この頃、私の周りで悲しい知らせが続いています。


今回の日本長期滞在前にも韓国で、

突然、知人がお亡くなりになるという悲しいことがあったばかりでした。


そして先週、母校のクラブ顧問であり、

現在は校長としてご活躍されていたO先生がお亡くなりになりました。


ちょうど私たちクラブ仲間は私がまた東京に戻ったので、

みんなで会う約束をするために連絡を取り合っていた時だったので、

Yちゃんがメールでなく電話してきても不思議に思いませんでした。


でも、Yちゃんの声に元気がなく変に思ったら、

「悲しいお知らせなんだけど。。」と恩師ご逝去の知らせを受けました。


娘の学校見学で母校を訪ねていたたクラブ仲間も、

「前回お会いした時もいつものO先生で元気そうだったのに。。。」と、

誰も先生が大病を患われていたことは知りませんでした。


私はO先生には習ったことがなく、

クラブ活動の顧問としてしか関わりがなかったのですが、

一生懸命であり、厳しくも温かく、生徒から信頼されている先生でした。


ご葬儀はご親族を中心にしたものにされたいとの意向で、

一般生徒と保護者は学園葬にてお別れ頂くことになり、

お通夜は学園職員、生徒会代表、クラブOGと個人的なお知り合い

という和やかなものでした。


先生にはちょうど私達と同世代の息子さんがいらっしゃり、

今大人になって考えれば、週末と言えば家族と過ごすべきなのに、

やれ練習だ、試合だ、合宿だと、私達の指導に大切なお時間を

割いてきてくださったのだということが分かり、さらに感謝の気持ちで

いっぱいになりました。


クラブのOGの皆さんもずっと上の世代の方までいらしてました。

私達が中1の時にさえもお会いしたことがないずっと上の世代。


学園を卒業し何十年と経っていても、

急な知らせにもかかわらず、大勢の教え子が弔問に来る。

それはやはり、先生の人徳の賜物だと思いました。


私は海外在住なのでこの計画には参加してなかったのですが、

日本在住組で前回の学園祭の時に久しぶりに学園祭に行って

先生にお会いしようという計画をしていたそうなんです。


でも結局はみんなの都合がつかずに流れたそうで、

日本在住メンバーはそれをとても後悔しているようでした。


みんな結婚し子供がいて、お受験だとか家業手伝いだとか、

つい忙しいを理由に、いつでも行けるを理由に後回しにしてしまい、

とうとう何年もお会いしないまま永遠の別れになってしまいました。


だんだん年齢を重ね、自分と同じく大切な人も年齢を重ね、

後回しをすることができなくなって来ていると思いました。


『親孝行したいときには親はなし』 という諺にもあるように、

無理なくできる時を待っていたら、その時自体を逃す。


この言葉を実感した出来事でもありました。


病気を患っての他界でしたが、

先生のお顔は温和で安らかに眠られているようでした。


あまり詳しく書くと見当がついてしまいますが、

先生が校長先生になられた後のご活躍は、

私学受験の世界では、目を見張るものがあり注目されています。


やるべきことをやり遂げたという先生の思い、

遣り残したことはないと言う思いが先生のお顔に表れていると

私達卒業生の誰もが思いました。


本当に恩師としても、母校の校長としても、

さすがO先生と思わすにはいられない、素晴らしい先生でした。



O先生のご逝去を悼み、謹んでお悔やみ申し上げますとともに、

ご生前の厳しくも温かいご指導に心より感謝申し上げます。





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