私の住んでいた「外国人ハウス」は、
特徴がありました。
一週間に一度、掃除をしてくれるというサービスが
あったのです。
テレビも外国人が多いために、
CSが完備されていました。
日本語が理解できない彼らにとっては、
英語のテレビ放送は、欠かせないものでした。
そこのマンションのメンテナンスをしていた一人に
マイクさんが、いました。
マイクさんとは、言うものの、日本人でした。
外国人が多いせいもあって、
ニックネームをつけた方がいいというオーナーの提案で、
彼は、自分のニックネームを
「マイク」と決めました。
理由はいたって簡単で、
中学の教科書でよく使われている名前だったからです。
彼は、40台後半でしたが、
若く見え、40前後に見られていました。
メンテナンスと言っても、
平たく言えば、掃除です。
マイクさんは、青山学院大学の法学部を卒業した
いわゆるインテリです。
もちろん、マイクさん自身から、
出身大学を聞いたわけでは、ありません。
同じ職場に働く別の人から、聞いたのです。
その彼が、なぜ、このような仕事をしているのか、
私には、理解できませんでした。
彼の人生は、「挫折ともがき」でした。
けれど、そんな側面は、
少しも見せませんでした。
いつも、ニコニコと笑って、
私や他の住人を励ましていました。
日常英会話にも、不自由しない人でしたので、
外国人のお世話もよくしていました。
思いやりにあふれた人でした。
実際、私も何度、
マイクさんに気持ちが楽にさせられたかしれません。
しかし、見えている部分が、
すべてでは、ありません。
マイクさんの義理の兄は、
有名な企業人でした。
私でさえ、その企業人の名前と存在を知っていました。
マイクさんは、大学を卒業後、
有名な自動車会社に就職をして、
営業をしていました。
その後、彼は、自分で事業を興しました。
しかし、うまくいかず、
会社を倒産させてしまい、
借金だけが残りました。
また、別の会社に就職しました。
その会社も辞めて、またしても、
事業を興しました。
それの繰り返しです。
借金は、膨らむばかりです。
マイクさんは、義兄に何度か無心に行ったと
思われます。
有名な企業人である義兄は、
何度かは、助けたでしょう。
「仏の顔も、三度まで」と言いますが、
助けるにも、限界があります。
その後は、音信不通です。
続きは、別の日に。