった

 

映画人である著者らしく、

映画からの引用も目立った。

そんな中、アウシュヴィッツ強制収容所の所長のエピソードを紹介して部分。

これは映画からの引用ではないのだが、

ごく最近に映画化された『関心領域』の元となる逸話である。

もちろん本書の執筆当時には映画化されるとは思ってもいなかったのだろうが、

その描写が映画の内容と一致していたのには驚いた。

 

またナチスの代表的戦犯アイヒマンを裁く法廷に、

女性哲学者のハンナ・アーレントが傍聴していたエピソードも紹介していたが、

それもその後映画になっている。

どうも、映画がらみのエピソードに食いついてしまうな(笑)

 

他に興味ある話題として、

米国軍人が第二次世界大戦で実際に攻撃をしたのは10〜15%ほどだったが、

ベトナム戦争では90〜95%に上っていたという事。

10〜15%の方に驚いてしまうのだが、

ベトナム戦争以降、米国軍人のPSTD問題が大きく取り上げられてきた。

 

一方、日本の軍人にはPSTDがなかったのか?

その辺のメカニズムも本書では考察する。

 

他にもメディアの問題も無視できない。

 

虐殺に関係してくる広い範囲での問題を提起する、

興味深い一冊だった。