退職に向けて全速力 ![]()
7月の長時間に渡るラインでのやり取りの内容、その時の社長の態度。
そして、お給料が半分しか送金されなくなった事から、退職の気持ちは決まりました。
問題は、どの時点で辞めるのが、私の痛手が一番少ないかということ。
一番のネックは、Tmonとの契約でした。
お店用の携帯電話、固定電話、カード端末機、浄水器、Tmon。
お店が私名義だから、これらの契約が全て私の名義。
そして、契約満了前に解約すると、全てが違約金の対象。
中でも、Tmonの違約金が一番高くて、悩みのタネでした。
最初の計画は11月末で辞めることでした。
何故なら、Tmonとの前半の契約期間が10月後半で終わるから。
販売期間終了を待たずに途中で止める場合、違約金が500万ウォンだった。
さすがに、ハチャメチャの為に500万ウォンの痛手は負えない。
10月後半で販売終了し、お客様が一ヶ月以内にチケットを利用する。
そうなると、最短で11月末だった。
それで8月中旬に、トンネの弁護士さんに相談しに行っていた。
上記のTmon その他の違約金を解決したとして、
営業許可を取る為に私名義の店舗家賃契約書が必要だったので、
ホテルと企業の正式な賃貸契約書以外に、形式上、企業と私の間でも転賃貸契約書を
作っていたから、これが引っかかった。
もしもこれを盾に取り、会社が私に12月と1月の家賃を払えと言ってきたら、
私はピンチに陥るので、この契約書の効力がどの程度なのか知りたかったから。
そうこうしているうちに、8月24日の急な労働条件の強行変更の通達。
怒り爆発のスタッフさんの提案で、翌日25日にグローバルセンターの法律相談を受けた。
そして熟考に熟考の後、私の気持ちは100%決まった。
Tmon の500万ウォンを自腹でかぶってでも、9月末で辞めると決めた。
スタッフさんが辞めた後、11月まで一人でお店をすることが耐えられなかったから。
一人であのハチャメチャ企業、ハチャメチャ社長を相手にしていたら、
絶対にメンタルがおかしくなってしまうと思ったから。
(ブログに書いたのはハチャメチャの中でも一番大きいこと。小さいことは他にもいっぱい。)
それからは社長とのライン、グループラインのバックアップを取り、
全てのメールやり取りの確認、各種契約書等の確認、各違約金の金額を確認。
そして、一か八かでTmonのカスタマーセンターに相談の電話をした。
Tmon 始めてすぐに解約する訳じゃないから、違約金が500万ウォン全額じゃなく、
少しは安くなるかもしれないという淡い期待を抱いたから。
そして係員の女性に事情を話すと、すぐに状況を飲みこんでくれて、
これ以上チケット販売されないように、すぐにストップしますねとのこと。
しかも!この場合、違約金は必要なしとのこと。
500万ウォンを自腹切っても辞めるって決断しなかったら、
確認もせずに渋々、泣く泣く11月末まで働いてしまってるところでした。
いざって時は、腹をくくることが重要ですね!
そして8月31日に、9月末の雇用契約期間満了を持って退職しますと伝えた![]()
そもそも店長であり、支社の唯一の社員である私の契約が、三ヶ月更新であった。
ハチャメチャ企業からしてみれば、いざって時にすぐ首切れるようにしたのだろうけど、
私はそのお蔭で、契約期間満了という堂々とした理由で退職することができました。
その後とまとめ ![]()
私の退職宣言の後、思いのほかスムーズにことが運びました。
もちろん、細かく言えば色々あったのですが、最悪を想定していたので、
とてもスムーズに感じられました。
8月の売上が予想以上に良かったので、9月に繰り越せるお金も多く、
浄水器などの細かい違約金は、何とか売上から払うことができました。
ただ給料に関しては、やはり遅れましたね。
スタッフさんの9月の給料なんて、最初は日払いって約束していたのに、
9月末の本社払いに変更になり、最終的には10月10日の店舗売上払いになりました。
私の最後のお給料も遅れたし、お店閉めた後の後始末の税金支払いの送金も遅れ、
お金に関しては最後までルーズでした。
ただ私としては貰い損なうことも覚悟していたので、
時間はかかっても、自腹を切らないで済んだだけでもラッキーという気持ちでした。
それから企業は私の後任を慌てて探していたけれど、
日本語のできる韓国人で皮膚美容師資格を持ってる人なんてすぐに見つからず、
在韓の日本人で皮膚美容師資格持ってて、夜遅くまで、土日祝日も働ける人なんて、
これまた見つけるのが困難で、かなり焦っていました。
こういう風に書くと傲慢に聞こえるかもしれませんが、
他人(私)の資格を使わせてもらってこそ成り立っている自分の事業だと言うことを
全く理解していない。感謝していない。
理解し、少しでも有り難いと思っていたら、私に対してあんな言動はできないはず。
オープン3週間前のあの日、企業の代わりに私がリスクを承知で個人事業者になり、
営業許可を取ってお店をオープンしてなければ、ホテルとの契約違反で多大な違約金。
そうなれば、日本での同系列ホテルとの事業にも何らかの悪影響が出ていたはず。
人を大切にしないと、人で苦労するのです。
私がいつかお店を持つことになったら、肝に銘じたいと思います。
以上、ハチャメチャ企業との奮闘記でした。
長々とお付き合い頂き、ありがとございます。