2010年10月、長男の1歳の誕生日を機にスタートした「翻訳者になるプロジェクト」(いつからそんな名前?!)ももうすぐ丸4年。自分がどうしたいのか再考してみました。(長文です)

当初からの「いつの日か社会復帰したい!」という気持ちになんら変化はないのですが、その形態については考え方が変わってきています。子どもたちが赤ちゃんから幼児だったときには(今も若干1名幼児ですが…)、外に働きにでるなんて絶対無理だと思っていました。二人が愛おしくて、心配で、いつまでも見つめていたくて…。でも、長女はもう2年生、長男も来年は年長です。

20代半ば、日仏学院の掲示板に張り出された「国境なき医師団翻訳ボランティア」の募集広告をみて以来、いつの日か相応のフランス語力がついたら絶対に応募するのだという思いが常に胸にありました。そのことと自ら長期入院を経験したことをきっかけに医薬翻訳を勉強してきましたが、経済活動の必要という現実問題があります。

今夏、我が家は一泊旅行で東京の懐かしい場所&宇宙博ツアーを敢行。ライオンを間近に見たいという長男の要望もあり、多摩動物園にライオンバスに乗りに行きました。多摩動物園は27歳のときに教員免許取得のためにお世話になった母校の近くです。「お前の仕事には哲学がない」。新卒で営業職に就いた私に投げかけられた父の一言がどうしても頭から離れず、なんとしても教員免許を取得したいと退職を覚悟で1ヵ月の教育実習にも行きました。上司は理由を言えないという私に「きっとやらなくてはならないことなんだな。しっかりやってきなさい。」と休暇扱いで送り出してくれました。28歳の夏に東京都の試験を受験するも敗退。29歳で結婚してからは、遠距離生活を恐れて受験は中止し、さまざまな仕事を転々としました。翻訳に出会ったのもそのときです。

子どもの気配を感じながら在宅で翻訳の仕事ができれば…そう思っていました。でも、自己分析してみるとその精神力が自分にはないのではないかと気づいたのです。仕事と家庭が同じ空間にある…多分想像以上に過酷。その環境で自分はきちんと子育てができるのか。自問自答を繰り返しました。

悶々とする毎日の中で、今年度から神奈川県の教員採用試験の年齢制限が事実上なくなったことを知りました。「まだ挑戦できる!」封じ込めていた気持ちがむくむくと湧き上がってきます。その思いは日毎に強くなり、再来年長男が小学生になる年に、自分も新生活をスタートすることを決意しました。そのために、今日から頑張ろうと思います。

これまで翻訳学習の記事を読んでくださった皆さま、途切れがちな更新にお付き合いくださいまして、どうもありがとうございました。

フランス語学習の記事を読んでくださった皆さま、フランス語は細く長くですがしつこく続けますにひひ
これからもよろしくお願いします。

40代にして久しぶりの受験生生活となりますが、夫も応援してくれているので頑張ろうと思います。

手始めに教職雑誌をポチりました。

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