彼女の話は、いつも、決まっていた。

それは、自慢話ではない。

妄想なのだ。

そして、大きな問題は、

彼女自身が、妄想だと感じていないことだ。


彼女は、喫茶店を経営している。

かつては、市会議員であった。

その関係で、何人かの政治家の名前を、

よくあげた。

彼らが、彼女のことを、重要視していると思いこんでいる。


彼女の言うことを、本気にしている人たちがいる。

私も、最近までは、そうであった。

けれど、それらが、彼女の妄想である事は、

周りの人たちは、知っていた。


一番、わかりやすいのは、

彼女の作る料理である。

料理と言うのは、

食べた人間が、作った人間に対して、

「おいしい!」と褒めるものである。

オーケー、簡単なことだ。


けれど、彼女の場合は、

別である。

作り手である彼女は、

何も言わないお客さんのテーブルに行き、

「おいしいでしょう!」と

強要する。

「おいしい。」と言うまで、

何度も確認をする。


では、おいしいかと言うと、

答えは、「ノー!!」である。

たとえば、巻きずし。

彼女の作る巻きずしは、

ほうれんそうとニンジンが使われている。

味は、ほとんど、ついていない。

私は、きゅうりのシャッキリ感が欲しいし、

かんぴょうを、甘からく煮詰めているのも、

必要だ。

けれど、それは、彼女の巻きずしには期待できない。


ある時、飛び入りのお客さんがカレーを注文した。

そして、いつもの通りに、彼女は、

「おいしいでしょう!」と近づく。

お客さんは、それには答えず、彼女に質問した。

「このカレーには、シーチキンが使われているんですか?」

想像してほしい。

カレーにシーチキンを入れれば、

まずいに決まっている。

それほど、まずかったのだ、と思う。

彼女は、答える。

「松坂牛のヒレを使ってるのよ。おいしいでしょう!」

私は、驚いた。

それなのに、おいしくないのだ。


店を改築する話が出た際に、

何人かのお客さんが、

「料理を出すのを、やめたら。」

と提案をした。

すると、彼女は、即座に断った。

「今までのお客さんが、逃げてしまう。」と。

つまり、今までのお客さんが彼女の料理目当てに、

店にやってきていると思いこんでいるのだ。

実際は、違う。

どの料理にも、だしが何もきいていない。


極めつけは、コーヒーのまずさだ。

とにかく、さめて、ぬるい。

一杯、350円である。

私が、ボランティアでお店の手伝いをしているときに、

お客さんが、私に言った。

「コーヒー、熱いのを、頼むわね。この間、ぬるかった。」

こういう申し出は、初めてではない。

けれど、彼女は、こう言う。

「おいしいコーヒー、淹れるわね。」


多くの人が、彼女に注目して、

重要視していると、妄想している。


決して、悪い人間ではない。

いつも元気だし、気分にもムラが少ない。

しゃべりだすと、止まらない。

隣に座っていると、

夜、耳の奥がジンジンして、

眠れない、と言う人もいるくらいだ。

手よりも口を動かしている時間が、長い。


どこかの縫い目のそろっていないのだ。

そして、彼女の周りに集まる人たちの中には、

怪しげな人たちも、存在する。