私が英文学で最も入れ込むのが、シャーロック・ホームズのシリーズです。
コナン・ドイルは長編・短編併せて60編の作品を発表しています。ちなみにシャーロッキアン(シャーロック・ホームズの熱烈なファンのこと)の間ではこの60編をCanon(正典)と呼んでいるらしい。
私はこの60編の日本語翻訳版はすべて読んだことがあります。英語原文もいくつか挑戦していますが、最初の A Study in Scarlet(緋色の研究)の初出は1887年11月、最後の The Adventure of Shoscombe Ole Place(ショスコム・オールド・プレイス)の初出は1927年3月5日であり、100年ほど前の作品なので、少し難解な英語に感じてしまい、読破できていません。
なお表題の「Elementary,my Dear Watson」というホームズのセリフは原文中には出てこないのです(似たようなセリフはある)。ウィリアム・ジレットという俳優が演じたホームズのセリフで使用されて有名になったようです。
ということで私はホームズの思考法を真似することが多い。
ホームズの基本は「観察と推理」である。
観察(observation)と推理(deduction)である。deductionという単語は「演繹法」のことを指す場合が多いのですが、ホームズの推理過程は演繹法だけには縛られていないように感じます。帰納法(induction)の要素も見受けられます。
「不可能を消去して残ったものが如何にありえそうもなくてもそれが真実である」という考え方が印象的です。もちろんこの中には、不可能を導き出す観察と推理がその過程にあるのでそう単純なものではないのです。
大切なのは先入観を捨てて、可能か不可能かという判断をすることです。そして推理を始める前の証拠収集(観察の部分)の不可欠さを強調しています。
「人は先入観のために、見えているところを見ていない」という指摘が漂っています。
またシャーロック・ホームズがコカインを使用している場面が何度か出てきます。この時代のロンドンではコカイン使用者を取り締まっていたわけではないのですが、影の部分ではあります。
ホームズが薬物依存症者である点も重ね合わせてしまいます。なぜホームズがコカインを使用するようになったのか。19世紀末~20世紀初頭のイギリスには様々な精神作用物質がはびこっていたことでしょう。珍しいことではないのかもしれません。
60編に及ぶ作品群であり、熱烈なファンも多くて多くの研究もされている分野です。そして奇怪な事件や困窮した者がベイカーストリート221Bを訪ねてくる。こうした人間の影の部分が描かれているので、思索にはもってこいのシリーズだと思っています。
ワトソンに 出会って輝く ホームズと 何を考え 何を選ぶか