誰もが知っている映画では、決して、ない。
そして、誰もが理解できる映画でもない。
非常に間口の狭い映画である、と言える。
この映画には、不思議な空気感が漂っている。
このような空気感を出す映画は、
実は、欧米には多い。
【ギルバート・グレープ】
【アメリカン・ビューティ】
【マルコビッチの穴】
【バートン・フィンク】
上の4つの作品は、
ある意味、奇抜さがあるが、
【スモーク】にも、奇抜さが存在している。
左手が義手の男性、
片目を亡くした女性。
彼らが、何気なく、登場している。
これは、簡単なことではない。
日本映画で、
このような人たちを登場させると、
変な遠慮が、重苦しくさせる。
こんなに、さらっと関係を結ばせることができない。
彼らは、強いつながりではなく、
淡くそれでいてこだわりのない関係を続けている。
たった2・3時間で、「ある空気感」を出すのは、
本当に難しい。
それは、決して、おしつけがましいものであっては、
ならないからだ。
観ている人が、静かに、感じるものである。
それでいて、制作者の意図が伝わらなければならない。
この映画に登場する人たちが、
大事にしているものは、日常である。
それが、たとえ、多少へんてこな日常であっても、
彼らは、それがどれだけ大事なものかを、
ちゃんと心得ている。
主演は、「ハーヴェイ・カーテル」である。
私は、彼の名前が覚えられないので、
いつも、「チーズみたいな名前の人」という表現になってしまう。
個性派俳優で、
いつも、癖のある役を演じている。
この映画では、ブルックリンのタバコ屋の主人である。
【スモーク】というタイトルも、このタバコ屋と関係しているのであろう。
タイトルだけは、安直さを感じるが、
白い空気がこの映画には、漂っているのだ。
ただ、だれにでも、お勧めは、できない。
